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第一章【少年よ冒険者になれ】

32・陰謀と連戦

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「まあ、これくらいの魔物だったら容易たやすいか」
「そうですね。彼の得意なタイプの魔物でしたから」

 気配を消し、遠くからカゼキリたちを監視する二人の姿がそこにはあった。

「しっかし、なんなんだあの子供たちは。一人でくるとは思わなかったが、連れてくるなら風斬鳥の連中らだろうに」
「どういたしますか? 計画とは違う形になりましたが」
「まあ、所詮は子供。むしろ風斬鳥の連中がいるよりも面白い結果になるかもしれん。ゆえに……計画を続行する。準備を」
「承知いたしました」

 一方、テレスたちは休憩を終え、帰路に就かんとしていた。カエルは手に入らなかったが、ウサギは大収穫な上、大型の魔物との戦闘も経験できた。もしかすると、ここ最近では彼らが一番大型の魔物の討伐をしていることになるかもしれない。さらに、カゼキリからは有力な情報を入手できた。ドロップ品を増やすことだ。もちろん、これに気付いたところで、大きな魔物の弱点を的確に攻撃して削るのは、ある程度の実力差がなければ難しいだろう。ただそれ抜きで考えれば、魔力の流れを見ることができるテレスは、少し優位であった。実際カゼキリの話によると、彼は所かまわず弱点そうなところを攻撃しつくして、そのがドロップ品になるそうだ。お祭りの当てくじを全部購入するようなものである。

「今回も大成功だったね、テレス」
「そうだね。なんだか上手くいきすぎて怖いくらいだよ」
「あはは、なにそれ~」

 アリスは上機嫌だが、テレスが怖いと感じているのは事実であった。まだこの森には大きな敵がいるかもしれないのだ。しかも、彼自身の察知能力では空をカバーできていない。これはいずれ解決しなければいけないが、今のところは精一杯警戒をすることしかできない。もちろん、カゼキリがいる状態ならば大きな危機が訪れることは考えづらいが、気を張っておいて悪いことはない。ヤナギモリはちゃんと外に出るまでがヤナギモリなのだから。
 しばらく歩くが、まだまだヤナギモリの深いところにいる。それでも、行きよりも返りのほうが進みが早く感じる。一度通って新鮮味がなくなったのもあると思うが、彼ら自身が少し浮かれているのも関係しているだろう。皆色々な話をしながら出口を目指しているが、和やかな空気の中でもやはり、テレスは緊張感を維持していた。そして、そのテレスの探査に何か違和感が生まれる。
 そのとき、ヤナギモリの更に奥から小さな蝶が大量に飛んできた。

「わー、なにこれ。凄い量ね。どこにいたのかしら」
「綺麗ですね~」

 もともと薄暗いヤナギモリを更に薄暗くしてしまうくらいの蝶の群。虫の群れはさほど珍しくないが、この規模はヤナギモリという場所では聞いたことがない。テレスの探索力も、この蝶の群れではかき乱されて上手く働かない。

「なるほど、ね。これは僕、狙われているみたいだね」

 唐突にカゼキリが苦笑いとともにこぼす。

「どういうことですか? カゼキリさん」
「そっか、テレス君は魔物の気配やオーラ、魔力の流れなんかを見ることは得意だけれど、遠く離れた人間の悪意には気づきづらいみたいだね」
「人……ですか?」
「いやあ、初めて君に探索で勝った気がするよ。この蝶はね、おそらくその何者かによって誘導されている。そして、探索を乱れさせて大きな魔物かなにかに襲わせるつもりなんだろう」
「誘導? そんなことができるんですか?」

 そういいつつ、テレスは先ほど自分たち自身がとった作戦を思い返してみる。カゼキリがウサギを簡単な長髪で移動させていたことや、鬼を森の外まで誘導しようと試み、実際に途中まで成功させたことも考えると、方法はいくらでもあるように思えた。

「ま、というわけで、君たちは逃げてくれるかな。たぶん、相手は僕だけが狙いだから」
「ちょっと、何よそれ! ちゃんと説明しなさいよ!」
「生きていたら、後でね。ま、僕は強いから。一人なら相手を撒ける可能性が高いし」
「いやいや、っていうかあんた、どんだけ恨み買ってんの」
「うーん、心当たりは全くないな」
「それは絶対にうそ!」

 街のほうぼうでカゼキリの名を出すと、皆顔をこわばらせていたことから察するに、心当たりがないのではなく、ありすぎてわからないのだろう。彼自身、今自分の敵となり得る相手を思い出している最中かもしれない。
 しつこく食い下がるアリスをスルーしながら相変わらず笑っているが、テレスには初めて彼に余裕がないように見えた。それでも、確かに彼一人なら逃げることも可能であり、パーティのメンバーのことを考えたら逃げるのが正解なのだろう。全員の生存率もそれが一番高い。もちろん、アリスが了承すれば、の話だが。

