上 下
27 / 57
第一章【少年よ冒険者になれ】

26・再出発の準備とおっかない女性

しおりを挟む
 街へ戻った一行は、各々役目を持って散らばる。リプリィは北方騎士団の居住区に先に行って、フェリアの様子の確認とこれまでの報告を済ませておく。すでにヤナギモリの異変のことは早馬で話が通っていると思うが、その件についてもできる限り詳しく話してもらうつもりだ。アリスは冒険団「風斬鳥」へ赴き、カゼキリへの報告を済ませる。
 テレスとボードは、再出発へ向けての買い出しや、貸し工房でアイテムをいくつかつくる。メレス爺に紹介された鍛冶屋もあるので、そちらにも顔を出す予定だ。ボードに関しては、即席の木の盾ではこの先不安があるため、強い盾を作ることは急務といっていい。テレス自身が力を使って製作することもできなくはないが、やはり鍛冶屋か防具屋で仕立ててもらう方がいいだろう。

「うわー、聞いていたよりもずっと立派なところだね、テレス」
「ボードも一度来てみたらよかったのに」
「僕の場合は、一度来たら置いて行かれる可能性があったからね」
「なるほど」

 あの両親ならやりかねない。どこかの修行場かお店に置いて、あとは野となれ山となれ、となっていたことも十分考えられる。もちろん、それもボードの将来を思っての行動だろうが、ボードの才能と性格を考えれば三日ともたないだろう。普通の生活では図体だけが取り柄の彼は、実はだれよりも冒険者や騎士よりの人間なのかもしれない。もし、それほどではなかったとしても、自分がそうさせてみせる。ボードに街を案内しつつ、そんなことをテレスは考えるのだった。
 薬屋や道具屋での買い物が済み、工房を借りに行く。街の中には、こういった貸し工房がいくつかある。医術や薬術に心得のあるものは、こうした場所で自前の薬を作って売ったり、冒険に持ち出したりする。幸い、肉厚鳥を大量に売ったことで、多少は金銭に余裕ができた。鬼との戦いで失った薬はこれでなんとかなるだろう。ボードは荷物運びとしては、歩く速さ以外は優秀なので、作りすぎて困ることもないのだ。
 薬草をすりつぶすなどの簡単な仕事はボードに任せ、様々な薬を製作する。主に回復薬だが、これにも種類はある。怪我を治すもの、体力を回復するもの、魔力を回復するもの。それも即効性や遅効性も含めると、そうとうな種類になる。テレスのパーティは大きく回復できる魔力を持つものがいないので、回復薬は必須である。また、魔力を消費する人物も多いため、これも即効性のものを中心に大量に作り上げる。多くの戦闘を行ったせいで、自身の魔力や器用さも上がったせいか、相当高水準なものが出来上がったが、改めて考えてみると、このパーティはコスパがかなり悪いように思えた。だが、これは必要経費だ。なにせ、冒険というのは一度失敗すれば終わり。もちろん、あれほどの強大な敵と相まみえるときは逃げてしまえばいいのだが、今回のように上手くいかないときもある。結果オーライだったとはいえ、テレスには安易にアリスを索敵に向かわせてしまったことを悔いている。
 もちろん、あの鬼と戦って得たものは大きい。強力な敵であればある程、ボードの重要性が増すことが分かったうえ、あのレベルの敵でもアリスの毒や、リプリィの魔法は使い方を間違わなければ十分通用することも確認できた。問題は、それらの偏った強力な戦力を自分が上手く使えるか、だ。これは冒険者テレスである限り、永遠のテーマになりそうである。
 彼のいい癖でもあり、悪い癖でもある、思考の世界をうろうろしているうちに、次の目的地へと着く。

「ここはなんのお店?」

 ボードがいつもの呑気な声を出すことで、彼がそばにいることを思い出す。テレスの奇行ともいうべき、考え込む癖を十分理解しているボードは、こういうときは全く声をかけないのだ。

「あ、ああ。そう。ここがメレス爺から紹介された鍛冶屋さんだよ」
「へえ~」

 静かに扉へ近づくと、中から奇声と金属音が聞こえてくる。

「きえぇぇぇえ~!!」
――ガンガンッ!! ガキンッ!――

「う、うん。帰ろっか」
「そ、そうだね。お腹も減ってきたし」

 さしものボードも、恐怖を感じた。何せ、中から聞こえてくるのは女性のハスキーな奇声と激しい金属音である。さらに、道具屋で買い物をするついでにここの名前を出してみたのだが、店主はもちろん、買い物をしていた他の客でさえ「腕はいいんだけどねぇ……」と、首を二十度ほど傾けてしまったのだ。この反応から、不安はあった。この中にいいことがあるとは、現時点では到底考えられない。テレスも撤退を考えたが、その時。

