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第一章【少年よ冒険者になれ】

9・パーティ結成

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 昨日の天気が嘘みたいに、雲一つない青空が広がっている。前向きになったテレスの心と同調するかのように。
 心なしか高く飛ぶ鳥をよく見かけた。どれも気持ちよさそうだ。その心地よい道に荷車のカラカラと軽快な音が響く。引き手の彼の隣には、ニコニコとよく話すアリスがいる。こちらも昨日とは大違いである。

 あれから二人はなんとか夜になる前に次の集落に着き、宿をとった。アリスは話せるようになった喜びからか、店員や集落の人とよく話した。
 少年がそろそろ寝るかと思った矢先に、彼女は急に真剣な顔になる。

「あの……さ。今日は、本当にごめん。色々なことに巻き込んじゃって。それから、声……。ほんっとうにありがとう! おやすみ!」

 テレスは何も言えなかった。あんなに真っ直ぐに謝られたり、感謝されることなどなかったのだ。ちょっと、痛いとさえ感じた。どんな感情でも、それがプラスのものでも、ぶつけられると少しは痛いのだ。
 確かにかなりの迷惑を被ったわけだが、怪我もしていない上に貴重な経験もさせてもらったのも事実だ。
 それに。

「勿体ない! 勿体ないよ! あー、ごめん。別にアイテム屋がよくないって言いたいわけじゃないの。ただね、そんなに器用に色々なことができるんだから、テレス! あなたは冒険をするべきだよ!」

 あの言葉で少年の中の何かが吹っ切れた。いや、吹き飛ばされた。今まで封印していた夢や理想と、ただただ真摯に向き合う勇気。もしかすると、それは単なる欲なのかもしれないが。何にせよ自分の中にあるそれに、ついに気づいてしまったのだ。
 少年ははっきりと自分の弱さを自覚している。純粋ななにかしらのが評価の対象となるこの世界では、彼は工夫が上手なだけの凡人に他ならないのだ。
 それでもあの、嘘が苦手選手権でぶっちぎりの優勝をするであろうアリスに、あんなにも真っすぐに感情をぶつけられれば、どんな凡人だって冒険に出るだろう。彼だって例外ではない。男の子なのだから。つまりまさしく彼女の言葉と感情はくすぶっている彼にとって、人生観を変えるほどに絶品だったのだ。
 完全に彼女にかき混ぜられ、浮かれている。なにしろ、あんなに色々なことがあって疲れていたにも関わらず、しばらく寝付けなかったほど、彼の中に火がついている。
 元々各地を旅する気ではいた。だがそれは、あくまでこの平凡代表の彼でも成り上がれる商売や、仕事などを見つけるためだった。もっとも、これは建前だろう。なぜなら、小さいころから暇を見つけては棒切れを振り回し、幼い少年の今行ける範囲まで、山でも平原でもをしていたのだから。
 結局何も変わっていない。変わらなくていいのだ。深く考えるのは後からでもできる。そう自問自答に決着が着くと、先のことを考えられるようになる。まず街に着いたら、すぐに冒険者としての登録だけでも済ます。歳も十四なので、ギリギリ条件を満たしている。それから、どうやって生計を立てるべきか考えればいい。彼の心はこうして固まっていった。
 そして、出来ることなら、このアリスと共に冒険をしたいという気持ちも大きくなってきた。これは決して下心からくるものではない。あのゴリラ型の魔物を倒したときに、確かな手ごたえがあったのだ。それに、背中を強引に押してくれたのは、他でもないこのアリスなのである。もちろん、彼にとって好みの女の子であるのも疑いようはないのだが。やはり、少しは下心があるのかもしれない。これもまた、彼が男の子である証拠であった。

「ねえ、聞いてる? ねえって!」

 肩に軽いパンチが入る。が、もちろんダメージはない。その代わりに、背筋に冷たいものが走る。こちらもご存知、毒である。攻撃と判定される行動には、すべて毒やら麻痺やらを付加する効果があるようだ。テレスは冷静にその一つ一つを解除する。

「ああ、ごめんごめん、考え事してしまって。何だっけ?」
「だから、街に着いた後、一旦別行動にしましょう」

 一体どうやってこの話になったのか、少年には覚えがなかった。完全に自問自答の世界に入り込んでしまっていたのだ。世界に広がるメイカー家には、こういう人物が多いと言われている。頭の中に設計図やらスケジュール帳があるような家系なのだ。それに、かなり街に近づいてきたため、ここらは人の往来も増えてくる。すなわち、安全性が高いため、気が緩んでいたわけだ。

