上 下
12 / 57
第一章【少年よ冒険者になれ】

11・眠りの令嬢とおちこぼれシスターと

しおりを挟む
 冒険者管理所での登録を済ませ、テレスとアリスは令嬢のもとへ向かっていた。管理所に行く際に一悶着あったのだが、カゼキリの紹介状もあって、登録自体は思いのほかすんなり通った。テレスの年齢は十四と、冒険者になるにはギリギリだったので、本来なら保護者同伴か、委任状がサイン付きでなければ受理されないらしい――テレスは管理所で聞くまで全く知らなかった――のだが、カゼキリはそのあたりにも顔が利いた。しかも、登録用紙に記入していると、仕事を探しに来たっちょっとやんちゃな男たちに少々絡まれたのだが、カゼキリからの紹介状を目にするやいなや、用事を思い出したらしく離れていった。これにはテレスも、カゼキリと顔見知りになったことを便利に感じざるを得なかった。
 今後のことを話しつつ、城下町の中心部から少し北へ行くと、例の令嬢が住んでいる地区が見えてくる。ここは北の魔物を討伐したり、街道を見回ったりする役目を持った北方騎士団の要塞だ。その騎士団を取り仕切る役目を持つのが、名門の出であるシューマン家の当主、フェリックス・シューマン男爵で、依頼された令嬢は、そのフェリックスの娘でフェリア・シューマンである。カゼキリからもらった紙には、これらの情報の他、フェリックスの人柄やフェリアの習い事などが細かく記載されている。これは相手の魔力の流れを見るうえで、何がきっかけになるかわからないことから、出来るだけ多くの情報が欲しいと、テレスから頼んだことであったが、少々機密事項に触れているのではないかという内容まであった。これはカゼキリの本気度を測るのに十分な量と質だ。彼がアリスを仲間に入れてまでそのきっかけを探そうとしたことも踏まえると、この依頼に対して本気中の本気だと考えられる。それはつまり、この男爵もそれなりの人物だと考えたほうがよいことを示している。

「案外、テレスとあったらすぐ治っちゃったりしてね」

 ピクニックでも楽しむような笑顔で、お気楽なことを言う。

「だといいのだけれど。高名な医者や治療師でも手掛かりすら掴めていないのに、僕みたいなが簡単にできるとは思えないな」
「なに、弱気になって。あ、まださっきのこと引きずってるの? もう、悪かったって」

 さっきのこととは、風斬鳥を出た後、冒険者管理所へ向かう途中でのことだった。

「そういえばさ、アリスはもう、冒険者登録は済ませたの?」

 無事に管理所での登録が済むか不安を抱えたテレスはこう切り出した。

「うん、風斬鳥に入団した日に。年齢制限ギリギリだったんだけど、なんとかね」
「そっか」

 ここでようやく、アリスの年齢を把握する。少し幼く見える分、まだ登録年齢に達していないのではないか、と思ったが、自身と同じ歳だったわけだ。そして、自分はちゃんと登録できるのだろうか、などと不安を覚えて思案に暮れそうになったが、それはすぐに霧散する。

「あー! ……しまった。大事なこと忘れてた。どうしよう」

 急に狼狽し始める。最初の「あー!」で驚いた通行人のうち二人が転び、犬が吠え、赤子が泣いたほどの勢いだったが、本人たちはそれどころではなかった。

「どどど、どうしたの? 急に大きな声を出して」
「ごめん、全く考えてなかった。とても、とても重要なことなの」
「な、なに?」
「テレス、あなた、冒険者にはなれないかも」

 この瞬間、テレスの脳内では様々な可能性が浮上し、消えていった。能力の問題? 職業? 家柄? 犯罪歴? しかし、登録だけなら能力も職業も家柄も関係ないはずな上、もちろん犯罪に手を染めた覚えはない。結局、アリスの言葉を待つほかなかった。

