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第一章【少年よ冒険者になれ】

49・業火の中で

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 これまでに見たこともないほどの赤いオーラ。ただの赤ではない。力の赤と炎の赤。それは近くにあるものは
全て消し炭にしてしまいそうな、強大なであった。
 正直、声をかけてくれとは言われていたが「すぐ知らせろ」とは言われていなかったのだが、そんな反論をしようものなら四人同時に焼かれてしまいそうだった。

「……ブルクハルト様。すぐに、とは言ってなかったですよ」

 タビタは恐れる様子を一つも見せずにブルクハルトをたしなめる。だが、ブルクハルトは聞く耳を持たない。

「いや、言った。もし仮に過去の俺が言っていなかったとしても、今俺が言ったのなら言ったんだ。そうだろ?」「……ごめんねぇ。ブルクハルト様はこう言ったら聞かない人なんで」

 なんという自分勝手な理論だろうか。だが、ここにいる誰もが彼を止めることはできない。彼のいかなる主張も通る状況なのだ。そういった意味では、彼の理論は強引ながらも筋が通ってしまっていることになる。

「まあいいや。おい、そこの二人、名前は」

 矛先が保護された二人へ向く。剣術学校の後輩として当然ブルクハルトのことを知っているのだろう。すでに尋常ではない汗と震えで固まってしまっている。

「……おい。あんまり手間をかけさせるなよ。俺が名前を聞いてるんだぜ?」

 圧力がさらに増す。二人にはブルクハルトのオーラは見えていないだろうが、それでもこの、空気を圧縮したような息苦しさは感じているようだ。

「ね、ネイサン・ターナーです」
「レオ・パーカーです」

 カツアゲ君と体躯のいい少年が名前を口にする。

「ネイサンと、レオ……ね。お前ら、剣術学校の名に泥を塗ったらしいじゃねえか。それで、学校を退学させられたらさっさと冒険者に転身ってか。まあいい。そこまでは許そう。……だがな、早速迷子になって世話かけるって、どういうつもりだよ」

 完全にこの空間をブルクハルトが支配していた。彼が口にする言葉、一つ一つを聞き漏らさないように、四人の少年たちは今できる限界まで集中する。この男をこれ以上怒らせてはだめだ。そう、何かがささやくかのように。

「……いいか。何が問題なのかわかってねえみたいだから教えてやるよ。くそ雑魚のくせに冒険者面してんじゃねえっていってんだ! お前らみたいなか弱いっひよっこちゃんがよ~、簡単なお使い一つできねえガキンチョがよ~、いっちょ前に冒険者として食っていこうなんざ甘いんだよ!」

 何か言葉を発するべきなのか躊躇したまま、時間が過ぎていく。ブルクハルトが黙る時間に確かな静寂が訪れるが、かえってそれが恐怖を助長する。

「……と、いうわけで。お仕置きだ」

 大きな剣を引き抜き、一気に力が解放される。テレスの目には当然赤いオーラが一帯に広がって見えたが、オーラなど見えなくても周りの温度が急上昇しているのが肌でわかる。
 テレスはボードへ視線を移す。ボードは静かにうなずく。同じことを考えていたらしい。

「耐えろよ~。ひよっこちゃんたち」
「や、やめ、やめてください!」

 ネイサンとレオは腰を抜かしながら後ずさりする。だがその二人に姿をあざ笑うかのように、ブルクハルトは剣を振りかぶる。

「なかなかみられるもんじゃねえから、目ん玉かっぽじってよく見ておけよ! これが俺の! ブラッディファイアトルネードだ!」

 ブルクハルトが剣を振ると、集まっていた赤いオーラが剣風に乗って竜巻のように二人へと向かっていく。技の名称のクオリティはともかく、とてつもない破壊力を秘めた、まさに必殺の一撃であった。

