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第一章【少年よ冒険者になれ】

28・小銭稼ぎと新たな冒険(2)

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「僕も一枚噛ませてもらおうかな」

 カゼキリの意外な申し出に、テレスは少し及び腰になる。それは未だに、カゼキリの考えや目的の深さが計れていないからだ。テレスのように駆け引きや策を練る人間にとって、底が見えない相手が一番厄介なのである。それは戦闘であっても、商談であっても同じことだ。ただ、話を聞くと、テレスもカゼキリの申し出を断る気は失せてしまった。
 カゼキリ曰く、それは数日前のこと。とある狩猟を得意とした冒険団が、手薄な鳥もどきガエルの肉を仕入れようと探索していたときである。因みに、鳥もどきガエルとは、足が長く、から揚げにすると鶏肉に近い味が出せるうえ、捕まえやすいことから、安い酒場などでは定番中の定番の食用ガエルである。その鳥もどきガエルがいつもよく生息する場所から忽然と姿を消したらしい。
 ――ウサギと一緒じゃないか。――と、テレスの中でこの話の重要度が跳ね上がった。そしてその重みは、この後のカゼキリの話で更に上がることになる。

「その冒険団はカエルたちの痕跡を見つけ、それを追いかけていった。そこは大きな森の中だったのだけれどね、その奥にいたのさ。無数のカエルとともに、巨大な蛙型の魔物がね」
「カエル型の魔物……」
「そう、最近魔物の数は特に変わっていないが、実は大型の魔物の報告が少し増えているらしい。君たちからの情報も、それを証明しているんじゃあないかな」

 これにはテレスも思い当たるどころか、真実としか思えない体験ばかりであった。そして、さらに一つある推測が浮かぶ。

「もしかして、その場所って……」
「そう、ヤナギモリだよ。もっとも、君たちが来た街道沿いではなく、かなり東の、手前のあたりだけれど」
「あそこはあまり探索が進んでないですからねぇ。ともすると、ダンジョン発生している可能性もありますね」

 カゼキリの話にヒューも続く。確かにそれなら色々と説明がつく。ヤナギモリではめったに見ない中型~大型の魔物と多く出会ったこと。カエルやウサギの失踪。必ずしもダンジョンが発生したとは限らないが、この小さな変化たちは一つの線で繋がるように感じられる。

「それで、一枚噛むとは?」

 これ以上考えても結論を出すには情報が不足していると感じたテレスは、話を先に進める。

「そうだね、今回は僕が同行させてほしいんだ」

 意外な申し出にテレスも驚きを隠せない。一枚噛む、と言うからには誰かがついてくるとは思っていたが、酒場のナナか、あるいは副団長のヒューだと推測していたのだ。もっとも、まだその三人以外とは面識がないのだが。

「カゼキリさん直々にですか?」
「うん。これにはいくつか理由があるんだ。それはね……」

 カゼキリの話をまとめると、要点は三つ。一つ目は大型の魔物の調査だ。これは冒険者管理所で優秀な冒険者全員に依頼されているもので、どのタイプの魔物がいて、何をドロップしたか調べる仕事である。相手が大型の魔物なため、危険度は増すがその分それなりの報酬が出る。
 二つ目は戦闘訓練だ。カゼキリの作戦では、大型の魔物を発見したら訓練として自分が対応する。その間にテレスたちがウサギを狩ればいい、とのことだ。もちろん、ウサギを売った金額のうち、一部は風斬鳥のものになるが、その分け前は三割でいいとの申し出だ。危険度はあちらの方が高いはずだが、調査と訓練が目的だから問題ないとのこと。
 最後に、ダンジョンが発生しているかの調査だ。ダンジョンは冒険者が見つけた場合、国に報告すれば、規模にもよるが報酬が出る。こちらはもし見つけたら、山分けにしよう、とのことだ。
 冒険者の格を考えれば、正直かなり美味しい条件である。路銀が乏しい現状も鑑みれば断る理由は皆無である。カゼキリの実力を見たいというのもあるので、当然申し出は受け入れた。
 が、ここで一つの後悔がよぎる。

「しまった。こんなことになるなら、ヤナギモリで大型の魔物と複数出会ったことを報告しなければよかった」

 テレスたちは街に戻ってすぐに、入り口横の詰所に報告を済ませてしまっていた。魔物の牙なども見せたので、信憑性も高い。近日中に調査団がヤナギモリに向かうことだろう。

「なあに、心配ないさ。所詮はお役所仕事。どうせ街道沿いの近場で探索を済ませて戻ってくるよ、彼らは。なあ、ヒュー」
「ええ、カゼキリさんのおっしゃる通り、奴らは怠惰な税金泥棒です」

 なにもそこまで言わなくても、とテレスは思ったが話がこじれそうなので黙っておいた。それに、彼らの言い分が正しければ、まだこちらにもチャンスがあることになる。

「でもカゼキリさん、そのカエルと出くわした冒険団は、報告だけでも済ませているんじゃあ」
「その点はご心配なく。探索型の冒険団にはあらかじめ見かけたら報告するように話をつけてあるのさ。発見の報告だけでも多少はお金がもらえるけれど、大した金になりはしないからね。その辺は楽な交渉さ」

