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第一章【少年よ冒険者になれ】

27・小銭稼ぎと新たな冒険(1)

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「任せておきな。ゆくゆくはもっとすごい物を作って見せるが、まずは試作品として、敵から狙われやすく、防御に優れた盾を作ってやる!」

 やりがいを見つけたトーニャの嬉しそうな顔が、テレスたちの脳裏に焼き付いている。

「見た目よりもいい人だったね」

 ボードも新しい防具をオーダーメイドしてもらえると決まり、上機嫌だ。四日ほどかかるとのことだったので、それまでに出発の支度を済ませる算段をする。その際、一つ問題がある。予算を少しオーバーしてしまったのだ。防具の料金自体はこの四日の間に適当な採取の依頼でも受ければなんとかなりそうだが、残金が少ない状態はなるべく避けておきたい。いつどこで大きな怪我をパーティメンバーが負い、高額な治療が必要になるかわからないからだ。魔物にやられても全滅だが、お金が底をついても全滅だ。そういうことも、リーダーとして気を使っていかなければならない。
 とりあえず少し残しておいた肉厚鳥を店に持っていくが、先ほどよりも安い提示をされる。肉厚鳥は加工は容易いが保存があまり長くきかない。そこに大量にテレスたちが持ち込んだものだから、これ以上店に並べると値崩れが起きてむしろ損をするのだそうだ。これなら、おおぐらいのボードのことを考え、食料としてとっておいた方がよさそうだ。

「ああ、でもジューシーウサギが足りてないんだよ。巣を移動したんだろうな」

 ジューシーウサギとは、肉厚鳥と同じように精肉として人気の高い動物だ。味は口に入れた瞬間は淡白だが、噛めば噛むほどジューシーな肉汁が染み出してきて、大変美味である。基本的に群れで生活しているのだが、頻繁に巣穴が移動され、巧妙に土に隠れてしまう。見つかった時は大量に手に入り、市場も賑わうのだが、ないときはさっぱりないのだ。ただ、肉屋としてはそれほど嬉しい商品ではない。大量に手に入れば値が下がるが、手に入らないときは全く店頭に並ばないのだから無理もないが。
 そして、今はそのジューシーウサギが品薄だということだ。これはちょっとしたビジネスチャンスかもしれない。新しい装備が出来上がるまで、ただ魔物を倒すよりも、ウサギを探しつつの方が目的意識も高まり、効率も上がることだろう。これはテレス達にとってかなり耳寄りな情報であった。

「肉……」

 一際目を輝かせているボードの様子を見て、テレスは今回の彼の活躍を確信する。そして同時に、もともと肉屋なのだから、飽きるほど肉を食らってきただろうに、と考えたが、彼の食欲の前では愚問というものだろう。そして、肉厚鳥の時に見せたように、彼は美味しい肉を持つ動物を探すのが異常に上手い。彼の鼻とテレスの察知能力、アリスの腕があれば、案外簡単につかまえられるかもしれない。

「頼りにしてるよ、相棒」
「相棒? 僕はボードだよ」

 天然代表のような相棒は、意外と金銭的な面でもパーティの要になってくるのかもしれない。その分、消費も大きいが。
 その後、二人は早速数か所ある肉屋や冒険者管理所で情報収集をした。手に入れた情報は多くないが、手掛かりにはなりそうだ。話をまとめると、以前は東の平原から子亀の丘――亀の甲羅のようになだらかで楕円形の丘なので、そう呼ばれている――の間に点在する、小さな森でそれなりに取れたらしい。しかし、三か月前から姿が見えなくなり、以来全く獲れていないとのことだ。ジューシーウサギは自身の餌が少なく魔物が多い北へは本能的にあまりいかないらしい。と、ここまでが仕入れることのできた情報である。

