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第一章【少年よ冒険者になれ】

36・いざ、西の虚構の森へ

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 冒険はいかに準備ができているかで成功率、生存率は大きく変わる。これはベテランの冒険者ならば誰もが知るところであり、実際そうして生き残っているからベテランになれる。逆を言えば、準備を怠った冒険者たちは運がいいうちはなんとかなるが、それが尽きたときには帰らぬ人となり、その冒険譚ぼうけんたんも語り継がれることはなくなってしまうのだ。
 虚構の森への準備は、先のウサギ、カエル、ムカデの討伐に至った冒険よりは軽装備である。距離が遠くないということもあるが、何度かに分けて少しずつ攻略する考えなのだ。森自体はヤナギモリのように広くはなく、比較的狭い場所であるとされている。だが、それでも攻略を失敗する冒険団が多いのは、他の場所とは違う何かが存在していると考えるべきだ。例えばそれは、ダンジョン。ヤナギモリでは結局見つからなかったが、何か特殊なダンジョンが発生している可能性はある。あるいは特別な魔物。先の冒険でのカエルとウサギの件を考えると、変わったスキルや魔力を持っている魔物がいるのかもしれない。ともかく、退路を確保した状態で進めるところまで進む。速足ではなく、歩いた箇所の植物を全て調べる研究者のようにゆっくりと、徐々に攻略する作戦だ。ウサギのおかげでしばらく路銀には困らないことも、この作戦を遂行できる要因になっている。
 出発への準備が整い、今一度フェリックス男爵、風斬鳥、そしてトーニャのところへ報告をした。フェリックスには作戦上時間がかかることも話してあるが、急かされるどころかいい考えだと褒められた。カゼキリにはムカデとの戦闘時に狙ってきた人間を押さえてもらう役目もある。あれはあくまでカゼキリに対しての攻撃だったようだが、テレスたちを敵だと考えた可能性もある。だが、カゼキリがこの街で目を光らせていれば、敵もうそうそう動かないだろう。トーニャには装備の調子がいいことを伝え、前回渡しそびれたカエルの翼を見てもらった。彼女曰く

「ふうん、これは防具としてはあまり役に立ちそうにないねぇ。風の攻撃を避けるマントくらいにはなるかもしれないが、それなら堅い防具にした方がいい。あまり使い道は見当たらないねぇ。あたし、こういう使い道がないものはどうもやる気がでないんだよねぇ」

 だ、そうだ。この翼が防具として役に立てないことは、調べたテレスにもわかっていた。だが、彼には一つ試して欲しいことがあったのだ。そのことを耳打ちすると……

「なんだそりゃ! おもしれぇぇえぇ!!」

 と、隣近所まで響き渡る奇声を発した。これが完成するには時間がかかるが、もしできるなら面白いことになるだろう。作ってもらう内容的にはテレスのようなアイテム屋の方が適任なものなのだが、彼はあえてトーニャに頼むことにした。それは、彼女の見た目や性格とは裏腹に仕事は丁寧そのものだからだ。ただ、どんなに情熱をそそいでもできないものはできないので、期待せずに待つことにした。
 ともかく、挨拶と準備を済ませた一行は、ついに西の森、もとい虚構の森へと出発した。

 虚構の森へは、馬車などを使えば数時間で着く距離だが、人の足、とくにボードのような鈍足がいると半日以上かかってしまう。そこで、たまに出てくる小型の魔物で戦闘訓練をしつつゆっくりと進んだ。この道は何度も通る可能性が高い。いざというときに休める場所や、雨風を防げる場所をいくつか探しておきたいのだ。
 途中、予定通り散発的に戦闘をこなす。アリスとリプリィの動きに問題はなく、ボードに至っては絶好調である。戦闘を繰り返しレベルアップしたことも影響していると思うが、木の盾よりも重い金属の盾の方が、動きに俊敏さが出てきた。ボードに向かっていった敵は殆ど蹴散らされて戦闘終了してしまうほどだ。
 更に道中、二か所であるが、人家を見つけた。地図にも載っていなかったが、どちらも屈強な木こりの家族であった。テレスたちはあいさつ代わりにその二軒にウサギと鳥の肉の燻製をプレゼントし、立ち寄らせてもらう際には雨風をしのぐために休ませてほしい旨を話したが、肉の効果は絶大で、いつでも歓迎してくれるとのことだ。
 こうした足がかりを作りつつ、森が見える地点に到着したのは日が落ちる寸前であった。特に普段他人と話す機会が少ない木こりたちとの会話に花が咲いてしまったことが原因だが、これも必要経費だろう。急いでテントを張り、なんとか夜になる前に夕食にもありつけた。