「……扉の前。何者だい?」

 勘付かれた。こういうときの(恐らく)野性的な女性の勘は鋭いらしい。仕方なく二人は重そうなドアを開ける。

「なんだ、子供かい。あたしに何の用?」

 そこには、奇抜なファッションに身を固め、大きな鉄の槌を片手に持つ女性がいる。金色の髪の一部は赤く染髪されており、顔も攻撃的な派手さで飾られている。

「あ、あの。メレス・メイカーから紹介してもらって、その……」

 今にも噛みつかれるのではないかと、内心ビクビクするテレス。そもそも女の子に対しての免疫が少ない二人にとって、この攻撃的な女性は刺激が強過ぎるのだ。

「メレスって。あのアイテム屋の爺さんか。あんたは孫かい?」
「はい。テレス・メイカーです。こっちはパーティメンバーのボード・ハントです」

 何故かハキハキ答えないと怒られる予感がして、つい背筋まで伸びてしまう。

「ふうん。メイカー家にハント家か。そいであたしはハンマー家。商店の会議でも開く気かい?」

 ハンマー家は鍛冶屋に多い名前だ。メイカーは物づくり。ハントは狩と精肉。彼女がそういうのも無理はない。

「トーニャ・ハンマーだ、よろしく。あの爺さんにはあたしの親父の代から世話になっている。こんなに幼い孫がいるとは知らなかったけどね」

 メレスが彼を連れてこなかった理由は一つ。きっと怖がると考えたのだろう。そして、幼いと言われるとへこむテレスだが、今回は緊張からかスルーしていた。

「で、パーティっていうからには冒険者なんだろう? あたしに用があるとすれば、武器か防具ってわけだ」
「はい。まだ詳しくは話せないのですが、とある騎士団が絡んでいる大きな仕事と、個人的な仕事を依頼したくて」
「騎士団絡みの仕事、ねえ。あんたたちが……」

 騎士団の話をすると、少し目の色が変わった。当然だ。武器を扱うものなら、最前線で常に戦闘の準備をしなくてはならない騎士団とはつながりが欲しい。もちろん、どこからどう見ても子供の冒険者の口から出たとすれば、怪しいことこの上ないのだが。

「まあ、いい。で、まずはどっちから聞けばいい」
「ええ。騎士団の仕事に関してはこちらも準備に時間がかかるので、今日は個人的な仕事の依頼をお願いします」

 それから、テレスはお願いしたい防具に関して説明をする。まずはなんといってもボードの盾である。テレスが木で作った盾は、例の鬼との戦いですでにボロボロであった。ちゃんとした鍛冶屋が作る、金属製の盾でなければ、今後の戦いに支障が出る。冒険で支障が出る、それは死を意味するのだ。多少高くてもちゃんとした人にお願いをするべきだ。しかも、テレスが構想する盾はどこの防具屋にもない特別な仕様なので、オーダーメイドしか手はないのだ。その他にも、リプリィやアリス、そして自分自身を守る軽い金属の防具についても話してみる。これはどうしてもここで、というわけではないが、まとまった仕事の方が喜ばれることが多いのだ。

「なるほど、話はわかった」
「では、金額はいかほどで」

 手の届く範囲の金額ならよいのだが、もし難しいようなら、しばらくは肉厚鳥を売りさばく業者になるしかない。

「駄目だな」
「え?」
「固く守ってシールドで体当たりだ? なんだその戦い方は。面白くないんだよ」

 がっちりと腕組みをしてそっぽを向いてしまう。

「いや、そう言われましても……」

 職人の中にはこういったこだわりを持つものは確かに多い。にしても、こう明け透けに物を言われては、その理由まで深く聞きたいと思ってしまうのがテレスである。

「できれば、ちゃんと説明して欲しいのですが」
「説明ねぇ。あんたら、そんな戦い方じゃ死ぬよ。魔物との闘いってのは、素早く相手の攻撃手段や力を奪っちまうのが最優先だ。守りを固めるのは結構だが、このでっかい坊やを攻撃させている間に他の連中で叩くだぁ? そんなの、この坊やが倒れたらすぐ全滅じゃあないのさ」

 だからこそ強い盾を必要としているのだが、言いたいことはわかった。確かに話だけを聞けば、じり貧な戦い方な上、危険も伴う。だがそれは、普通の戦士だった場合だ。

「わかりました。ですが、彼の能力を見てから判断してもらえますか?」
「へぇ、面白い。見せてもらおうじゃないか。その力、ってやつをね」

 それから一行は広く閑散とした庭に出て、壊れかけの盾を使って例のエメラルドグリーン色をしたオーラを出す。鬼と戦った時よりは少し小さめだが、盾が壊れかけな上、鬼気迫る状況ではない中ということを踏まえれば上出来だろう。トーニャも、可視化できるほどのエネルギーを前に、思わず口を開けたままになってしまっている。
 更にテレスは土で大きな岩を生成する。なるべく圧縮して、硬くなるように魔力をコントロールする。

「トーニャさん、この岩の硬さ、どうですかね」
「あ、ああ」

 トーニャは言われるがままに岩に触れ、しばらくあちこちを調べる。

「うん、かなり硬いね。大きなハンマーでもなかなか崩れないほどだ」
「ありがとうございます。ボード」
「うんわかった!」

 ボードは力を込め、その大きな岩にシールドバッシュをくらわせる。すると、その大きな力に耐えられないように、岩は木端微塵に飛散した。テレスの簡単な防御魔法に守られながら、トーニャは先ほどよりも更に驚いた表情を浮かべた。

「どうです? 守りを固める。もちろんその意味でもいい防具が欲しいです。ですが、彼にとってこの盾は立派な武器なんです。この能力をみれば、わかっていただけると思ったのですが」
「面白れー!!」

 突然の大きな声に二人は飛び上がる。だが、トーニャの表情を見て、驚きはすぐに安堵感と喜びにかわった。新しいおもちゃを手に入れたいたずら好きな少女のような笑顔が、そのすべてを物語っていた。
しおりを挟む

処理中です...