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第一章【少年よ冒険者になれ】

13・繋がる世界

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 大混乱だったこの部屋も、今は水を打ったように静けさを取り戻している。その容疑者筆頭であるリプリィは、周りの配慮――目が覚めた時にテレスがいない状態――もあり、ようやく冷静さを取り戻した。強烈な技を二発も放った意外と武闘派シスターのオルガも、今は最初に迎えてくれた清楚な女性へと戻ることができた。テレスも自身で治療を行い回復し、リプリィが謝罪したことで、アリスもこれまでのことを水に流すことにした。
 つまり、これでようやく、本題に入れるということだ。

「それで、テレスさん、一体どのような方法でお嬢様を回復させるのです?」

 リッツの素直な疑問に、本当にまだなにも説明できていなかった自分に気が付く。

「ああ、すいません。まだ治療できると決まったわけではないんです」
「そうですよね。先ほど、今日は挨拶と様子見だと仰ってましたし」

 オルガも頷く。ただ、彼女もリッツも少々がっかりした様子であった。珍しい魔法を使うテレスに対して、若干の期待を持っていたのかもしれない。リプリィはまだ状況がうまく呑み込めていないのか、挙動不審だが、口に出すことなく、とりあえず大人しくしている。

「今日はまず、僕の魔力の流れを見る魔法で、お嬢様がどんな容態なのかをしっかり調べたいと思います。そのうえで、僕らに対策が出来るのならば準備を。とても出来ないけれどきっかけが掴めそうならその情報をお伝えしたいと思います」

 テレスはここにたどり着くまでに、こういった質問があった時の返答を用意していた。この辺りは、さすが少年ながらも商売人のはしくれだっただけのことはある。もちろん、彼に自信がないことも影響はしているが、あくまでビジネスとしてのリスクをさげることが軸になっているのだ。
 そして、その整理された話には、オルガもリッツもただただ頷くばかりであった。アリスはいつも通り、少し誇らしげにしている。その顔を向けられたリプリィは、申し訳程度の愛想笑いを何度か返した。
 一通りの説明が終わると、テレスはお嬢様の元へ向かう。先ほどまで魔力で操り人形にされてしまっていた悲劇のヒロインだが、ダメージはなさそうだ。早速テレスは魔力を集中する。今日は何故か調子が良い。もしかすると、アリスからの攻撃と毒の解除で、魔力の流れを見る力が図らずも上達してしまったのかもしれない。普通、こういった能力は戦闘経験をつんだり、魔術学校で専門的に学んだりすることで大きく上昇するのだが、器用さを売りにしているテレスならばありえることだろう。そして、その好調な集中は今までで最高の出来と結果を叩き出すことになる。
 まず、テレスの感覚内に現れたのは、奇妙な、あまりに奇妙なものであった。精度自体はあまり良くなく、厚い壁ごしに聞こえてくる音や、寝起きのぼやけた視界で見る風景のようなものであったが、それでもはっきりとその奇妙さは感じ取れた。耳慣れない雑音。これは、動物やモンスターの鳴き声では再現できないものだろう。それと連動しているであろう映像は、ぼやけてはいるが、ありえないくらい高い建物や巨大な蛇のようなものが走り去る場面が確認できた。そして、あまりに多い人、人、人。しかも皆、見慣れない服装をしているように見える。
 テレスは膨大な情報量に混乱しつつ、これはフェリアお嬢様の夢の世界なのだろうか、と考察を続ける。と、その多くの人物の中に、自然と吸い寄せられる後姿があった。長い黒髪であることと、華奢なシルエットから、女性であることは伺えるが、それ以上はわからない。この視界を操作できるわけではないが、自然とその人物に近づき、また、その人物も気が付いたかのように振り向こうとする。
 その瞬間、魔法でできた扉が目の前で閉まり、そのあまりに奇妙な世界から叩き出されてしまった。

 夢は、見ている間はその不思議な状況を受け入れてしまい、ちゃんと疑うことができない。テレスにとって今見えたものは、かなりそれに近かった。まず、魔力の流れを探るために自身の魔力を流し込んで、ある種のレントゲンやエコー検査のように調べていくわけだが、これは彼女の持つ? 世界そのものがそこにあったように感じた。そんなことはあり得ないのに、何故か恐怖はなく、ただただ没頭してしまったのだ。そして、最後に会った女性は姿は違うが、おそらくフェリアお嬢様だと直感でわかった。つまり、彼女の消滅病とされているものは、彼女自身が彼女の持つ世界、あるいは違う世界に意識が飛ばされていることが原因の一つだと考えられる。

「どう、でしたか?」

 まだ呆けているテレスに、オルガが恐る恐る尋ねる。他の皆は、何故か話し掛けてはいけないといった雰囲気を感じ取り、何も声をかけられないでいる。それもそのはず、時間としては一瞬の出来事だったが、それだけでテレスは尋常じゃない汗をかき、終わった後もこの現実の世界を認識できていないように茫然としていたのだ。