 それでもテレスには腑に落ちないものがある。そんな顔を見逃さなかったのか、カゼキリが続ける。

「だいたい、探索型の冒険者たちは戦闘能力に乏しいことが多い。だから中型はまだしも、大型の魔物には挑んだりしないのさ。無謀だからね。それに、管理局にそれを報告してしょぼいお金を得たところで、大型の魔物に敵わない臆病者扱いするやつもいるんだ。馬鹿馬鹿しい話だけれどねぇ」

 これは流石のテレスも納得せざるを得なかった。彼らのようなルーキーであれば、大型の魔物から逃げてもなんの問題もない。だが、手練れの冒険団が敵から逃亡したとあっては、皆の笑いものにされるのがオチなのだ。もちろん、敵わない相手との戦闘は愚かな行為であり、冒険者にとっては常に退路を確保することが最重要である。
 そういった冒険者たちの事情を政府や役所はわかっていないのだ。そのせいで、せっかく大型の魔物を見つけても管理所に報告せずに沈黙してしまう。カゼキリはそういった構造を見抜いて、手回ししていたわけだ。彼の腕なら大型の魔物を倒すのにわけない。結果、討伐の報奨金が丸儲け、というわけだ。

「あれ? でもそれなら……」
「そう、テレス君たちはすでに三体も中型から大型の魔物を倒しているから、ドロップ品を差し出して鑑定してもらえば、討伐の報奨金は結構もらえると思うよ。さて、どうする?」

 テレスは悩む。あのゴリラと山羊と鬼、彼らがどれほどのものかはわからないが、少なくとも鬼の討伐に関してはそれなりの金額が出てもいいいように思えた。これなら当面の資金難は乗り越えられるかもしれない。だが

「いえ、カゼキリさん、一緒にウサギとカエルの狩に出かけましょう」
「いいのかい?」
「ええ。笑われるかもしれませんが、その、これまでのドロップ品は記念に取っておきたくて。……やっぱりおかしいですよね。笑ってください」

 照れながら語るテレスを見て、カゼキリはヒュー、そしてアリスと目を合わす。その口元は嘲笑ではなくいつもの作り笑いでもなく、初めてテレス達に見せる優しい微笑みがあった。

「笑ったりしないさ、なぜなら」

 そういってカゼキリは首元に隠していたネックレスをあらわにする。そこには、沢山で色とりどりの牙や角の一部、羽がジャラジャラと並んでいた。

「カゼキリさん、それ」
「そう、まあ、最近は殆ど役所に提出しちゃうけどね。やっぱり、冒険者になって初期の頃に倒した強敵のドロップ品は、こうして一部をとっておきたいよね」

 ヒューの方を見ると、ヒューも同じように首飾りを無表情で見せつけている。相変わらずの冷静なそれであったが、どこか誇らしげに見える。
 やっぱり、冒険者は同じなのだと、テレスは心底嬉しくなってしまった。今まで散々警戒していたが、実力は誰から見ても確かなカゼキリや、腕の立つヒューも似たような感動や激闘を経験してきたのだと思うと、一気に親近感すら湧いた。考えてみれば、フェリックスへの仕事を回してくれたのも、冒険者としての道を手伝ってくれたのもカゼキリである。出会いの印象が悪すぎたため、先ほどまでのような警戒心が解けなかったが、もう少し信用してもいいのかもしれない。テレスもそう、考えを改めつつある。

「あぁ、あと。大型の魔物の品は、武器や防具に取り込むことで性能を上げてくれるものもあるんだよ。僕のこのナイフもそうさ」

 そう言って、黒光りするナイフを見せる。黒……だが、深みと光沢のある仕上げに見えた。そして、その刀身からは、青や赤のオーラが幾何学模様として表れているのが、テレスにははっきりとわかった。これは相当な攻撃力と、使用者自身へのスピードにも効果がありそうだ。

「わあ、凄い、かっこいい……」

 話の腰を折らないよう、彼女なりに気をつかって静かにしていたようだが、ついため息に近い感想をこぼす。

「でも、そんなナイフ見たことないよ、わたし」
「はは、これはね、そんじょそこらの魔物相手には使わないんだ。いわゆる奥の手というか、切り札の一つなんだ」

 この言葉の意味をテレスは逃さなかった。確かに戦闘中にこのナイフを急に使われたら、その攻撃力とスピードについていけるものはそういないだろう。これを隠し持っているだけでも、ほとんどの状況下で優位に立てる。だが、テレスが逃さなかった言葉はこのナイフではない。。カゼキリはそう言ったのだ。この武器一つとっても相当なものだが、彼はこのレベルの切り札を一体いくつ持っているのか。そう考えるだけでテレスは、背筋に冷たいものを感じてしまった。

「ま、だからさ。大きくて強い魔物を倒すのにも、その経験値だけでなく意味があるんだよ。いくらか大きな魔物の落とし物を集めたら、腕のいい鍛冶師にでも見てもらうといい。どうだい? ウサギとカエルに俄然興味を持ったんじゃないかな?」

 当然、と返す代わりに、テレスはニヤリと笑い、頷いた。
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