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第一章【少年よ冒険者になれ】

21・適材適所(2)

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 夜もすっかり深くなった頃、二つにわかれたテントと、暗闇のなかで一際明るく燃え続けるたき火が平原にあった。しかし、そのテントの中にテレスの姿はない。焚火のそばで黙々と何かの作業をしている少年、それが彼である。木や草や蔓など、どこでも手に入るものを魔法で器用に操って、パーティの新たな戦力になるであろう道具を作っている。すると、一つのテントから寝ぼけ眼の少女が一人出てくる。

「テレス、まだ作業してるの?」
「ああ、ごめんアリス。起こしちゃったかい?」
「うとうとはしていたんだけどね。ちょっと今日の戦いが上手くいかなかったから、考えっちゃって」
「そっか」

 自分以外にもパーティの戦術を心配してくれている仲間がいることに、少年は少しほっとする。リプリィは自分のことで精いっぱいで、ボードはあの調子である。

「なんの作業をしてるの?」
「ああ、その戦術のことでね。明日試したいことがあって。ほら、ボードがまだ上手く戦力になれていないでしょ。色々思いついたことは試していかなくちゃ」
「そうだね……てか凄いね。道具なしでもそんなもの作れるんだ」
「まあ、木を操れれば、なんとか形だけは、ね」
「そっか」

 その後、しばらくテレスの作業を黙って見つめるアリス。彼女の瞳には、テレスが真剣に何かに取り組んでいるときに見せる表情が映っていた。そして、突然クスっとただ笑う。

「ん? どうしたの?」
「いや、テレスがそういう顔をしているときって、いいことが起こることが多い気がして。明日は期待できるかなって」
「はは、まだ上手くいくかはわからないけれど。まあ、やってみるよ」

 それから、テレスの自信とやる気に満ちた表情を確認して満足したのか、アリスはテントへ戻っていった。テレスの作業も遅くまで続いたものの、まだ夜が深いうちになんとか仕上げることができた。
 そして、次の朝を迎える。軽い朝食を済ませた後、今日の予定や達成したいことなどを話し合う。これはテレスが提案したことで、皆にもパーティとしての動きや目標を共有させておきたい考えがあった。

「なるほど、今日はヤナギモリ前の集落まで行くんですね」
「うん。テントで寝るのもいいけれど、続けていれば体力が削られるからね。慣れないうちはこまめに宿に泊まろう」
「そのあと食材をとるんだよね。僕も何か手伝えればいいんんだけど」
「ボードには肉をさばいてもらうよ。それを集落に卸して、少しでも安く宿に泊まれるようにしよう」
「上手くいけばタダで……いえ、むしろ利益があるかもしれませんね」

 意外とリプリィはこういう話に敏感ならしい。眼を輝かせている。

「なんだか、仕事って感じがして楽しいですね」

 違った。いや、多少はそういうところもあるのだろうが、教会以外の仕事に興味があるのが本音なのだろう。そこでテレスはしばし思考する。教会の仕事やアイテム屋。確かに必要で立派な仕事だが、それをずっと続けるのはどんな気持ちなのだろう、と。そして同時に、きっと自分には耐えられないと感じた。こういうところが、冒険者向きなのかもしれない。

「テレスさん、どうしました?」

 つい悪い癖で長考してしまった。だが、そこでふと気が付く。いつもならアリスが止めてくれるはずなのだが……今は何かを期待する目で黙ってこちらをみている。テレスも今の今まで気が付かなかったが、こんなに大人しいアリスは珍しい。

「ああ、いや。ちょっと考え事」

 今一度アリスに目を戻すと、やはり言葉は発しないが何か落ち着かないような、そういった状態に見える。そこでテレスはハッとする。

「ごめん、アリス。トイレなら行ってきていいよ!」

 アリスは驚いて目を丸くしたのち、顔を赤くする。

「違うわよ! 何も我慢してない!」
「あ、そ、そうなの? いや、なんかいつもよりも大人しいから」
「だって、ほら……。昨日何か作ってたでしょ?」
「……ああ、なるほど」

