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第一章【少年よ冒険者になれ】

20・適材適所(1)

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 村を出てから、あえて少し街道をずれた林や草原を進んだ。この方が小さな魔物などに出会いやすいからである。色々試し、経験を積むには絶好の場所である。
 して結果は……散々であった。新しいパーティのボードは武器としてこん棒を持たされていた。その力はなかなかのもので、大きなこん棒を軽々と持ち上げる。本人曰く、特に重さは感じないらしい。非力なテレスにとっては羨ましい限りだが、かなり期待できるものだった。しかし、いざ魔物を相手にすると、いとも簡単に避けられてしまう。横に振ろうが振り下ろそうが、当たる気配が全くない。単純に遅すぎるのだ。ならば、敵から味方を守る壁になればいいのだが、簡単にすり抜けられ、その魔物がリプリィやテレスへと向かってきてしまう。そうなる前に敵に攻撃したいところだが、ボードが味方からの壁になって攻撃ができない始末だ。
 特にリプリィが酷い。まだ魔法をコントロールして曲げて放てるテレスは攻撃に参加できるのだが、リプリィにそんな芸当は無理である。よって、ただあたふたしているだけの村人と化してしまった。ボードを盾にして、左右どちらから突っ込んでくるかわからない状況では、より魔法を当てるのが難しくなってしまっているのだ。
 アリスはアリスで、ボードを避けた敵を攻撃することで、バッドステータスを付与することに成功したが、これならボードが前にいない方が視界もよく、彼女の速さも生かしやすい。
 因みに、これまでの戦いは林や森など、道が狭い場所でのことである。道が狭い分、ボードの大きさとノロマさがもろにパーティの戦闘能力を下げていた。
 ならば開けた平原ではどうか。こちらは陣形を横に広く保てるため、ボードがあまり邪魔にはならない。が、その代わりに、ただ突っ立っているだけのオブジェクトにしかならなかった。
 以上のことから、ボードは現在のところ『若干敵にとって有利になる障害物』というのがテレスの見立てである。当然、これではまずいので、一旦昼休憩を挟みつつ、作戦を練ることにした。

「じゃあ、ここらへんで食事を作ろう。何か食べられる木の実があるかもしれないから、少しそこら辺を探してからにしよう」

 パーティが増えた分、食費も当然高くつく。少しでも節約できるところは節約したいと、なかなかリーダーらしい考えをテレスは示す。

「あ、ならさ、ボードの弓、借りていい?」
「え、アリス、弓も扱えるのかい?」
「まあね、一応家柄が家柄だからね。ナイフ程じゃないけど弓も扱えるわよ」
「それは便利だな」

 そう言ったところでテレスはハッとする。遠距離攻撃なら或いは、呪いの影響を受けずにダメージを与えられるのかもしれない。

「よし、試してみる価値はあるね。ボード、弓、使ってもいいかい?」
「うん。もともと狩猟用だし、ぜひ使ってよ」
「ここら辺は何がとれるのかな」
「それならとっておきのがあるよ!」

 ボードが指をさした先には、肉厚鳥にくあつどりという、人に食べられるためにあるかのような鳥が木にとまっている。木の幹と色が近いので、見落としてしまいがちなのだが、ボードは匂いでわかるらしい。流石は精肉店の息子である。
 肉厚鳥は肉はジューシーで甘みと旨味があり、栄養も豊富だ。だが、そのしなやかな筋肉の通り、かなりすばやい。一度逃すと飛ばれてしまい、アリスの素早さでも捕まえるのが難しい。ハントの精肉店でも人気の商品だが、常に品薄になっていた。

「あれか。確かに捕れたら最高だけど」
「わかった、わたしに任せておいて」

 そう言うと、弓を引く。魔力が高まるのを感じる。息を深く一つして、それが止まった瞬間、弓矢がアリスの手から離れる。それは一直線に肉厚鳥へと向かい、その素早さを披露させる間もなく捉えた。弓矢は刺さることもなく完全に貫通した。これなら次の瞬間には鳥が落ちてくる姿が見られるはずだ。が、鳥は一瞬驚いたが平然としている。

「確かに、当たりましたよね」

 リプリィが怪奇現象でも目の当たりにしたように少し怯える。

「ピンピンしてるね……」

 やはり呪いの影響なのか、ダメージが通るどころか貫通してしまった。残念だったね、とアリスの方に目を移す。が、アリスは口の端を少し上げながら、肉厚鳥を見つめている。その姿には余裕すら感じられた。

「もうそろそろね」

 次の瞬間、テレスの前からアリスが消える。先ほどの矢の通った道をなぞるように、肉厚鳥へと向かっていく。先ほどの弓矢と違い、人が向かってくるのだから、当然肉厚鳥は飛んで逃げようとする。が、ぎこちない動きで上手く飛べずに、アリスの懐に簡単に収まってしまった。

