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第一章【少年よ冒険者になれ】

44・鍛冶の依頼とひと悶着

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 虚構の森の攻略が終えた一行は、街へと引き返す。本来なら数回に分けて少しずつ攻略する予定であったが終わってみれば一度の遠征だけで済んでしまった。森の中で戦闘の心配がなかったということもあるが、これまでの決して長くはない旅が波乱含みだっただけに、少し拍子抜けした感覚がある。
 帰り道は行きに立ち寄った木こりの家に一泊させてもらった。さすがに森の中では清潔な状態で過ごすことが難しい。風呂と寝床が恋しかったわけだ。因みに、木こりには肉厚鳥とジューシーウサギの燻製のお土産を渡したので、大変歓迎された。
 英気を養った後は、真っすぐ街へ戻り、トーニャに会いに行った。相変わらず奇声とハンマーの音で扉が振動しているが、質のいい防具を全員揃えてもらっているので、苦手意識(恐怖心ともいう)は消えていた。

「よう、戻ったかい。ずいぶんと早かったじゃないか」

 近くにあったタオルで汗をぬぐう姿は、テレスたちの目には以前よりもキラキラして見えた。恐怖が抜けた心で見ると、恰好こそ奇抜だが、綺麗で恰好のいいお姉さんといった範囲に収まっているように思われたのだ。

「トーニャ、素材が手に入ったわ」
「いや、まあ、まだ何を作るのかは聞いていないんだがな」
「あれ? テレス、そうなの?」
「そう。実際、僕らはいわば密命で動いているわけだし。この素材は手に入らない可能性もあったからね」

 ボードの盾や皆の軽装備に関しては依頼していたが、騎士団の依頼については深く説明はしていなかった。素材が手に入らず、違う方法を模索する可能性もあったことも理由の一つだが、今まさに消滅病で苦しんでいる人の家族の耳に入れば、無用な期待をさせてしまうからだ。
 消滅病の患者はさほど多くはない。だが、未知の病気ゆえ、感染するのを恐れて村や集落を追い出された人も多い。追い詰められた人間にとって、希望が生まれそれが失敗に終わることは、現状よりも悪い。シューマン家のように財力があれば次の方法を探すだけだが、それ以外の人々には病気を治す方法が確立するまでは黙っておくべきなのだ。もっとも、口の固さでいうなら、トーニャは信頼のおける人物だといえよう。そもそも、あまり人付き合いが多くないのだ。
 そして、可能性が生まれ、素材の準備が整った今、ようやくテレスたちの目的を話すことができた。

「なるほどね。あたしは世間の噂にはあまり詳しくなくてね。でも聞いたことくらいはあるよ。へえ、それを治すための杖……ね」

 トーニャの様子を見て、テレスは少し緊張する。もしかすると、乗り気ではないのかもしれない。トーニャは腕がよく、仕事も丁寧で信頼できる。だが、気が乗らなければ動かない芸術家気質なのも確認済みだ。トーニャの返答次第ではテレスがまた気をまわして、なんとか作ってもらう方向へ導かねばならない。

「……へっ。いい話じゃないの」

 テレスたちから隠れるようにそっぽを向いたトーニャの目から、一筋の涙がぽろり、と落ちた。

「え、今泣くところあった?」

 状況の温度差に置いていかれるテレス達。だが、彼らの目的である、杖の制作に関しては、喜んで引き受けてくれそうである。

――子供たちが頑張る姿に感動しないわけないじゃないか――。

 トーニャはまだ若く、性格にも一癖あるが、心はしっかりとした大人であった。子供たちが危険を顧みずに世のために動いているとなれば、感動せざるをえなかったのだ。もっとも、当の本人たちはまだ子供なので、そのあたりの心情には気が付くことができなかったが。
 その後、話はリプリィの牙に変わった。虚構の森での出来事を話すと、強面のトーニャも流石に身震いをする。