「もう時間がないからさ。アリス、今は折れてくれないかな」
「私は絶対にいやよ。一緒に冒険している仲間を置いて逃げるなんてできないわ」

 テレスは思わず苦笑いする。どうせアリスはそう言うと思っていたのだ。頭では最適な方法を考えるが、それが最高とは限らない。その証拠に、この危機が迫っている状態でも逃げる準備は一つもできなかった。念のため彼はボードとリプリィの方を見る。二人とも戦闘の準備を自然と済ませていて、あとは指示待ちの状態だ。

「カゼキリさん、これは僕らの総意です。相手が複数の可能性もありますから、その際は僕らは守りに徹して一人か一匹請け負いますので」
「……しかたないな。少し離れてボード君を盾にしていてくれ」

 この場面でも、アリスは満面の笑みを見せる。ボードとリプリィも自信がついてきたのだろう、以前よりも自然体に見える。
 その瞬間、テレスを襲う強烈な違和感。カエルとの戦いで見つけた自分の弱点をカバーしようと気を張っていた甲斐があった。大量の蝶にかき乱されてはいるが、相手よりも一手早く気が付くことができた。

「下です!」

 皆、その場から散開する。瞬間、地面の下から二十メートルはあるかとおもわれるムカデ型の魔物が飛び出してきた。地面に埋っている部分を抜かしてもその巨体だから、実際はその倍はあるかもしれない。今までの魔物になかったように暴れ狂うそれは、全身が光を反射するような赤黒い金属で覆われているようだ。動物型の魔物と違い、虫型の魔物は知性が感じられないものが多いが、これはその中でも酷い暴れ方だ。カゼキリは軽く避けて相手の力を測っているが、まだ反撃はできていない。
 一方テレスたちは結集し、ボードの盾に隠れた。テレスはボードとムカデに背を向けて、他の奇襲がないかを調べつつ、時折ムカデのオーラを盗み見て、どれほどの魔物なのかについての情報を集めていった。これも、ボードの防御力を信頼しきっているからこそできることである。そしてアリスは弓矢で反撃を狙うが、今はテレスの指示で撃たないでいる。もし攻撃されたことが挑発に似た効果を出してしまえば、攻撃の集中がこちに向くかもしれない。そのときボードの防御力を上回られたら一巻の終わりだ。リプリィも同様、いつでも魔法が打てるように魔力を込めて集中はしているが、今はそれだけである。

 無秩序に動き回るムカデに対し、カゼキリがテレス達から見て左側に陣取り、ナイフを手にする。これからの一瞬に、テレスの確かめたいことや見たいものが込められていた。それは、カゼキリの技やスピード、それに対してムカデがどう反応するのか、そこからの戦局。だが、一番確認したいことは戦闘前のカゼキリの言葉だ。僕だけが狙いだから。これがもし本当なら、この魔物はカゼキリにとって苦手な魔物である可能性が高い。そのあたりの相性を見定めることが、この戦いの勝敗を分ける、テレスにはそんな気がしてならないのだ。
 ランダムだが単調なムカデの攻撃をカゼキリは完全に見切っていた。その巨体故、攻撃自体は強力に見えるがモーションがわかりやすい。それなりの速さもあるがカゼキリに避けられないものではなかった。そしてそれは、テレスの分析にも表れていた。力を示す赤や黒のオーラは確かに高いが、鬼のそれとは比べるまでもない。ただ、見たこともない黄土色と灰色の混じったようなものが体に巻き付いているのは気になるところである。
 そして、カゼキリはついに動き出す。まずは攻撃しやすい無数の足を狙った。次々にムカデの足が飛散していく。痛みを感じないのか、ムカデはそれまでの攻撃を続けていく。カゼキリはかまわず、手慣れた料理のように足を飛ばしていく。

「すごい……」
「うん。これはいい作戦だと思う。体力も削れるし、相手の攻撃力を減らすのにも効果的だね」

 周囲に気を配りつつも、戦局も気にいしなければならない。非常に神経を使うことだが、興味がそれを上回っている。そうしている間に、徐々にムカデの動きはぎこちなくなっていく。今まであったものがなくなるのだから、それも当然だろう。動きを変えてのたうち回るように周囲に攻撃を始めた。カゼキリも距離をとり、一旦様子を見る。なにせムカデは、身体が埋っている部分から動いていないので、攻撃の範囲は絞られる。距離をとってしまえば今のところ害はないのだ。その動きをみつつ、カゼキリがテレスたちのところにやってくる。

「少しまずいことになったね」

 テレスにとって意外な発言であった。ムカデが下半身を移動しない限り、危険はないと思えたからだ。

「どういうことですか?」
「空を見てごらん」

 促されて見上げると、先ほどの蝶が半球状にテレスたちを囲っている。

「これは……」
「まんまとやられたよ。これは結界だね。しかも徐々に密になってきている」

 カゼキリの言う通り、半球状に広がった蝶たちは、その半球の体積を小さくするように、徐々にこちらに差し迫ってきている。

「ええ、私たちつぶされちゃうの?」
「いや、これは人が脱出するのを防ぐのに特化した、しかも一時的なものだろう。つまり、時間制限はあるけれど、ここは僕らとムカデのための素敵な闘技場に変化したってわけさ。いやぁ、豪華なことだね」

 そういって笑うカゼキリの横顔には、やはり余裕はないようにテレスに映った。
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