「それは、いったいどういう理由で?」
「実はね、残念なことに年齢制限があるの」

 この瞬間、テレスの脳内に電流が走った。

「冒険者として登録するには、十四歳を超えていなければいけないの。全く、うっかりしてた。あのカゼキリも案外間抜けね。こんな紹介状まで用意してくれたけど、肝心な年齢のことを忘れているなんて」
「いや、あの。アリス、さん?」

 なんとも言えない顔でやや固まりながらテレスは、アリスの話を遮る。

「僕も、その、十四歳なんだけど」
「え、そうなの!? 嘘、十二歳くらいかと思ってた」

 この瞬間、テレスの脳内に何かが崩れ落ちていく破壊的な映像が流れていった。それは、男としてのプライドに他ならないだろう。

 この後、テレスは若干不機嫌になり、ブツブツと自分の中の世界での独り言が多くなってしまったのだ。しかも、アリスは何故テレスがこの状態異常になっているのか、ちゃんとは理解していない始末だった。そう、彼女は相手にダメージ0の攻撃を加えなくても、状態異常を付与することが出来るのだ。
 ただ、しばらく経った後にアリスが言い放った「ああ、でも、テレスの方がちょっと身長高いもんね」という天然フォローによって、少しだけテレスは回復した。普段ならこの、ちょっとだけ、の部分で寧ろ傷つくはずが回復してしまったのだから、彼の傷は相当深かったのだろう。
 その後、先ほどの登録所での一件を経て、令嬢の元へと向かっているのが現状である。

「すいませーん、門番の人」

 ようやく着いた要塞で、礼儀も何もなく、無邪気にアリスが話し掛ける。

「なんだい、お嬢さん。ここはおっかないおっさんたちがいっぱいいるところだからね。子供の来るところじゃないよ」

 子供が来るのは珍しいのだろう。他の門番たちもにこやかに対応してくれる。

「もう、違うって。ほら、紹介状もあるんだから」

 そう言って、カゼキリからの紹介状を渡す。

「まあ、確かに今日、客人を案内するように言われてはいるが……しょうがないな~。どれどれ……か、カゼキリ」

 笑顔は一気に崩れ、他の二人の門番もギョッとしている。

「客人ってカゼキリが寄こしたのか? まじかよ、本物なのか?」
「だってほら、ちゃんとサインも判もしてあるし」

 三人で回すように確認する。

「当たり前でしょ。えーと、私たち、ファリス・シュークリームさんに用があるんだから」
「アリス……。フェリア・シューマンさんね」
「ああ、そうそう。その人」

 三人は二人の子供の顔を交互に見つめ、ため息を吐く。

「カゼキリの旦那も、ついにおかしくなっちまったか。今まではそれなりの、だったけどな」
「いくらなんでも、こんな子どもを寄こすなんてな」
「ああ、あいつのことはあんまり好きじゃねえけど、ちょっと気の毒だわな」

 ヒソヒソと三人でカゼキリの話を続ける。テレスとアリスも向きあって首を傾げるが、すぐにアリスの我慢が限界を迎えた。

「ちょっと、お兄さんたち、早くしてよ! わたしたちだって暇じゃないんだから」

 その後、三人の門番のうち、最初に話しかけた一人がしぶしぶ案内役を買って出てくれた。彼女がいるのは要塞の居住区で、この門から入るとかえって遠回りになるらしい。案内の間も「ああ、本当に気の毒だ」と、カゼキリのことを気にかけていた。
 案内された居住区は、これはこれで一つの小さな町になっていた。ただ、居住者が自由に建築したわけではないため、灰色のレンガで作られた、色味のない特徴を持つ建物が並んでいる。それでも、強固な壁の中で、子供たちが無邪気に追いかけっこをしたり、奥様達が井戸端会議をしているのを見かけると、やはりここは町なのだと捉えることができる。おそらく、ほとんどが騎士や兵士たちの家族なのだろう。その証拠に、一人の女性がテレス一向に軽く手を振り、案内役の門番も笑みを浮かべていた。
 そして、多くの似たような形と間取をしている建物を通り過ぎ、その中でも一際立派な一軒に到着する。