 つまるところ、彼女はテレスが昨晩作っていたものを披露するのを、今か今かと待ち望んでいたのだ。まるで誕生日にそわそわする子供のように。もちろんテレスもその話はするつもりだったが、どうにも待ちきれなかったらしい。あるいは、昨日の戦いが上手くいかなかったことを危惧しているのかもしれない。

「え、なんですか、作ったものって?」
「なになに? 新しい調理器具?」

 ぐっすり眠っていた二人はいい気なものである。テレスは「じゃあ、ちょっと待ってて」と言って道具を取り出す。そこには二つの木の盾があった。

「えー、何それかっこいい!」
「硬そうな盾ですね!」

 ボードとリプリィはその長方形の少し丸みを帯びた盾にくいついた。アリスは何となく原形を見ていたせいか、やっぱり、といった表情だ。だが、リプリィとボードの驚きを見て、何故か得意そうにしている。

「で、これをどうやって使うわけ?」

 まるで「二人がわかってないみたいだから説明してあげて」とでも言いたそうな口調だが、当然アリスもよくはわかっていない。

「うん。昨日何回か戦闘をしてみてわかったのだけれど、ボード、君にその武器は合っていないみたいだ」
「えー、そうかなぁ。これ、ブンブン振るの面白いけど」

 のほほんと棍棒を見つめるボードに、三人ともが「一発も当たってなかったじゃん」と思ったが、それぞれ心の中にとどめた。

「まあ、モノは試しだからね。そこで、この盾を用意したんだ」
「え、これを僕に? 二つとも?」
「そう、これが上手くいったらもっといい防具を用意するけれど、今はこれで我慢してほしい」
「ありがとうテレス!! 僕、これを装備して頑張るよ!」

 どうやらいたく気に入ったらしい。

「でもテレス、これを両手に装備すると、攻撃ができないんじゃないの?」

 アリスが当然ともいえる疑問を投げかける。

「うん。基本的に武器で攻撃はしないんだ。ボードは」
「え? 前衛が攻撃をしないんですか? 聞いたことありませんね……」

 リプリィも当然の反応をする。

「そこには考えがあるんだ。作戦を伝えるから、準備が出来たら出発しよう」

 その後、準備を進めつつテレスは皆に作戦を伝えていった。

「ふうん、なかなか面白そうじゃない」
「うん。僕、やってみるよ!」
「楽しみです!」

 皆、期待で待ちきれないといった表情になった。一先ず作戦を理解してもらえたことで、テレスもホッとする。が、本番はこれからだと気持ちを入れなおした。

 それから昨日と同じく、街道から少しそれた道を進む。すると、おあつらえ向きの魔物が姿を現す。人間の子供ほどの大きさのある、トカゲ型の魔物だ。普通のトカゲと違い、鎖のようなものを体に巻き付けている。

「よし、皆、いくよ!」

 テレスの合図で予定していた陣形に散らばる。まずは当然、ボードが前に出る。そして「こっちだ! こっちにこーい!!」と大声を出す。これはそこら中の木という木から一斉に鳥が逃げ出すほどの大声であった。だが、そこは相手も魔物である。ギロリ、とボードを睨んだかと思うと、一気にボードに向かって走り出した。
 作戦その一は成功である。まずは相手の注意をボードに引き付けること。元々魔物は前衛で目立つボードに注目はするが、他の人が目に入るとそちらに方向転換されてしまうことがあった。だが、これならしばらくはボードに釘付けになるだろう。