「どこいっちゃったんだろうね、お肉……」
「ウサギだよ、ボード。まあ、肉だけど」

 テレスには見当はついている。南はテレスたちの故郷がある方面だが、ジューシーウサギはあまり出回っていなかった。出回るのは群れとはぐれたウサギで、これは群れがどこにいるかという参考にはなりにくい。
 すると、自ずと更に東か南東になるのだが、東には谷というには大袈裟だが、水深の深い川がある。ウサギたちが人間の橋を使うことは考えられないことから、真っ直ぐ東、というのはありえないだろう。
 つまり、一番あり得そうなのは南東だ。もちろん、一言に南東と言っても広大な大地である。おいそれとは見つからないだろう。しかし、こちらにはボードがいる。戦闘訓練をしつつ進んでいけば、出会える確率はゼロではない。
 ここで、テレスはハッとする。色々と寄り道をしたせいで、完全に時間を失念していたのだ。街の至る所にある、少し開けた広場には必ず時計があるのだが、その時計の針が指している時刻は、予定より一時間ほど過ぎていた。買い物が終わり次第、例の冒険団・風斬鳥へ寄って、アリスを拾う話だったのだ。
 フェリックス男爵には、準備が整い次第、本来の目的である西の森への出発報告で出向く予定だった。ゆえに今回はリプリィに簡単な報告だけを任せておけば良いので、彼女には用が済み次第宿に戻っていいと伝えてある。だが、カゼキリには色々話があったので、アリスにはなるべく早く済ませるからそこで待っていてもらう手筈だったのだ。
 素早い彼女は性格もやや……いや、かなりせっかちである。少し遅れる可能性は伝えてあったが、一時間となると、そろそろ怒りがピークに達していかねない。
 テレスは顔を青白くさせると、ボードに宿へ戻るように伝え、今までにないスピードで風斬鳥へ向かうのであった。ここ最近、一気に戦闘を経験したことで彼なりに成長したのだろう。平凡と思われていた彼の身体能力も、街の人々が思わず振り返る程度にはなっていた。もちろんそれでも「ああ、なかなかすばしっこい子供がいるな」程度ではあるが。

 少しすばしっこくなった少年は、あっという間に商業地区を駆け抜け、冒険団の多い地区にたどり着く。息は上がっていいたがそれどころではない。遅刻に厳しい彼女の元へ走る彼氏よろしく、冒険団・風斬鳥のアジトである酒場へと急行する。
 酒場のスイングドアを開けると、まだ早い時間ではあるが、数組の冒険者とおぼしき集団が飲み食いしていた。酒を運んでいたナナはテレスを一瞥いちべつし、軽やかに客への配膳を終え、今一度テレスの方へ向き直ると、無表情のまま親指で階段を指さした。いちいち子供にかまっている暇はない、とでも言いたげな態度であったが、急いでいるテレスにとってはかえってありがたい態度であった。
 階段を駆け上がり、二階の大きな一間へたどり着く。

「あら、テレス!」

 予想と違い、彼女は明るい表情で迎える。

「ご、ごめん遅れて。カゼキリさん、お邪魔します」
「いらっしゃい、テレス君。いやあ、大活躍だったみたいだね。アリス嬢が大冒険の顛末を話してくれたよ。なあ、ヒュー」
「おっしゃる通りです、カゼキリさん。テレス君の体を張った行動には感動しました」

 以前は子供扱いしてきたヒューの口から、初めてテレスの名前が出た。これは親愛の証なのか実力を少しは認めてくれたのか、どちらにせよ、ヒューの眼差しは少しテレスに敬意を示しているように感じた。

「いえいえ、逃げてばかりで、そりゃあもう大変でしたよ」
「いやいや、そんじょそこらの一級冒険者を名乗るやつらでも苦戦か撤退をする相手だよ。それに勝利したんだ、謙遜することはないさ」
「でしょ、テレスはすごいんだから!」

 アリスは冒険譚を事細かに話してしまい、すっかり時間も忘れていたようである。テレスはそれに胸をなでおろすと同時に、なんでも事細かに話してしまうのは、特にこのカゼキリに対しては危険だと考えた。が、アリスに言っても無駄だとすぐに諦めた。

「それで、いつ西の森に出発する予定なんだい?」
「準備に少し時間がかかりまして。ですが、一週間以内には出発するつもりです」
「なるほど。じゃあ、それまではクエストを?」
「はい、パーティの強化と、少々金銭的に不安なところがあるので。あ、お二人はジューシーウサギについては詳しいですか?」

 多くの場所を飛び回っているような冒険団なので、何か情報を知っているかもしれないと考えたテレスは、思い切って聞いてみた。これは、特に隠すほどのもうけ話ではない上、そもそもウサギ狩りに興味はないだろうとふんだのだ。

「ジューシーウサギ、ね。そういえば最近食べてないね、ヒュー」
「はい、最近何か物足りないなー、と思っていましたが、ウサギが原因ですね」
「なるほど、そいつらの捕獲で一儲けしようってわけか。商売の勘もいいね、テレス君」
「はあ、どうも。まあ、見つかったらいいなー、くらいの感覚なんですが、ね」

 なるほどなるほど、と何度も頷くカゼキリ。それは何か策を練っているようにテレスに映った。

「その話、僕も一枚嚙ませてもらおうかな」
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