「ここだよ。ちょっとまってな。あ、これは借りておくよ」

 カゼキリからの招待状を手に門番が中に入る。どうやら、説明をしてくれているようだが、先ほどのあまり歓迎されていないらしいことが影響しているのか、少々長引く。アリスがいよいよ罵声を飛ばそうという瞬間に、扉が開いた。

「待たせたね。今、男爵様は外しているが、お嬢様に面会はできるそうだ。男爵様は寛大なお方だが、くれぐれも粗相のないように頼むよ」
「わかってるって。悪いようにはならないわよ」

 何処からくる自信なのかは不明だが、アリスがフフン、と胸を張る。門番は少し苦笑したあと、無言で二人を中へと招いた。

「これはこれは、ようこそお越しくださいました」

 深々とお辞儀の見本でも披露してくれているように礼儀正しい中年の女性が迎えてくれる。

「どうも、わたしはアリス。こっちはこれから高名な冒険者になる、テレスよ」
「ちょっと、アリス」
「あらあら、それは頼もしいですね。なんでも、カゼキリさんの依頼とか」
「ええ、まだ何も準備はできていませんが、まずはお嬢様の容態と、ご挨拶だけでも、と思いまして」
「ご丁寧にありがとう。わたしは北の教会のシスター長を務める、オルガ、と申します。どうぞ、よろしく」

 その無駄のない美しい所作に、二人は少々ドギマギし始めるが、嫌な気持ちにはならなかった。これは、このオルガというシスター長が持つ、独特の優しい雰囲気からくるものだろう。おそらく、どこかの貴族の生まれから修道院に入り、教会勤めをしていると考えられる。
 門番たちの反応とは違い、オルガは丁重に二人を迎えてくれた。先ほど時間がかかったのも、相手を招き入れる準備のためだったのだろう。

「フェリア様はこちらになります」

 案内されるまでの廊下のカーペットや壁は、外の武骨な感じではなく、質素ではあるが美しく保たれている。途中あった開かれた部屋では、数名のシスターが休憩をしている様子だったが、少々魔力を消耗しているようにテレスには見えた。魔力を消費して休息をとっている人物は、体の内側だけでなく外からも魔力を吸収する光の流れが見える。そして、それが彼女らにも起きていたからだ。
 そして、例のお嬢様がいるとされている部屋の前にたどり着くや否や、中から罵声が飛んでくる。

「こら! リプリィ! あんたなんてことを!」

 それを聞いて、笑顔に血管を浮かび上がらせたのはオルガである。

「まさか、またあのこ……」

 ドアを開けると、テレスの目には異常な光景が映る。そこには異常な色と形の魔力が散乱し、思わず目が回りそうになってしまう。そして、その異常な魔力は一人の小さなシスターから発せられているようであった。それを止めようとするもう一人のシスターが小さなシスターを羽交い絞めにしようとするが、強烈な魔力に吹き飛ばされる。

「ご、ごめんなさい! と、止められなくて!」
「ちょっとリプリィ、ああ、お嬢様、お嬢様が~」

 見ると、空中に浮いたお嬢様が、目を瞑ったまま首や手を不規則に動かしている。それを見て頭を抱えるオルガ。呆気にとられるテレスとアリス。これがサーカスなら誰もが感激し、拍手喝采になるところだが、現在の状況はまさに地獄であった。
 そして、その阿鼻叫喚を打破したのは、清楚な中年シスターのオルガであった。オルガは自身の手に魔力を集中し、リプリィと呼ばれる少女に突進する。

「はぁぁ~!! オルガアタック!!」

 その魔力を帯びた手刀は見事で、リプリィが持つ強力な魔力を打ち破り、そのまま彼女を殴り飛ばした。

「グエッ!」

 壁にぶつかり、変な声を出しながら、リプリィは気絶する。すると、魔力で空中に浮かぶマリオネットと化していたお嬢様もベッドに戻っていった。

「ふう、大変お見苦しいところをお見せしました」

 オルガは元の清楚なシスターに戻っていたが、先ほど見せた凄まじい魔力の手刀を前に、絶対にこの人には逆らわないようにしよう、と二人は誓うのであった。
しおりを挟む

処理中です...