上 下
11 / 57
第一章【少年よ冒険者になれ】

10・かけひき

しおりを挟む
 ようやく街に着いた彼らは、予定通り二手に別れた。テレスはその足で納品を済ませ、街でしか手に入らない材料を買い付ける。商売をするときは仕事モードになり、少々緊張する。というのも、必要な物資が時折高騰したり、納品したアイテムが値下がりすることが多々あるからだ。相場の上げ下げには、周辺の魔物の数や城あるいは町で開催されるイベントが深く関わってくる。魔物が増え、怪我人が増えれば回復アイテムの値は上がるが、材料費も上がってしまう。また、祭りでは食費や衣類の流通が増え、騎士団主催のコロシアムが開催されている際は高い武器防具が売れる。逆を言えば、魔物が少なく、暇な時期はアイテムが売れない。材料費も値崩れするが、加工しないと長持ちしないものが大半なので、ここぞとばかりに大量に買い付けると、全て無駄になってしまう恐れがある。
 今回は先月と相場に変わりはなく、平均的であった。街の相場がわからず、遠くからやってくるアイテム屋にとってはこの相場が一番計算しやすくてありがたい。ヤナギモリでほぼ出くわさない中型~大型の魔物に出会ったため、魔物の数に変動があるかもしれないと危惧していたが、杞憂に終わった。
 思いのほか早く仕事を終えたテレスは、その足で冒険団が多く居を構える区画に行ってみることにした。そこには二つの思惑がある。一つは、カゼキリにちゃんと筋を通しておいた方が、後々のためになるからだ。すでに話に決着がついているかもしれないが、多少揉めている可能性もある。先日被害を受けた自分が行けば、態度が軟化することも考えられる。それに、テレスの中で彼の実力は高く見えた。仲良くする分には損はないのだ。もう一つは、今まで足を踏み入れることがなかった冒険団区画をみておきたいということ。パーティを組んだところで、いずれは冒険団に入らなければ大きな仕事が入りづらかったり、補助金の申請に戸惑ったりすることになる。中でも、大きな冒険団の拠点はある程度頭の中に入れておきたい。いずれお世話になる可能性がある。

 冒険団区画も、他の商業区画と大きくは変わらない。ただ、少々高い建物が増える。それは、冒険団の拠点を設置する目的が関係している。基本的に建物の一階は酒場や雑貨屋、武器防具屋など他の街並みと同じだ。だが、二階より上は、冒険団が拠点として間借りしていることが多い。金のある冒険団は建物ごと購入したり、借りることもあるが、殆どはテナントとして一~二フロアを借りている。ベランダには看板代わりの冒険団の旗を設置して、見る人が見れば遠くからでも目当ての冒険団がどこにあるのかがわかる仕様になっている。
 冒険団「風斬鳥」は、酒場の二階と三階を間借りしていた。窓から二本の旗が掲げられ、深い緑の旗に鳥の絵が描かれている。外からでも紺や紫、黒などの深い色のオーラが感じ取れる。これはおそらく、素早さを示すオーラが濃い青色だからだと考えられる。他にも力や炎は赤系、毒は紫、雷や回復は黄色や白が多い。被っているものが多いけが、見た目やオーラの現れ方等でだいたい分けることができる。もちろん、テレスがまだ見たこともないものが沢山あるから一概には言えないが。ともかく、外からでもオーラを感じ取れるわけだから、カゼキリ達はそれなりに大きな力を持っているのだろうと考えられる。
 入り口付近で少々躊躇したが、酒場のドアを開ける。木造のいい音がするドアだ。

「……いらっしゃい。随分と可愛いお客さんだこと」

 赤く短い髪色に、背の高い女性が短いエプロン姿で出迎える。彼女も風斬鳥の団員なのだろう。服装も動きやすさもそれを示しているが、何よりオーラが彼女の冒険者としての腕を表している。

「いえ、すいません。客じゃないんです。カゼキリさんに用がありまして」
「ふうん団長に」

 そう言うと、少し微笑む。自然な、美人のそれだ。それに引き換え、テレスはかなり引きつった笑顔だ。どうも不思議と最近は美人とよく知り合う。これは悪い傾向ではないのだが、彼にとっては試練に他ならない。