「ボード、落ち着いて、よく狙って!」

 テレスのげきが飛ぶ。

「うん、任せて!」

 向かってくるトカゲ型の魔物に対し、木の盾を二つ、しっかり前に構える。そして相手の攻撃が盾に到達しそうな瞬間。

「今だ!」

 テレスの声に反応したボードは、盾を構えたまま魔物に向かって一歩前進した。

――ゴツンッ――

 鈍い音とともに、魔物が吹き飛ぶ。作戦二も成功だ。こん棒や剣での攻撃は難しくても、向かってくる敵に対して盾を構えて体当たりをすれば、当然あたる。これならボードの力も発揮できるうえに、上手くいけば敵を負傷させたり、一時的に動けなくさせることも可能だ。これは、シールドバッシュと呼ばれている技である。

「よし、一斉に攻撃だ!」

 テレスの号令で、リプリィとアリスも動き出す。が、戦闘はすでに終わっていた。

「って、あれ? もう倒しちゃってるじゃん」

 得意の速さで一気に距離を詰めようとしたアリスが、いの一番に気が付いた。

「あら、本当です~」
「あらら、作戦は四まであったのにな~」
「わー、ごめんごめん、つい力が入っちゃった!」

 何故か活躍したボードが謝る事態になってしまったが、そのあと皆が笑ったのは言うまでもない。ともかく、テレスが考えた盾を使った作戦は、一先ず大成功に終わった。いや、むしろ想像よりもずっと強力であった。

 それから一行は、集落に着くまでにできうる限り作戦を試していった。この辺りにはあまり強い敵はいないせいか、ほとんどボードの盾で片付いてしまったが、うち何度かは作戦を試すことができた。作戦三は、相手の勢いをボードが止め、しかも突き放した後、アリスが弓矢かナイフで相手にバッドステータスを発生させたり、テレスが敵の視界や動きを封じる魔法を放つ。それを上手くいくまで繰り返し、相手の動きが鈍らせる。そして作戦四は、リプリィの魔法で一撃で仕留める。相手の動きが素早いと厳しいが、これならリプリィの魔法でも当たる上に、コントロールの練習にもなるわけだ。
 この世界では、戦闘での経験的な成長や、修練での魔力、身体能力の強化によってその力を伸ばしていくことになる。だが、それだけでは計算できない能力の向上が、戦闘によって積まれていくと考えられている。事実、国の学者たちが修練のみをさせているグループと、運動量はほぼ同じだが戦闘も積ませるグループに分けて実験をしたところ、個人差はあるが概ね戦闘を経験したグループの方が能力の上昇が強く見られたらしい。
 そして、その影響はテレス達にも表れていた。特に、この日のように多くの戦闘をこなせば目に見えてわかる、感じられるものもある。ヤナギモリ前の集落で、皆が皆、それぞれの成長を感じ取っていた。

「アリスさん、また速くなったんじゃないですか? さっきの戦闘なんて見えなかったですよ」
「うん。少し、ね。リプリィも今日の後半は殆ど魔法を外さなかったじゃん」
「えへへ、まあ、この杖のおかげですけれど、今までの中では上手くいきました」

 テレスも仲間たちの成長を、そして自身の全体的な能力上がっていくのを感じている。もちろん極端な力を持っている人物の方が、変化がわかりやすいようだが。そして、前線で一番多くの敵を倒すことに成功したボードは更に顕著であった。素早さは相変わらずだが、少々体が大きい魔物に体当たりされると、朝方は押されたりバランスを少し崩す場面もあったが、夕方にはビクともしなかった。
 そして、そのボードについてテレスが一つ気になっていることがあった。それは集落が近づいてきた平原にて、この日最後の戦闘をしていたときのこと。戦闘開始と共に敵の攻撃がボードへ向かったが、一瞬、ボードの固形のオーラが少し肥大化したように思えたのだ。今までは彼のオーラは体の中で固まっていたのだが、収まり切れずに外へ出てきたのかもしれない。
 とにもかくにも、ボードがテレスのお手製の盾を手に入れたことで、戦闘の効率が上がり、パーティの個々の役割もはっきりしてきた。テレスはこの集落お馴染みの大量の料理で膨れた腹をさすりつつ、これからこのパーティでどこまでやれるようになるのか、明日が楽しみでしかたがないのであった。
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