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第一章【少年よ冒険者になれ】

54・扉とその主と

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 朝、あまりリプリィに意識させ過ぎないよう、いつも通りの調子で食卓を囲み、準備を進めた。正直な話、まだこれで何が起こるか、何ができるか、テレスにも誰にもわかってはいない。ただ、テレスが締め出されたあの扉を開けることはリプリィの力で可能だと考えている。その先に以前見た世界があるのか、それとも別の何かが待っているのか。問題はここからである。
 その後、北の騎士団の要塞へ向かう。すっかり顔なじみになった門番と軽く挨拶をした後、フェリアの元へと急ぐ。すでに一部の住民には話が漏れているのか「頑張ってね」などと声を掛けられ、パンや果物などを頂く。すでに食事はとったのだが、道中ボードがぺろりとたいらげたことで解決した。

「お待ちしておりました、どうぞ中へ」

 中年のシスター、オルガとリプリィの先輩シスター、リッツが出迎えてくれる。二人とも今日のことを知ってか、少し緊張気味ではあるが、どこか嬉しそうだ。

「しばらく中でお待ちください。旦那様が参りますので、リッツ」
「はい」

 声をかけられたリッツは部屋を後にする。オルガは皆を部屋の扉を閉め、向き直る。

「皆さん、お仕事の前に、一つお礼を申し上げたく存じます」
「お礼?」

 皆、とくに思い当たるふしがなかったので、キョトンとする。

「リプリィのことです。あのこがこんなに立派になるなんて……」
「シスター長……」

 褒められたリプリィは早くも涙目になる。確かにここを出る前は無秩序な魔力を垂れ流し、フェリアを操り人形のようにしてしまっていた。

「いえ、彼女は勇気をもって冒険を手伝ってくれました。むしろ、僕らは何度も彼女に助けられたんですよ」

 これは嘘偽りなく本音だった。山羊やカエルはともかく、鬼やムカデはリプリィの力なしには倒すことができなかっただろう。そう思うと、テレスとアリスは昨日月下で語ったことを思い出し、少し寂しくなった。

「うぅ……皆さん、ありがとうございます~」
「あらあらこのこったら」

 オルガも目に涙をためる。テレスも極まるところがあったが、それ以上に二人がほほえましくて、同じく涙を我慢しているアリスと目を合わせて少し笑った。
 その後、戻ってきたリッツが出してくれた茶を楽しみつつ、準備を進めているところでフェリックスが姿を現した。

「いやー、お待たせしてすまない。所用を片付けてきた。……いよいよなのだな」
「ええ、男爵様。どうなるかはまだ不明ですが、解決のきっかけにはなるかと」
「うむ。リプリィ、冒険に出てからどんどん逞しくなっているな。嬉しいぞ」
「はい! 皆さんのおかげです!」

 以前のリプリィなら、もっと謙遜して「いえ、私なんて」といっていただろう。こうして自己肯定ができるようになっただけでも精神面の成長がうかがえる。皆も微笑むが、テレスだけは部屋の外の大きな力に気が付いていた。

「ああ、そうだ。流石はテレス殿。今日はもう一人客人がいる」
「お邪魔します、叔父上」
「ああ!」

 アリスが強く反応をする。そこにはカゼキリの姿があった。

「今日は僕もご一緒させてもらうよ」
「うむ。そもそも、彼らを紹介してくれたのはカゼキリだからな。娘を見守ってやってくれ」
「はい。もちろんです。それと……」

 カゼキリは所持していた鞄から、様々な宝石や魔物のドロップアイテムが飾られている首輪を出す。

「何かの足しになるかと思ってね。これらは魔力操作や魔力増幅に役立つはずだよ。テレス君とリプリィ君にお貸ししよう」

 テレスは透原鏡をかけることはなかったが、目視でもかなりの力を持った装備品だとわかる。

「ありがとうございます、カゼキリさん。遠慮なくお借りします」
「うん、フェリアを、よろしく頼むよ」

 テレスとリプリィはカゼキリからの土産を受け取り、装備する。二人とも以前よりもかなり能力が伸びた上、リプリィは弱点も克服しているが、さらにそれが上乗せされたような感覚になる。それだけではない、昨日感じた魔力の共鳴すらも上がっている。これなら成功率の上昇が見込めるだろう。仮に成功しなくてもより深くまで探ることが可能になったのは間違いない。