「あ、申し遅れました。僕はテレス。テレス・メイカーです。お手数ですが、その、団長さんにお取次ぎ願いたく」
「あー、いいよいいよ。かたっ苦しいのは苦手でね。あたしはナナ。ちょっと待ってて」

 手のひらを返しながらだらっと喋る女性だ。なぜだろう「乳臭いガキと話すのは趣味じゃない」とでも言われているようにであった。これはオーラ云々じゃなく、彼の感覚だが。ともかく彼女は奥の階段へと姿を消してしまった。

 見渡すと、まだ開店前なのだろう。ざっと見て四十人分の椅子やテーブルが整然と並べられている。思ったよりもアルコールのにおいは少なく、微かな油の匂いと、木の香りが多い。ここも夜となれば酒や料理の匂いで大いに賑わうのだろう。
 ドアの外には旗が掲げられていなかったため、この建物を丸ごと所有しているわけではなさそうだ。すると、先ほどのナナと名乗った女性が働いているのは、家賃を安くしてもらうためか、あるいは、酒場での美味しい情報を手に入れるためか。いずれにせよ、彼女の雰囲気や風斬鳥のオーラからすると、ただ漫然と働いているわけではないのだろう。
 暇を持て余して色々と思考を巡らす間に、ナナが戻る。

「どうぞ、坊ちゃん。団長の許しが出たよ」

 坊ちゃん、許し、色々と突っ込みたいというか突っかかりたい気持ちがテレスの中に芽生えるが、相手にせずに一言「どうも」とだけ言って階段を上がる。
 案内されたのは二階の、大きな一間だった。いくつかのソファとテーブル。壁には速さを意識した冒険団らしく、短剣や弓などが多く設置されている。全体的に殺風景だが、どこか清潔感を感じる部屋だ。そして、入り口から一番近いソファにアリスが。奥のソファにカゼキリが座っている。右奥の机には、ヒューが寛いだ様子で軽くこちらに目をやった。

「やあやあ、待っていたよ、坊ちゃん」
「どうも、お邪魔します」
「テレス!」

 相変わらず軽い表情のカゼキリと、笑顔のアリス。どうやら、話し合いはうまくいっているようだ。今のところは、だが。

「丁度よかった。今から呼びに行こうと思っていたんだ」

 立ち上がったアリスが、嬉しそうに、肩をバンバンと叩く。もちろんダメージはないが、また毒が回る。全て違うバッドステータスなのは、本当に厄介な能力であるが、テレスは何事もなかったかのように解毒をする。いつの間にやら、本当に慣れてしまったようだ。今なら多少強い毒にも恐れる必要はなさそうだ。これはこれで、冒険者としての強みになるかもしれない。

「へえ、やっぱり、凄い力だね」

 表情こそ変えないが、声が少し真面目になる。

「今、また解毒したでしょ? しかも、一瞬で」

 アリスの特性を完全に見抜いているのだろう、表情を変えずに解毒したことで、その能力を看破して見せた。やはり冒険団で頭を張る人物は、それなりの力を持っている。もちろん、カゼキリが飛びぬけている可能性もあるが。ともかく、隠せる状況ではないし、その意味もない。

「はあ、ありがとうございます。この二日間で慣れましたよ。工夫と器用さだけは自慢なので」

 ははは、とカゼキリは笑う。自虐気味な皮肉のつもりであったが、これはあまり伝わなかったようだ。先日、器用だの工夫だの言われたのを少々根に持っていたので、つい口から出てしまったが、意味をなさなかった。

「で、話はどこまで?」
「ああ、彼女が冒険団を抜けることは、概ね了解したよ。しかも、ちゃんと彼女の謝罪付きでね。一体、この二日間で何があったんだい?」

 そういって、また笑う。アリスも、つられて笑う。だが、テレスの中では一つ引っかかるものがあった。商売をしているとき、相手が必要以上に笑ったら、何か余計なことを頼まれることが多いからだ。

「まあ、彼女がこんなにお喋りが好きだとは思っていなかったけれどね」
「しょうがないでしょ、こっちはずっと我慢してたんだから」
「わかったわかった、それで、なんだけど。テレス君」