「へへ、大したもんでしょ!」

 得意そうにアリスが戻ってくるのを、リプリィとテレスが茫然と見つめる。ボードは肉厚鳥によだれを垂らしている。

「ん、どうしたの?」
「いえ、その鳥……」
「うん、毒で動きが鈍くなったの。これなら飛んで逃げられる心配もないから楽勝よ」

 この時、テレスとリプリィは思った。これ、食べられるのか? と。

「わーすごーい! 肉厚鳥最高ー! 僕がさばくよ。お肉をさばくのは結構得意なんだ!」

 ボードは喜んでいるが、毒を使用して獲物を捕るのは聞いたことがなかった。しかし、気をよくしたアリスはその後も三羽ほどとってきてしまった。ボードは嬉々としてそれをさばいていく。
 テレスはリプリィと共に、他の食事を用意する。肉が食べられなかった場合のためである。

「いただきまーす!」

 料理が完成し、ボードの元気な声が平原に響く。テレスには考えが一つあって、あえてボードに肉を食べさせた。もし毒が回る場合、全員が毒状態になっては全滅しかねない。だが、テレスは毒を回復させることが出来る。あるいは、食べてもボードが平気ならば、皆で美味しく食べればいい。

「私も食べよっと」
「あ、」

 テレスが止める間もなく、アリスも肉をほおばる。リプリィは肉を美味しそうにほおばる二人を恐怖の目で見つめていて、食事処ではない。

「ぐぶぶぶぶぶ……」

 急にボードが口から泡を吹きながら倒れる。

「あれ? どうしたの?」
「やっぱり毒が残っていたんだ!」

 きょとんとするアリスを横目に、テレスは毒の解除を試みる。せっかくなので透原鏡を装備しながら解毒をしてみると、ボードの全身に毒が回っていることがわかる。危険な状況というわけではないが、放っておくわけにもいかない。解毒の魔法をボードの体に流す。すると、効果は抜群で、すぐに解毒が完了する。テレスは計算よりも早く解毒ができたことに、首を傾げて思考の世界に入ってしまう。

「よーし、お肉の続きだー!」

 また、ボードが肉をむさぼり始める。すると、今度は毒の症状がなかなか出ない。テレスとリプリィはその間に他の食材に手をつける。

「美味しいねー」
「うん、美味しいねー」

 ボードとアリスは肉ばかりを口にしているが、毒が回った気配はない。アリスは自身が与えた毒なだけに、魔力で中和できている、とテレスは考えた。が、ボードは?

「ぐぶぶぶぶぶ……」

 さきほどよりはかなり遅れてボードが泡を吹く。

「もう、さっきっからなんなの? 慌てて食べるからよ」

 アリスは依然として平気な顔をして食べているが、ボードは毒が完全に回った。テレスはまた、解毒の魔法を試みる。が、その必要はなかった。ボードが目を覚まし、自力で解毒に成功したのだ。

「え?」

 透原鏡を装備してボードを調べてみる。

「さ、お肉の続き~」

 肉には毒が含まれている。その毒はボードの体内で黒いエネルギーとなって広がろうとする。が、ボードの宝石のような結晶化した緑の魔力がそれを防ぎ、青い魔力が一度流体になって黒い魔力を消し去っていく。

「耐性ができてる……」

 テレスは驚きを隠せなかった。毒に耐性がある人物がいないわけではないが、耐性ができる瞬間を目の当たりにしたのは、おそらく人類で初めてのことなのだ。それも、きっとボードだからできることなのだろう。普通の人間なら、解毒をしなければ大惨事になってしまう。
 まだまだ戦いの際の陣形や戦術に関しては問題が山積みである。が、様々な耐性をつけることができるならば、きっと有効な戦術が見つかるはずだ。テレスの中で、このパーティーの光が見えた。そして、一つボードを戦力にできる方法も思いついた。

「ちょっと、二人とも全然食べてないじゃない。二人で食べちゃうよ!」
「美味しいねー」

 それにしても、毒があるとはいえ肉厚鳥は美味そうである。テレスとリプリィもご馳走を前にゴクリ、と唾を呑み込む。

「あの、テレスさん」
「やめておきな。毒は確実にある。あれはボードの特殊な能力で耐性がついたんだ」
「いえ、料理する前に解毒をすれば、食べられたのでは……」

 テレスはハッとする。考えてみれば、人間の毒の治療が出来て動物が出来ないはずもない。今日はごちそうにありつけそうにないが、今後はそうすることを心に誓った。
 だが同時に、ボードの分は解毒せずに少しずつ毒に慣れさせることも決めていた。それが、先ほど思いついた使えそうな戦術にきっと影響する。そういう確信があるのだ。
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