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第一章【少年よ冒険者になれ】

25・連携と超越

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 少し長めの休憩の後、とっておいた肉厚鳥を食べたおかげで、体力はかなり回復した。いや、むしろ以前よりも各々が力を感じている。これは、強敵を倒した報酬によるものだろう。本来なら彼らのような駆け出しのパーティが倒せる相手ではないのだ。しかもたった四人。
 パーティは基本的に六人が前提である。七人以上がパーティに参加すると、なぜか各々の能力が下がり、うまく戦えない。これは、この世界での七不思議の一つであるが、長い時間が経て常識になっているため、今ではそれを疑問に思う人間も殆どいない。
 よって六人で戦うのが最大戦力となるため、四人で強敵に勝利した価値は跳ね上がる。まだ回復しきっていない体でも力を感じるのはそのせいだろう。
 そのさなかでも、テレスは難しい顔をしている。それは、ある種のが原因であった。悩みの種は、それがどんな物なのかは、実はテレス自身もわかっていない。しかし、最悪の事態だったとしても、テレスにとってやるべきことは一つだった。それは、もっと強くなること。自分が、ではなく、パーティとしてもっと連携や攻撃手段を磨かなければならないのだ。あるいは、それよりも大事なのは撤退の手段かもしれない。今回は絶望的な綱渡りながらも生還できた。しかし、こんなことが毎回続いては、いつかは全滅してしまう。もちろん、世の中のパーティが毎日こんな強敵と対峙しているわけではない。このテレスの考えの根本には、先ほどから悩んでいる疑念があるのだ。
 それは、アリスの力の一つに、強敵を呼び寄せてしまう何かがあるのかもしれない、ということだ。今までヤナギモリで大きな魔物に出くわす経験など、テレスはほとんどなかった。それどころか、メレス爺すらあまり経験がないのだ。それが立て続けに起きている。もちろん、ヤナギモリの中にダンジョンが発生した可能性が高く、それが直接的な原因になっているのかもしれないが、それでも準備はしなければならない。
 もし、アリスがそういった力や運命を持っていたとしても、それを跳ね返せるくらい強くなろう。テレスの決意には、そういう意味が込められているのだ。
 少年の悩みは露知らず、他の三人は上機嫌だ。それも無理はない。危機的状況からの脱却、そして、それを自分たちの手で成し遂げ、自身らの成長も感じ取れている。気が浮くのも仕方がない。こういった危険状態を共に経験したものたちは、通常よりも早く絆が深まりやすくなる。そうなると、自然と今までよりも込み入った話も出てくることになる。

「そういえば、アリスさんは、何故冒険者になったんですか?」
「なんでって。そうだね~。まあ、一つ目標はあるかな」
「なんですか?」
「僕も聞きたい!」

 リプリィとボードが食いつく。もちろんこの話題に対しては、テレスも聞き耳を立てずにはいられなかった。

「恩恵、ってあるでしょ?」
「うん。僕はよく知らないけれど、なんか、凄いんだよね」
「恩恵は、沢山の戦闘をこなしたり、国の発展への貢献が多いと発生する、と言われてますね」

 田舎育ちのボードやテレスにとっては、実はあまり情報が入ってこない。テレスは自分で調べてある程度の知識はあるが、ボードにとっては海を見たことのない人物にその存在を教えるくらい遠いものだった。

「それがもらえると、凄いの?」
「凄いですよー。なにせ、自分で成長させたい力を選べるんです。力だったり、魔法だったり、器用さだったり。まあ、選べるといっても、リストアップされたいくつかの中から、らしいですけど」
「へぇー。じゃあ、アリスは何が欲しいの?」
「私はね、ほら、ダメージが通らない呪いを受けているから。その呪いを断ち切りたいんだ」

 テレスはなるほど、と思う。おとぎ話レベルの話だが、ペイン家は代々呪いを受け継いでしまっているらしい。その呪いを、自分のところで断ち切る力が欲しい、ということだろう。恩恵に関しては、ここ四十年で突如発見された効果なので、アリスの家族がそれを受けるだけの時間が足りなかったのだろう。確かに、アリスが手柄や強さや戦闘に固執しがちな理由もこれなら納得できる。ただ、その呪いを解くことで毒や素早さが大幅に下がるかもしれない。その点は少しテレスももったいない、と感じた。もちろん、アリスにその話はするつもりはない。全ては、アリスが選ぶべきなのだ。
 恩恵を受けることができている人物はかなり少ない。国家への貢献や魔物の討伐などが引き金になるとはされているが、これもはっきりしていない。何十年と騎士として勤めあげていても発生していないものもいるし、逆にたった数ヶ月で恩恵を授かった話も聞く。そして、それは複数回発生することもある。今聞く最大の回数は、総騎士団長であるバアル・ハーマンで、その数、三回だそうだ。一回でも大きな力を得られるのだが、それが三回ともなれば想像を絶する力を持っているのだろう。そして、ハーマン家は恩恵を得る者の比率が高いとされている名門である。そのため、遺伝も関係しているのでは、との話もあるが、あまりはっきりとはしていない。今後何十年かすれば、ある程度のことがわかりそうだが、まだ年数も、恩恵を受けている人の母数も少なすぎるのだ。
 冒険者や冒険団の中には、その秘密を探っているものや、恩恵を得ようと少々無茶な依頼も受けてしまう連中も多いと聞く。そういう冒険団は、死者数やついていけなくなり引退する者も多いが、残ったものはみな猛者たちである。
 テレスは更に思考する。先ほど考えていた、運命をも乗り越えられるような力、それ即ちこの恩恵と関係があるのかもしれない。冒険団を正式に設立したら、目指すものの一つにすることで、皆の目標が一つにまとまるのも魅力的である。そして彼はなにより、この能力が偏った三人の扱いづらくも頼もしい仲間たちが、恩恵を得ることでどんな化け物になってくれるのかを、見たくてしかたがないのだった。
 力がデコボコではあるが、普通の感覚を超越した仲間たち。その一つ一つの宝物を自分がどう活かせるか。自分自身が強くなることより、そちらに考えがいくあたり、アリスに言われた「テレスは人を動かす才能がある」という推察は、かなり的を射ているのかもしれない。
 だが、まずは受けている依頼、消滅病の調査がなによりも先である。出発前に考えていたよりも、様々なことが起こり、それがこのパーティを予想よりも遥かに強くしてくれた。
 準備は整いつつある。あの日見た、この世界と全く異なったルールや生活様式が広がった世界。その世界に繋がるために、まずは虚構の森を攻略する。沢山の目標と希望。そして今やるべきこと。これは忙しくなる、と心の中でつぶやきつつ、テレスは少し笑った。
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