「あん!?」

 ブルクハルトの表情が曇る。彼の放った炎の一撃は、壁にぶつかるかのようにその歩みを止めた。ボードが例のエメラルド色のオーラの盾を出し、テレスも彼の後ろで土の魔法や水の魔法を駆使してその勢いを阻害そがいしているのだ。
 しばらくそのまま攻撃を続けたが、やがてブルクハルトが剣を下した。もしこの猛攻をまともにくらっていたら、後ろの二人は瀕死の重傷だっただろう。

「……ほう。手加減していたとはいえ、俺のブラッディファイアトルネードを受け止めるとは、なかなかやるじゃねえか」

 ニヤリと笑って見せるあたり、実際に手加減はされていたのだろう。ブルクハルトの後ろでは、タビタが「こうなってはお手上げです」とでも言わんばかりに、呆れながら首を振っている。

「今の攻撃、まともにあたったら彼らにとっては致命傷でしたよ」
「あ? そうだ。半殺し……いや、99%殺ししねえと気が済まねえんだよ」
「そんなことしてなんになるというんですか!」
「関係ないね。俺は俺のやりたいようにやる。それだけだ」

 また、ブルクハルトが構えに入る。正直この構えの間は隙だらけなので攻撃に転じたいが、少しでも近寄れば体中が焼け焦げてしまいそうで、動くことができない。

「でもよろこべ。気が変わった。お前ら二人から先に遊んでやるよ」

 ブルクハルトはテレスとボードの方へ向かって飛び込む。スピードこそアリスよりも遅いが、その圧倒的な圧力で一瞬判断が遅れる。次の瞬間には強烈な蹴りがテレスとボードを吹き飛ばし、二人は離れ離れになる。
 その真ん中に立ったブルクハルトは、右手と左手から強烈な炎の攻撃を二人へ向けて放った。

「ブラッディファイアスピア!!」

 その炎の槍はテレスとボードを直撃する。ボードの特性を見抜いたようで、ボードへ向けて放った技の方が数倍の威力を持っていた。

「テレス!」

 ボードはオーラの盾でその恐ろしい一撃を受け止めるが、テレスが直撃寸前のところで出した土壁は、いとも簡単に破壊されてしまった。そして、勢いを一切失わないまま、槍のように尖った炎はテレスをあっという間に飲み込んでしまった。

「うわあぁあぁー!!」

 これまでにない痛み、苦しみ。死後に地獄があるとしても、これほどの苦痛はないだろう。その業火に焼かれながらも、テレスは意識を失えないでいた。例の鬼など全く問題にならないほどの実力。テレスはそれを身をもって味わうことになってしまった。

「なんだ、口のわりにこっちはこんなもんか」

 ブルクハルトはテレスへの攻撃をやめ、未だ耐えているボードの方へ集中する。

「やるねぇ! こっちは面白れえ!!」

 さらに一段階大きくなった炎でも、ボードは耐える。だが、エメラルド色の盾もついには亀裂が入り、やがてそれは音を立てて壊れてしまった。
 意外にも、ボードに対しては炎で包むようなことはせず、すぐに攻撃をやめた。

「タビタ。ちっさいガキからだ」
「……はいはい」

  タビタはテレスの方へ走り、回復魔法をかける。

「おい、でっかいの。認めてやるよ。お前は才能がある」

 マラソンでも走ったかのように息切れをしているボードは、何も反応できない。

「それに引き換えなんだ? そっちのちっさいのは。魔力障壁も脆い、避ける速さもねえ。ただの冒険ごっこが好きな子供じゃねえか。聞こえてるか? はっきり言ってやる。お前には才能がまるでねえ。冒険ごっこは近所だけにするんだな」

 タビタの回復魔法は高い効果を持ち、テレスのやけどはすぐに回復する。体の自由を取り戻すと同時に首をあげてブルクハルトを睨みつける。だが、さきほどの苦痛を思い出すだけで吐き気がしてきて、何も言い返すことはできないでいた。

