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第一章【少年よ冒険者になれ】

12・暴走シスターと暴力シスターと

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 これが寝相なら、彼女の死因はいつかこの寝相があげられるだろう、という格好でリプリィがひっくり返っている。もちろん、これはシスター・オルガによるものだが、罰を与えているのかリプリィは放っておかれている。

「はあ、またこのこったら、本当に魔法が下手なんだから」

 リプリィを取り押さえようとしていたもう一人のシスターは、リッツと名乗った。彼女はリプリィの教育係を担っているのだが、あまりの魔法のコントロールの下手さに手を焼いていたそうだ。

「本当に、いきなり騒がしくてごめんなさいね。先ほどは、お嬢様が眠っている間に筋肉や関節が固まらないように、魔法で体を動かし、強制的に運動させていたのです。ですが、うちのリプリィの魔法がこれなもんですから、まるでお嬢様が操り人形のようになってしまったのです。他にも、体に栄養を送ったり体を清潔に保つ魔法を得意としている者たちが、代わる代わるこうして魔法を使っているのです。いつお嬢様が目を覚まされても、健康な状態でいっれるように」

 シスター・オルガが丁寧に説明してくれる。

「ほんっと、あれじゃ魔法の暴走よ。下手したら骨折させてしまうわ」

 リッツは怒り心頭な様子だ。

「しかも、止めようとしても魔力が強すぎてどうにもできやしない。オルガ様、やっぱりあのこ、魔医学には向いていないのでは? せめてただ回復させるだけの治療師や呪いを消し飛ばせる祈祷師のほうがいいですよ、絶対」
「そうね、ちょっと考えてみます。魔力のコントロールさえできれば、きっと多くの人を救えるはずなのですが、かなり厳しそうですね」

 魔法は、元となる魔力の量や質――火・水・土・風・光・闇の六大属性など――も重要だが、なによりもそのコントロール、つまり器用さが求められる。そういった意味では、テレスとは真逆のタイプと言えよう。そして、リプリィにそのコントロールの才能がまるでないことは、テレスにははっきりわかった。あんな出鱈目で秩序のない魔力の流れの色は初めて見たからである。あれは完全に暴走の類だ。魔力量に関しては少し羨ましくもあるが、これでは使い物にならない。
 お得意の分析モードに入ってしまったテレスにしびれを切らせ、アリスが軽く肘で促す。いつも通り少しだけ入ってきた毒を治療し、オルガたちに向きあう。

「ああ、ごめんなさいね。身内の話に没頭してしまって」
「いいのよ。でも、あのこがあのままなのは可哀そうだわ。ねっ」

 テレスはてっきり、早くこのお嬢様の容態を見てくれとせかしているのかと思ったが、意外な反応だった。だが、アリスがお嬢様の要件を前向きに引き受けたように、この魔法のコントロールが苦手な少女のこともまた、気にかけたのかもしれない。まだ出会って短い間だが、アリスのことが少しわかった気ががする。要するに、世話好きのいい人、ってことだ。

「ええ。まずは彼女の治療を。せっかくなので僕がやりますよ。あの格好は、ちょっと目に毒ですし」

 リプリィの方に目をやると、壁に倒立を失敗したような恰好になってしまっているため、下着が露見してしまう寸前の状態になっていた。およそ、いたいけな修道女の、しかも少女がこれではあまりに不憫だ。
 一瞬、何かが素早く動いたかと思うと。リプリィがアリスに抱きかかえられていた。この速さは、これまでの最速と言っていいものであった。ともすると、カゼキリよりも速かったかもしれない。

「さ、連れてきたわよ」

 しかもお姫様抱っこでこのスピードとは、意外な怪力も披露してくれている。アリスの今できる精一杯の底力であった。そして、彼女がなぜここまでの力を出せたか気が付けていないあたり、テレスもまたテレスなのであった。

「うん、ありがとう」

 そう言って回復魔法をかける。

「あ、でもその、あまりその子に近づかない方が」

 リッツが不安そうにする。それもそのはず、気絶こそしているが、彼女の体のあちこちからテレスでなくてもわかるほどの魔力の漏れが見て取れるのだ。しかし、その不安をアリスが制する。

「まあまあ、見てなさいって」

 また何故か得意そうにしているアリスを横目に、テレスが魔力を集中して、回復をしていく。幸い、軽い脳震盪を起こしているだけなので、回復自体はさほど問題はなさそうだ。

「うーん、なんと言うか……」
「そうね、普通、ですね」

 リッツもオルガも、そう評価せざるを得なかった。いや、テレスの魔法はむしろ、それを仕事とする能力者から見れば普通以下と感じてしまう。むしろこの評価は、大いにお世辞が入っているといっていい。