「あんたたち、そんなところに行ったのかい? ここらに住んでいる人たちは、あそこはお化けが出るから絶対に踏み入れちゃいけないって言われて育ってるんだよ」

 まあ、あれだけトラップだらけなうえ、精霊が話しかけてきた日には、命がけのお化け屋敷と評価されてもおかしくはない。高度な魔力を持った者でも、あのトラップを消し飛ばそうとすれば次々に暴発して出口に飛ばされるだろう。まるで、自分のためだけに作られたような仕掛けだと、運命的なものを感じ取る少年であった。

「なるほど、精霊や妖精が、ねえ。ああ。もちろんここだけの話にしておくよ」

 自身が恐れている森を踏破したパーティとあって、これまでよりも見る目が変わったようだ。以前よりも察しがいい。

「メイカ―。この間の鬼の牙、あるかい?」
「やっぱり、これですよね」

 仕事モードになったのか、苗字で呼ばれ一瞬躊躇するも、テレスは鬼の牙をすばやく渡す。以前鑑定してもらった際のトーニャの「これは魔力の制御に適している」という言葉を覚えていたのだ。

「確かにこれなら、魔力を制御する牙も作れるかもしれない」
「それじゃ」
「駄目だな」

 ここにきて、また職人気質なところが出たのかと反論しようとしたが、その前にトーニャが手を前に出し、場を制する。

「あたしにはこの仕事は向いていない。とある人間を紹介するから、そいつに頼んでくれ」
「とある、人物ですか?」
「ああ、実はあのカエルだかコウモリだかわからないやつの羽も、そいつに仕事を振ってるんだよ」

 それを聞いて、テレスも納得する。ゴリラの骨や山羊の角は鉱石に近い性質を持っており、鍛冶屋の領分である。だが、あの羽は明らかにアイテムの素材だ。それを制御するのは別の職種ということだろう。また、鬼の牙も大きさと性質は石に近いが、人の歯として使用する目的なら鍛冶屋の細工とは違った繊細な魔術による作業が必要となる。

「と、すると、学術か魔術が優れている人、ということですか?」
「おう、察しがいいね。そのどちらも優れているが、どちらかというと、あれは学術だね。仕事さえしてくれれば信頼のおける腕をしている」

 仕事さえしてくれれば、という言葉に少し引っかかるが、トーニャが認めるなら間違いないのだろう。ありがたく紹介してもらうことにした。もっとも、あの羽をどう加工、あるいは魔法付与することで活用できるようにするのか、直接聞いてみたいというのもあるのだが。それに、その人物の名を聞いたとき、テレスの心に大きな違和感が生まれた。初めて聞く名であったが、とても遠い記憶の底に存在しているような、手が届かないむず痒さが頭を支配した。

 トーニャからの紹介状を片手に、街の中心部へ向かう。その間、リプリィには北の騎士団に、アリスにはカゼキリのところへ経過報告へ向かわせた。歯の設計をお願いする際に、リプリィ本人も必要になる可能性を考慮して、報告が終わり次第こちらに来てもらう手はずになっている。その報告自体はもっと結果が出てからでも構わないのだが、こういった細かい報告をしていった方が信頼を得やすいとテレスは考えているし、パーティメンバーにもその意識を持ってもらいたい。
 よって、隣にはボードがいるわけだが、トーニャのときといい、見知らぬ人物に会いに行くのはこの二人の使命らしい。もっとも、相手の出方によってはアリスはくってかかるし、リプリィは怯えるので、この二人が案外適任なのかもしれない。
 説明された道を進んでいくと、かなり城に近い場所に出る。このあたりに居を構える人物ということは、それなりの地位を持っていると考えるのが妥当なのだが、さらに進むことで謎がより大きくなっていった。と、いうのも、城が近くなるにつれてすれ違う人の数も多くなっていったのだが、ある三差路を左に曲がってからというもの、急に人通りが少なくなったのだ。
 その三差路は真っすぐ進めば城、右に曲がると剣術や魔術の学校や訓練施設が多くある。そしてテレスたちが進んだ左はというと、こちらは図書館や学術、医術などの学校などがほそぼそと並んでいる。右の道は大きな建物でいっぱいだが、こちらはいくつか目立つ建物がある程度で、基本的には規模が小さく廃れている印象が強い。