「妖精ってどんなのかなー。仲良くできるといいんだけれど」

 食事を囲む中、ボードが呑気なことを言い出す。

「妖精っていうか、精霊に近いらしいよ」
「どう違うの?」
「うーん。僕も詳しくはわからないけれど。妖精も精霊も魔力を生命エネルギーとして生きているのは同じなんだって。ただ、妖精はその魔力を糧に生物に近い体をしっかり持っていて、精霊は魔力そのものに近いみたいなんだ」

 テレスも本で読んだだけの話なので、完全に信じているわけではない。妖精も精霊も魔力が強い場所にしか生息できないのが定説なので、一般人が目にすることはまずないのだ。ただ、精霊に関しては気に入った装備に宿ったり、人間についてきたりすることもあると言われている。事実、ヤナギモリ手前の集落のベッドには、かなり低級の精霊が宿っているようであった。

「テレスさんは物知りですね~。早く妖精さんや精霊さんに会ってみたくなりました」
「いやいやリプリィ。フェリックスさんの話だと、人間はその妖精やら精霊やらに、森に入ることを邪魔されてるんでしょ? 意外と悪い奴らなのかもしれないわよ」

 アリスの考えは正しい。子供たちにとって妖精や精霊は不思議で可愛らしく、人間の手助けをしてくれるというおとぎ話が多いので悪い印象を持っていないが、それらに虚構の森への侵入は妨げられているのだ。できるだけ戦闘は避けたい相手だが、最悪の場合は激しくやりあうことになるだろう。

「まあ、今回の目的は素材の回収だからね。それさえ見つかれば、敵対する必要はないよ」
「ああ、えーと、ブルーロングヘア―とピンクパパイヤリゾットだっけ」
「アリス、それじゃ青く長い髪の毛と、ピンク色のパパイヤをふんだんに使ったおかゆだよ」
「あははー。全然違かったね」
「うるさいわねボード! あんたはお皿でも洗ってきなさい!」
「ええー、僕お腹減ってるのに~」
「もうお腹減ったんですか? 今食べたばっかりなのに!」

 全く、このパーティはすぐに話が脱線してしまう。ただ、とがった力を持っている上、肝が据わっているからこそ、余裕を見せられるのかもしれない。テレスも皆の会話に、思わずくすっと笑う。

「ちなみに、僕らが探すのはプルーローズストーンとピンクダイヤリキッドね。殆ど伝説級の素材だけれど、青い薔薇とピンクのスライム状の物質には気を配っておいて」
「あーそれだ! わたし、そういう光る物が大好きなのに、長い名前は覚えられないんだよ~!」

 アリスは記憶力の方はあまり良くないのかもしれない。ただ、戦闘についての記憶はかなり詳細に覚えているので、単に勉強よりも運動が得意なタイプなのだろう。ともかく、今回の仕事はこの二つを探し出し、手に入れることであって、危険なダンジョンを制することでも、掴みどころのない存在と敵対することでもないのだ。
 ブルーローズストーンとピンクダイヤリキッド。この二つの素材は王国にないことはないが、国も盗難を恐れてか、保存してある場所は一部の王族しか知らされていないらしい。テレスも流石に簡単に見つかるとは思っていないが、今まで発見されなかったのは他の冒険者や騎士団だったからとも言える。つまりは、この透原鏡があることで、これまで挑戦してきた者たちとは使える技術やアプローチが全く変わってくるのだ。これは今後も含めて、このパーティの専売特許となるだろう。
 そんな不安も期待もあるが、とにかく入って見なければ全く攻略法がわからない場所である。そして、冒険者として必要なことの一つとして、食べられるときに大いに食べ、眠れるときに大いに眠るという仕事がある。それがすっかり身に着いた彼らは、柔らかい宿屋のベッドを恋しく思いながらも、テントの少しごつごつした寝床にねころんだ。
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