「……ほんと、なんも聞いてなかったのね。えい!」

 また一撃をくらい、解毒する。昨日よりも解毒が上手になってきたことを少年は自覚する。このまましばらく行動を共にしたあかつきには、解毒で食べていけるようになるかもしれない。

「ご、ごめん。もう一回、お願いします」
「え? もう一回パンチが欲しいの? 変わってるんだね」
「違う違う! 話をもう一回! ね?」
「……もう、しょうがないなぁ。まず、明日には街につくでしょう?そしたら……」

 要約すると、街へ着いたらテレスは納品を。アリスはカゼキリのところへ行って、冒険団を抜ける話をつけにいく。その後合流し、冒険者管理所にて登録を済ませ、今後の話し合いをしたいということだった。
 実際はカゼキリ一味への暴言などが多々含まれていたが、カゼキリ達に対してはあくまで迷惑をかけたので出ていく、という体で話を進めることを助言した。冒険者というのは基本的に自由ではあるが、あまり自分の団から足抜けされるのは気持ちのいいものではない。今後もこの街を拠点とするには、こういう配慮も大事になるのだ。その点は彼女もテレスからの熱心な説得があって、理解した。
 と、ここで、テレスはある違和感にようやく気が付く。年頃の女の子らしく雪崩のように話をされて、その返答に追われたため、気が回らなかったのだ。
 そう、アリスの話では、彼らはパーティーを組むことになっているのだ。これはテレスも望んでいることなのだが、しっかりと確認はしなければならない。これは、なんとなく一緒にいる友達以上恋人未満の関係に似た感覚に違いなかった。

「あ、あのさ、確認なんだけれど」

 キョトンとした顔をテレスに向け、なぁに? と、首を傾げる。

「つまり、僕らはその、一緒に冒険をする……ってことでいいのかな?」
「え?」

 一瞬、彼女の顔が曇る。

「そ、そっか。そうだよね。うん。わたし、先走っちゃった。わたしじゃ戦力にならないもんね。ダメージ通らないし」
「え、そっち!?」

 今度は先ほどとは逆方向に首を傾げる。これはアリスの癖なんだろう。もしかしたら、口に出せなかった分、ボディーランゲージが大きいのかもしれない。つい分析してしまうアイテム屋の癖で、一瞬時が止まった。

「違う違う! 僕が言いたかったのは、僕なんかでいいの? ってこと! ほら、めちゃくちゃ一般市民だから、僕! アリスみたいに才能があるわけじゃあないから、いいのかなって」

 また、目を丸くして彼女は聞き入る。それから、急にケタケタと笑い出す。二人の間では、全くと言っていいほど情緒が仕事をしていない。

「ど、どうしたの?」
「だって、身振り手振りがすごい状態で喋るから……」

 と言って、また笑い出す。アリスにつられてか、テレスもまた、ボディランゲージがいつもよりも大きくなっていた。遠目から見れば、二人でダンスの振り付けでも話あっているかのようであった。

「それに、安心しちゃったから。なんか笑えてきちゃった。あ、それから、テレスは才能があるよ! わたしが思うに、人をうまく動かす力があるんじゃないかな。ほら、あのゴリラ型のモンスター覚えてる? あんなの、今のわたしたちがまともに戦うべき相手じゃないよ。それをテレスのサポートのおかげで勝てちゃったんだから」

 嬉々としてまくしたてる。テレスもこれにはどうにも照れてしまうが、ゴリラ型モンスターの件に関しては、あれだけ突っ込んでいっておいてよく言う、と思わずにはいられなかった。そんなことを考えていると、彼もまた、笑えてきてしまうのだった。こういうのを無邪気というのだろう。

 ともかく、お互いに謙遜しあうような変な形ではあるが、彼らはパーティーになった。それは完全に勢いで、つい昨日は敵対していた仲ではあるのだけれど。それでも何故なのか、彼らには他の選択肢などないように思えた。器用なだけのテレスと能力が尖っているアリス。彼らがどこまでいけるのか。そこでどんな人たちと出会えるのか。どんな冒険が待っているのか。他でもない彼ら自身が、それを見たくて仕方がないのだ。
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