「お城が近くにあるとは思えないね」

 食事以外にはあまり興味を示さないボードも、人通りの少なさと広がる殺風景に違和感を覚えたようだ。

「この国の縮図だね。武力や魔力を多く持つものが重宝され、学力はないがしろにされているのがはっきりとわかるよ」

 そういって、テレスは肩を落とす。このカーデルト王国では、学術はあまり重要と考えられていない。いやいや、商売人やアイテム屋など、知識を重要としているんじゃないのか? と思う人もいるだろう。だが、それらの仕事は基本的に世襲制で、子供を学術の学校に入れることを考えている人間はほとんどいない。それに、剣も魔法もそうだが、学校に通うのには大量の金が要るのだ。どうせ入れるなら、今後著名人になりうる若者が集う、剣術や魔術の学校に入れて、コネを作らせようと考えるだろう。
 よって、学校に通うのは貴族やそれに近い地位を持った人間か、財が余っている金持ちの子供に限定されてしまう。そして、学術の学校に通うなんて考えを持つのは、その中でも明らかに武の才能がないか、体が弱い子供にほぼ限定されるのだ。

「そっか、じゃあなくても困らない場所なのかな」

 テレスの説明に、ボードが無邪気に返すが、テレスは即座に否定する。

「いやいや、それはまずいよ。細々とでも学術は保っていかないと。歴史の保存や研究なんかもここで行われているんだから。それに、医術の道を究めようとする人間もここに通うらしい。無駄なことはまったくないさ」

 そういいつつ、その医術ですら回復魔法にとって代わられてしまっていることをテレスもわかっている。高度な回復魔法を使えるなら、手術が必要な病気でも一瞬で治せてしまうのだ。
 仕方がないとはいえ、学術や手先が器用な者がないがしろにされている世を憂いつつ、テレスたちは足音の少ない道を進む。

 しばらく歩いていると、この通りでは珍しく賑やかな声が聞こえてくる。どうやら、学術学校のそばの裏地がその音源らしい。そして、テレスは身構える。

「よお、だからよ、その杖を俺にちょっと貸してくれっていってんだよ」
「いやだよ! 前に貸したやつも返してくれなかったじゃないか!」

 気配を消して裏地を覗くと、大剣を背に担いだ体つきのいい少年二人が、学術学校の生徒とおぼしき細身の少年を脅しているようだ。いわゆるカツアゲだろう。剣士の少年のうち、よく日焼けをした少年はつまらなそうにそばで壁を背にしている。もう一人の色白で茶色い髪をした少年が、細い黒髪の少年によくないお願いをしている。

「あの杖はどうしたんだよ!?」
「ああ、あれか? 売って遊びに使っちまったよ! ま、高く売れたんだからありがたく思えよ!」
「そ、そんな……」
「で、だ。その新しい杖も前ほどじゃねえが、そこそこ高く売れそうだからよ。俺に任せておきなって!」
「ふ、ふざけるな!」

 細身の少年が、魔力を貯める。それをニヤニヤしながら逃げずにカツアゲ少年は待つ。テレスには、二人の実力差がはっきり見えていた。才能の桁が違い過ぎる。細身の少年の魔力は一般人並みで、これでは屈強なカツアゲ少年には傷一つつけられないだろう。さらに言えば、もし当たり所がよく、カツアゲ少年を退けられたとしても、壁を背にしている少年――というより、見事な体躯から青年に近いが――には全く歯が立たないだろう。それ位の強さがオーラから伝わってきた。
 そうこうしているうちに、細身の少年の魔力が貯まり、何かの魔法を発動させようとする。だが、そのすきにカツアゲ少年が素早い動きで肘を細い体のど真ん中にお見舞いした。

「うっ」
「あー、すまんすまん、あんまり暇だったんで待ちくたびれちまった」

 暴力が起こるまでは黙っていようかと思ったが、もう我慢できなかった。と、いうよりもボードが今にも痺れを切らせかけていた。正直、これはテレスにとって意外だった。ボードは日常生活で痛みを感じない分、冒険者になる前に殴られようが石を投げられようがお構いなしだった。その分、他人の痛みにも鈍感なところがあった。だが、今のボードはかなり怒っている。これは、まだ短い期間ではあるが、冒険をしてきたことによる成長なのかもしれない。特に、彼はテレスたちを守る盾の役目だ。仲間や他人の痛みや窮地に敏感でなければやっていけない。この怒りはこれまでの旅と戦いから、彼なりに吸収するものがあった証拠だろう。