「も、もう一回、やってみます」

 不安そうな一同をよそに、テレスの好奇心と探求心は最高潮を迎えた。今一度集中し、魔力を今できる最大まで使ってフェリアへ流し込む。体中に魔力の網が張ったようになり、その状態が逐一わかるようになっていく。そして、その中にある、明らかに異質な塊。それは、頭から心臓にかけて、まるで脳と心とを繋げるように座している。が、どうも様子が違う。先ほどはこの塊を感じ取った時点で強制的に異界――まだ不明瞭な点が多いため、仮にこう呼ぶこととする――へと誘われてしまったが、今回はその前に強大な扉のイメージが現れる。何か大きな存在に「だめだよ」と拒絶されているような感覚。ここまではっきりとイメージされること自体がおかしいのだが、魔法や呪いの術式は、迷路や謎解きのようになっていることはある。そして、こういった術式を解くことこそが、このテレスの得意としているところなのだ。締め出されたなら、今一度潜り込めばいい。早速テレスは解錠に取り掛かった。
 しかし、これがどうにも上手くいかない。大きな扉に向けて、魔力を集中的に流すが、うんともすんともいわない。絶対的に魔力量が足りていない印象だ。つまり、今一度この扉を開け、先ほどの世界に飛び込むには、テレスのような強烈な器用さと、人知を超えたような魔力量を併せ持つ必要がある。おそらく、器用さにおいては今後も伸びる自信がテレスにはあった。しかし、膨大な魔力を所持できる自信は毛ほどもないのだ。
 諦めて一旦フェリアとの接続を絶った刹那、とある人物が目に入る。リプリィだ。制御できていないとはいえ、量も質もけた違いに所持している。もしかするともしかするかもしれない、とテレスの中に希望が見えてくる。

「リプリィさん」
「はひ、すいません!!」

 テレスの放っていた集中と、場を支配する緊張感にあてられたのか、噛みながらあやまってくる。

「今の僕の魔力なんですが、感じ取ることはできましたか?」
「いえ、すいません!! 微量すぎてわかりませんでした!!」

 さすが、天然は言うことが違う。場の空気は一瞬凍り付き、テレスも地の底へと落とされそうになるが、目的意識によってなんとか踏みとどまる。そもそも、うすうすわかっていたことだが、リプリィの魔力のコントロールがめちゃくちゃなのは、その膨大な力によって、微妙な魔力の流れを掴めないことが原因だと考えるのが妥当なのだ。ともすると、テレスのな魔力では、彼女の前では塵に等しいのだろう。流れなど感じ取れるはずもない。だが、試してみる価値はある。

「と、ともかく、僕の魔法の流れを、集中して感じ取ってみてもらえないかな? おそらく、お嬢様が回復するかはリプリィさんにかかっているので」
「えぇ~!!?」

 ひどく動揺しながら叫ぶと、一瞬白目を向いて倒れかける。「こ、こら」と、リッツが慌てて受け止める。意識を飛ばしかけるが、なんとか踏みとどまったようだ。

「それは、一体どういう……」
「まずは、上手く伝えられるかはわからないのですが、先ほど見えた世界を説明します」
「世界?」

 四人とも、狐につままれたような表情だが、テレスは気にせずに説明を始めた。正直、今まで目にしたことがない風景や物ばかりだったため、理解してもらうのは難航した。途中からは三人が思い思いに質問をしつつ、わかることはテレスが答えるといった形で、情報のすり合わせが少しずつ進んでいった。

「なるほど。まとめますと、お嬢様の魂、あるいは意識が他の世界で活動している可能性が高い、ということですね」

 さすがに教養の高いオルガは、なんとかテレスが見てきた世界と、そこから導かれるテレスの考察を結びつけることに成功した。他の三人も、オルガほどではないが、掴めてはきた様子だ。

「それで、何故この子の力が必要になるんですか?」

 リッツがリプリィの肩を抱きながら、心配そうにたずねる。手はかかるものの、リッツにとっては妹のような存在なのかもしれない。

「それは二回目の時、僕の前に立ちはだかった扉についてです。あれは、僕の魔力では全く歯が立ちませんでした。ですが、リプリィさんほどの常軌を逸した魔力をうまくコントロールできさえすれば、なんとかなる可能性がある思うんです。僕の通った魔力の道を辿ってくれれば。扉までたどりつけさえすれば」
「それで、魔力を感じ取れるかと聞かれたんですね」
「そうです。ですが、どうやら僕の魔力を感じ取るのに、その膨大な魔力自体が邪魔をしているようで」

 皆、うーん、とこの問題の上手くいかない状況に歯がゆさが漏れ出す。

「と、ともかく、これは素晴らしい発見です。まもなくフェリックス様がお戻りになられますので、報告と相談をしてみましょう」

 オルガの機転で、皆が一旦気を緩める。確かに、これ以上進展が見込めない中で、いつまでも頭を抱えていても仕方がない。フェリックスが加わることで、新たな案や相談相手が見つかることを、ここにいる誰もが皆、期待していた。せっかく捕まえられそうな、一つの希望なのだから。
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