「では、そろそろ始めましょう」

 テレスの合図で、皆が頷く。少し震えるリプリィの手をアリスがとり、無言で応援を送る。リプリィが意を決したように前を向きなおしたところで、対消滅病の戦いが始まった。

 まずはテレスがフェリアに近づき、依然と同じように魔力を集中する。すると、テレスの感覚内に魔法の扉が浮かび上がる。以前はすぐにあの奇妙な世界に行けたが、やはりこの扉が立ちはだかるようだ。リプリィの魔力を無駄にしないためにも、扉の調査から始めることにした。
 扉攻略のために最初にやることは、テレス自身がそこにいるという感覚を強めること。それをつよく意識することで、テレスの分身体が扉の前に現れた。ここに来た当初ならばとても無理だったが、今の彼にはこれくらいの魔力操作はお手の物であった。そして、扉に分身体が触れてみる。テレスの魔力に反応し、扉がぼんやりと光るが「開け」という命令は拒否された。やはり、魔力が足りないようだ。
 そこで一度現実に戻り、リプリィにも近くに来てもらう。うまくできるかは不明だが、あの扉の前にリプリィごと連れていく試みだ。より共鳴力を強化するために手を取る。一瞬アリスの殺気が発生したが、さすがの彼女もここは自重した。
 そして今一度扉の前へいく。リプリィの魔力を感じながら、自分だけではなく彼女の存在もこの扉の前にきて当然であるというイメージを増幅していく。すると、リプリィも扉の前へ来ることが出来た。これはテレスの力だけではなく、リプリィの魔力制御の上達も影響しているだろう。

「え、テレスさん、ここ……」
「うん。前に話した、フェリアお嬢様の中にある、魔力の空間だよ」
「すごい……」
「で、だ。この扉が僕の魔力量じゃどうにもならないんだ」
「わかりました。やってみます」

 リプリィは扉に手を触れる。やはり魔力量が違うのか、テレスの時よりもかなり光が強い。

「できそうかい?」
「扉の魔力は感じるのですが……そこからどうすればいいのか」
「その魔力の源を感じようとしてみよう。そして、そこに向けてこう命令するんだ『開け』って」

 それからしばらく、リプリィは集中を増して取り組んだ。徐々に扉の光が強くなってきたところで、彼女は扉の魔力の源を突き止める。そして言い放った「開け」
 扉が重い音を立てて動き出す。二人が立っていた扉の前も暗かったが、その奥はさらなる闇が続いているように見えた。扉が完全に開くと、二人は向き合って一つ頷く。そして、その深い闇へと足を進めた。

「いやぁ~、まさかここにたどり着く者がいるとは思いませんでした」

 二人は足を止め、声がした暗闇へと目を細める。すると、二人がいる場所と声がした場所だけに光が差し込む。スポットライトのようなその明かりは、二人にとって異様な者をうつしだした。

「どうも、ここを管理しています。ようこそ」

 ピエロのお面に白く長い髪。服装はダボっとした黒い装束をまとっているが、頭部のフードはつけていない。

「あなたは?」

 テレスの質問に、深々とお辞儀をする。

「私は……そうですね、名無しピエロ、とでもお呼びください。テレス様、リプリィ様」
「え、なんで?」

 リプリィは酷く怯える。だが、テレスはうっすらと同じような感覚になった時のことを思い出した。それはおそらく、クロノースとの時間だ。何があったのかは覚えていないが、感覚としては残っている。

「ま、クロノースと対面したあなたでしたら、いつかは来ると思ってましたよ」

 この心の中を読まれるような感覚。つまり、この場所は虚構きょこうの池で連れていかれたであろう空間と同質のものというわけだ。

「まあ、そう怖がらずに。少しお話をした後、目的を果たすお手伝いをいたしましょう」
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