 初めてテレスの名を口にする。これは、先日よりは興味が増したことを示していた。

「なんでしょう、カゼキリさん」
「彼女が抜けることは了承した。その代わりと言ってはなんだけれど、一つ、頼まれてくれないかな」

 やはり来た、とテレスは構える。いつも通りニヤニヤと笑っているカゼキリの笑みだが、今は何かの企みを含んでいるように感じる。これはひとえに、まだカゼキリという男をわかっていないがためのことであった。ともあれ、ここからの一言一句は間違えてはいけない。さもなくば、得にもならない上に危険なことを引き受ける羽目になりかねないのだ。

「はあ、僕なんかにできることがあれば、もちろんお引き受けしますが」
「こらこら、僕なんか、なんて言葉は使うものじゃないよ。テレス君は素晴らしい才能を持っているじゃないか、なあ?」

 と、アリスに目を向ける。

「そうだよ。長年苦しんできたわたしのことも、あんな一瞬で治せちゃったんだから、テレスは凄いよ!」
「そうそう! その通り! なあ、ヒュー?」
「ええ、カゼキリさんのおっしゃる通りです。思いのほか凄い子供でした」

 ますますテレスの中に疑惑が膨らんでいく。まるで詐欺集団にでも囲まれているかのようだ。先ほどの赤髪のナナの前とはまた違ったひきつった笑顔が、テレスの顔面を支配していた。

「おほめにあずかりまして。それで、どういったご用件で」
「うん。実はね、とある男爵様のご令嬢が、おかしな病気にかかっているみたいなんだ」
「おかしな病気?」

 この話になったとたん、カゼキリに、あのいかにも軽そうな笑顔が消える。

「ああ。これが、高名な医者や治療師に見せても、うんともすんともいわないらしい。おそらく、何かの呪いか毒が原因なのだろうけれど、とにかくどうにもならないようなんだ」
「なるほど、それで、どういった病状なんですか」
「それがね、瞬きもするし、座っていられるのだけれど、まるで魂が抜けてしまったかのように何の反応もない」
「何の反応も」

 テレスはしばし考え込む。すぐに分析に入るのは、いつもの癖であった。

「わたしより酷い症状よね」

 裏表なく、心の底から悲しそうな表情を浮かべる。そんなアリスの瞳を見て、先ほど嘘くさいくらい乗り気だった理由を理解した。先日までの自分と重なるところがあるのだろう。

「消滅病」

 少し遠くに座しているヒューが呟く。

「見てもらった医者や治療師たちの協議の結果、そんな風に呼ばれるようになった」
「うん。今ヒューが言ったように、まるで消滅してしまったかのような症状なんだ。令嬢の、魂がね。今はおつきの治療師が交替で魔力を送ることで、なんとか衰弱は阻止している。でもね、今の医学や魔学をもってしても、ようはお手上げってことなんだ」
「力を持った人たちにできないことを、僕にどうこうできる案件だとは思えないのですが」
「もちろん、絶対に完治させろ、なんて依頼ではないんだよ。ただ、なにかきっかけでも掴めれば、と思ってね」
「なるほど」

 テレスとしても、困っている人の力にはなりたい。それに、何かきっかけの一つ、手掛かりの一欠けらでも見つけることができれば、冒険者としての名を上げることができるだろう。

「これはね、君たちにとってのチャンスでもあるんだ。冒険団に入るにしても作るにしても、色々と準備は必要になるからね」

 これまた、全てを見透かしたようなことを言う。このあたりがカゼキリの団長としての力であり、逆に信用し辛いところでもある。が、その見通しに間違いはなかった。男爵は騎士を束ねる位にいるので、騎士団からの依頼やお墨付きがもらえる可能性がある。と、ここまで思考を巡らせてようやくテレスは気が付く。この男爵の後ろ盾が欲しいのはもちろんカゼキリも同じだろうが、それを見越して、原因が共通している可能性があるアリスの入団を認めたのかもしれないことに。

「で、どうだろう。引き受けてくれるかな」

 そういうカゼキリの笑顔は、別に引き受けても引き受けなくてもいいよ、とでも聞こえてきそうなものだった。だが。

「いやいや、引き受けて、くれるよな」

 と、いつの間にかカゼキリの背後に回ってきたヒューの静かな圧力に、テレスは頷くことしかできなかった。
しおりを挟む

処理中です...