「そこらへんにしたらどうだい?」

 ボードの怒りが頂点に達する前にテレスが動いた。

「あ、なんだ? おお、冒険者様じゃねえか。歳は~……同じくれえか。で、やめねえと言ったらどうするつもりだ? やるのか? 俺たちと」

 体格のいい少年も壁から離れる。実に面倒くさそうではあるが、テレスとボードに興味を持ったようだ。

「いつもこんなことをやっているのか? 君たちは剣術の学校の者だろう。恥ずかしくないのか?」
「いや~、実は俺たちも困ってるんだよ。なかなか親父様が小遣いを増やしてくれなくて……ね」

 言うが速いか、テレスの方へ向かってきた。剣は抜かず、スピードと力で押し切ろうという魂胆だ。もちろん、攻撃してくることはテレスにはわかっていた。彼の突きを華麗にかわした。

「あ、あれ? 今、どうやって避けた?」
「教えると思うかい? カツアゲ君」
「んだと!」

 カツアゲ君とテレスが対峙する格好になったが、そのテレスの背後に体躯のいい少年が回り込む。

「相棒!」

 テレスが叫ぶと、ボードが今までの中で一番素早くテレスの背後を守り、体躯のいい少年の前に立ちはだかる。これまでの戦闘と、虚構の森でのランニングがいきているらしい。

「こっちは任せて」
「殺しちゃだめだぞ」

 こうして、テレスとボードは互いに背を預けて、少年らしい喧嘩に巻き込まれることになった。

「へ、おもしれえ、ちょっと本気で遊んでやるよ。安心しな、剣は抜かねえ。武術もけっこうやってるんでな、試させてもらうぜ」

 相変わらずニヤニヤとしながら力を貯める。先ほどよりもかなり本気になったようだ。そしてそれは、ボードが対峙している体躯のいい少年も、無言ではあったが同じだった。二人とも、相当自信があるのだろう。
 だが、勝負はあっけなく終わった。テレスのほうは芸のない突撃をかるくいなして、それが数回続いた中で腹に一撃をお見舞いすると、前のめりに倒れた。
 ボードの方は、カツアゲ君よりも数段上の攻撃を浴びせられたが、一ミリも動くことはなかった。そして、体が密着したところで、体当たりすると、後ろで見守っていた細身の少年をも飛び越えて路地に突っ伏してしまった。
 彼らは確かに生まれも育ちもそれなりなのだろう。自惚れるだけの才能もある。だが、巨大な魔物を数体倒してきたテレスたちとでは実戦と経験知の差が開き過ぎていたのだ。

「あちゃー、まずかったかな?」
「ま、死んではいないし大丈夫でしょ」
「君たち、すごいね!」

 細身の少年は目をキラキラさせながらテレスとボードに近づいてきた。話を聞くと、たびたび剣術や魔術の学校の不良たちがやってきて、学術学校の生徒のなかで、貴族とつながりが少ない者を狙ってカツアゲしてくるらしい。この少年も何度もお金や道具を奪われた経験があり、いつも怯えながら暮らしてきたそうだ。正直、キラキラした目で凄い凄いと連呼されると、テレスも気恥ずかしくなってしまった。それと同時に、むやみに暴力を使っていい体ではなくなったことも感じた。いかにテレスが大きな力を持っていないとしても、戦闘経験が少ない相手からすれば、段違いに強くなっていたのだ。それを実感し、嬉しくなる半面、気を引き締めた。

「で、テレス、どうする? このままってわけにはいかないよね」
「そうだね。とりあえず目を覚ますまでは近くにいてあげるか。リプリィが来るまでは時間もあるだろうし」
「うん」
「あ、えーと」

 細身の少年がテレスとボードの後ろを指さす。

「「え?」」

 二人が同時に振り向くと、そこには風斬鳥のナナがいかにも面倒くさそうに立っていた。
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