「だからよぉ、今日で引退しろ。これは命令だ」
「だまれぇ!!」

 爆発でもおきたのかというような声がブルクハルトの言葉を消し飛ばす。あまりの爆音に、さすがのブルクハルトも殺気を忘れ、きょとんとしている。だが、テレスにはこの声の主が誰なのか、皆目見当がつかないでいた。テレスがまだ重い体を起こして声のした方へ顔を向けると、そこには今まで見たことがないような形相をした、幼馴染の姿があった。

「テレスのことを、バカにするな……! このヘンテコ技野郎……!!」

 先ほどの空気をつんざくような声と違って、怒りを嚙みしめるかのように言葉を発する。ボードはこれまで、本気で怒りを覚えたことはなかった。いじめられようが、馬鹿にされようが、すぐにケロッと回復してしまう少年であった。だが、村で腐りかけていた自分を冒険に連れ出してくれた親友を傷つけられ、さらに馬鹿にされても何も思わないほど鈍感ではなかったのだ。あるいは、これまでの短い旅の間に、一番成長した結果なのかもしれない。

「うわあああぁあぁあ!!」

 すでにボロボロになった木の盾を構えて、再度エメラルドの盾を具現化する。だが、これまでは亀の甲羅のようにのっぺりした盾だったが、今回は無数の棘を有した攻撃的な盾になっている。

「おお、こいつはすげえ! なあ、タビタ、見てるか!?」

 ブルクハルトもボードの力に興奮する。彼の圧迫感に慣れているであろうタビタは、ボードの気迫を見て驚きを隠せないでいる。

「ぶっとばしてやる!!」
「いいぜいいぜ!! かかってこい!!」

 再度、ブルクハルトもあの禍々しいほどに赤いオーラをまとう。どちらのオーラが大きいか見せ合うように、両者はしばし睨みあう。
 先に動いたのはボードであった。今までは向かってくる敵に対しての攻撃しか持ち合わせていなかったが、本能的に自分の攻撃を相手が真っ向から受けるとわかったのだろうか、あるいは頭に血が上り、ただただ猪のように敵へと突っ込んでいったのか。真相はわからないが、周りの草や小さな岩を蹴散らしながら向かっていく。

「こい!!」

 轟音と共に、両者がぶつかる。ボードの突進の威力は絶大で、ブルクハルトが一歩後退する。

「すげえ……! これがガキの力かよ!!?」

 だがそれも束の間、徐々にブルクハルトが押し返す。負けじとボードが踏ん張り、膠着状態になる。

「おいタビタ! 俺かなり本気出してんぞ今! わははっ!」

 本気と言いつつも、まだ余裕があるブルクハルト。徐々に優劣がはっきりしてきた。少しずつ押されるボード。負けるもんかともう一歩前へ出ようとするが、その瞬間、木の盾が先に砕け散ってしまった。ブルクハルトはすぐに攻撃を中止したが、それでも業火に焼かれるボード。だが、怒りのため痛みを感じないのか、ボードはその地獄から前へ踏み出し、自力で抜け出した。

「お前、本当におもしれえな。どうだ? うちの騎士団に来いよ。必ず一流の騎士にしてやるぜ!」

 これは本来ありえないことだった。冒険者が騎士団にスカウトされるなど前代未聞である。騎士団に入るためには、剣術学校か魔術学校で優秀な成績を残し、かつその後の入団テスト(家柄に大きく左右されるが)にも合格しなければならない。どんなに名や実績のある冒険者でも、スカウトされて入ったという前例はないのだ。
 つまり、ブルクハルトの独断とはいえ、大変名誉なことであり、ただの肉屋だったボードとしては千載一遇のチャンスなのだ。
 だが、未だ体中から煙をプスプスと煙をあげているボードは鬼の形相のまま言い放った。

「断る!!」

 そういって、前のめりに倒れた。
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