「まあまあ、まあまあ」

 アリスは笑顔で見守る。一方、当のテレスはリプリィの中の魔力の流れを感じ取り始めていた。まるで世の中の絵の具を全て集めてぶちまけたような無秩序の魔力。だが、テレスの魔力には素直な反応を示す。赤子が散らかし放題にした色とりどりのおもちゃを所定の場所に整理整頓するように、一つ一つしまっていく。パズルのようでだんだん楽しくなってきてしまった。
 そのリプリィの姿を傍からみていると、身体のあちこちから溢れ出ていた魔力が、静かになっていくのがわかる。

「あら、これは一体どうしたことでしょう?」
「あのこの魔力が、収まっていく……」

 二人とも、目を丸くしてことの成り行きを見守る。アリスは誇らしげに、フフン、と鼻を鳴らした。テレスは外野の言葉は一切聞かずに集中し、ついには回復と魔力を押さえつけることに成功した。

「ふう、これで完了です。じきに目を覚ますでしょう」
「一体、何をしたのです? こんなに魔力が大人しいリプリィを、私はみたことがありません」

 オルガも驚きを隠そうとしなかった。リプリィの魔力を外部から抑えるなど、誰も考えもしなかったことなのだ。もちろん、彼女に魔力のコントロールを訓練させてはきた。成長もそれなりにはした。それで、この状態だったのである。

「ん~、何と言いますか、散らかった彼女の魔力を、その魔力の一部から作った部屋に入れてあげた、ってところでしょうか。まあ、一時しのぎなので、すぐ破壊されてしまうでしょうけれど」

 興味深げに二人は話に聞き入る。

「わたしが思うに、これは、テレスが作った新しい魔法だと思うの。誰も作ったことがない、考えたこともない、誰にもできない、ね」

 どう、私の目に狂いはないでしょ? とでも言わんばかりに、アリスがますます誇らしげになる。

「なるほど、さすがはカゼキリさんがよこした人だけはある、ということですね」
「うん、こんなの見たことない」

 オルガもリッツも感心しきりである。正直、オルガも二人を迎え入れはしたが、何故こんな子どもを、と少々カゼキリのことを疑いすらしたのだ。

「では、その腕を見込んで、早速お嬢様の容態を」
「う……ん」

 そうしているうちにリプリィが目を覚ます。

「やあ、気が付いたかい? よかった」
「お……男?」
「あ、危ない!!」

 そう言うが早いか、リプリィの魔力が手に集中して、大きな掌の形になり、テレスの顔面を捉える。何が起こったのかすらわからないまま、テレスの笑顔はその原形を少しだけ保ったまま大きくゆがみ、先ほどのリプリィのように壁へと弾き飛ばされていった。

「グヒャラボエッ!!」

 聞いたことのない声を上げながら、テレスは壁に衝突する。

「ちょっと、なにすんのよあんた!?」

 亭主が酷いことをされた奥さんのように、アリスがリプリィを睨み付けながらテレスの元へ飛んでいく。が、しかし、リプリィは止まらない。また、魔力の暴走が始まってしまったのだ。

「ギャー、シャー!!」

 もう、そこにはいたいけな少女ではなく、魔物、いや、魔王がそこにいるかのようであった。しかし、先ほどと同じように、即座にオルガのが炸裂する。

「オルガ・ジャスティス!!」

 魔力を帯びた二本の手刀が、リプリィを捉える。魔王は一度天井にぶつかりながら壁に衝突し、少しめり込んで止まった。魔王の野望は一瞬にしてついえたのである。

「テレス! テレスー!!」
「だ、大丈夫、だよ」

 幸い、衝撃の割には大した怪我ではなかったようだが、崩れた笑顔のまま固まっている。これは攻撃されたダメージだけではなく、訳も分からず女性に拒絶されたショックが原因かもしれない。

「はあはあ、ごめんなさいね、この子、ちょっと男性が苦手で。心の準備ができていれば問題ないのですが、急に男性が目の前に現れると、混乱状態になってしまうのです」

 魔力のコントロールが不得手なだけでなく、男性恐怖症までも持っているとは、なんとも気の毒なものである。理由を耳にしたアリスも、納得はしたようだが、先ほどまでリプリィに対して持っていた同情心はかなり薄くなってしまった。テレスは自分に言い聞かせるように、大丈夫、大丈夫だから、と何度もつぶやいていた。

 この後この混乱が収まり、リプリィが目を覚まし、テレスの心と体の傷が癒え、本題に入るまで、多くの時間が必要となったのは言うまでもない。
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