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6.木曽義仲編
第47話(1183年10月) 上杉謙信マジリスペクト
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(貴一視点)
「ガンガン、木を切り倒せ」
出雲大社軍は、弁慶たちが選んだ山に布陣すると、貴一の命令で木の伐採を命じた。
この軍の最大の強みは攻撃力でも防御力でもなく、普段の土木工事で培われた工兵としての能力だ。
「おい、なんで顔を布で包んでいるんだ。わしの真似か?」
白い覆面状態の貴一に弁慶が言った。貴一は刀身の長い刀を眺めながら返す。
「違うよ。策の元ネタへのリスペクトさ。兵に皆同じ様にさせろ。今回は上杉謙信の故事にならう。いや、400年後だから故事じゃないか。あははは」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(木曽義仲視点)
出雲大社軍のいる山を遠望しながら、今井兼平は言う。
「義仲様、敵は防御柵を作っているようですな」
「山の後方はどうだ?」
「今のところ、何か作ってるような動きは見られません」
「よし、前から攻めるそぶりを見せて注意をひきつけろ。戦う必要はない」
義仲軍は出雲大社軍が陣取る山に近づき、夕暮れまで挑発をし続けた。
そして日が暮れると、今井兼平が別働隊として歩兵2000と牛200頭を連れて、出雲大社軍が陣をしいている山の後方に向かって移動しはじめた。
義仲は巴御前とともに、騎馬2000と歩兵3000で、山から追い落とされた出雲大社軍を待ち構える。混乱した敵を川側に追い込んで溺死をさせ、損害を大きくする作戦だ。
出陣前には同士討ちを避けるため、全員に兜を外すよう命じている。
「山に火の手が上がるまでは休んでいろ。音を立てずにな」
義仲だけは休もうとせず、まだかまだかと山を見つめていた。
火がポツポツと灯り始める。
「よし、兵に支度をさせろ。皆殺しにしてやる」
しかし、義仲が号令を出そうとしたとき、前から馬蹄の響きが聞こえてきた――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(貴一視点)
「キツツキ戦法破れたり! 武田信玄、覚悟ォォォ!!」
「何を叫んでいるんだ、鬼一は?」
「さあ? 警戒1日目で夜襲がきたので、よほどうれしかったのでしょう。ほらな!ほらな!とずっと僕に言ってました」
騎馬隊を引き連れ、ウッキウキで飛び出して行った貴一を見ながら、弁慶は山を下りてくる兵を貴一の後続に次々と送り出していた。負傷した熊若も弁慶を手伝っている。
山道を工事していたこともあって、下山も速やかに進んだ。火が見えたら戦わずに早く降りることを周知してあったので、兵たちの混乱も少なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちなみにキツツキ戦法というのは、上杉謙信と武田信玄の名勝負と伝えられる第四次・川中島の戦いで、信玄の軍師・山本勘助が考えたと言われた戦法である。
妻女山に布陣した上杉軍13000に武田軍の別動隊12000が奇襲し、驚いて山から下りてきた上杉軍を武田軍本隊8000が待ち受けて挟み撃ちする予定だったが、上杉軍が先に察知して下山し、12000で武田軍本隊8000に猛攻を加えたので、結果的には失敗した戦法である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
貴一は騎馬隊600と供に義仲軍に突っ込んだ。うしろからは歩兵7000が続々と後を追うようにして走ってくる。形として第一陣・貴一、第二陣・千人隊長持教、第三陣千人隊長円光というふうに、波状攻撃になっている。民兵3000だけは攻撃に参加させず、後方で敵の別動隊に備えさせた。
奇襲を仕掛けるつもりだった敵は、奇襲のカウンターを受け混乱した。
そんな中、騎兵が一カ所にまとまろうとしている動きが貴一に見えた。
「信玄、いや義仲はあそこか! 馬鹿だなあ、動いてナンボの騎馬隊で守りを固めてどうすんだよ。なあ、みんな」
後ろを振り返った貴一だが、出雲大社軍も敵とぶつかった後は乱戦状態になっており、従っている騎兵は100程度しかいなかった。見渡すと、押し返されている部隊もあった。
「暗闇だと、こんなもんか。陣形を作って戦うわけにもいかないしね。一人一人での戦いとなると木曽兵のほうが強そうだ。なら、なおのこそ敵の大将を狙わないとね。騎馬隊、あの円陣の周りを削るぞ。続け!」
貴一は義仲を囲む外側の兵を、リンゴの皮むきのように削っていった。数は向こうのほうが多かったが、走ってくる騎馬の勢いを止まった騎馬では受け止めるのは難しい。ましてや、先頭は貴一である。数度の攻撃で中心が見えてきた。
「いたな、イケメン武将。側にいるのは幼馴染の恋人(妾)か。あだち充の漫画かよ。うらやましいなー、憧れちゃうね。畜生!」
貴一は白布を顔から取った。
「スサノオ見参! 妬み嫉みをこめた一撃を喰らえ!」
すれ違いざま貴一は太刀を振り下ろす。
ガキィン! 戦場に衝撃音が鳴り響いた。
――なぬ? 俺の太刀を受け止めた。ってことは、アイツは弁慶なみの怪力なのか!?
貴一が振り返ると、義仲の太刀と巴御前の薙刀が「X」のように重なっていた。十字受けである。
「愛の力ですか。そうですか。コラ! 二人で見つめ合うんじゃない!」
貴一は馬を返して、再び二人に向かっていく。
先ほどの一撃で、貴一の恐ろしさがわかったのだろう。二人の顔は必死だった。
貴一は太刀を下ろす――が、途中で太刀が止まる。
「止めた。止めた。これじゃあ、俺が完全な悪役じゃん――義仲、この国から出て行くのなら見逃してもいいよ――山の方を見たってムダ、ムダ。お前の味方は当分、降りてこない」
山の中腹に見える火はバラバラに動いていた。
「興奮した牛は動いているものに向かっていく。そして、山にはお前らの別動隊しかいない。今頃は自ら放った牛の始末に苦労しているはずさ」
義仲は巴御前と何度かやりとりをした後、部下に退き鐘を鳴らさせた。
「うん、それでいい。弁慶に伝令! こちらも戦いを止めさせろ!」
朝焼けの中、肩を落して引き揚げていく義仲の背中を見て貴一は思った。
――ここで助かっても。アイツには死が待っている。
貴一は叫んだ。
「何かあったら、俺を頼って出雲大社に来い!」
義仲からの返事はなく、振り返ることもなかった――。
こうして、義仲の因幡国侵攻から10日間におよんだ出雲大社軍と木曽義仲軍との戦いは幕を閉じた。
「ガンガン、木を切り倒せ」
出雲大社軍は、弁慶たちが選んだ山に布陣すると、貴一の命令で木の伐採を命じた。
この軍の最大の強みは攻撃力でも防御力でもなく、普段の土木工事で培われた工兵としての能力だ。
「おい、なんで顔を布で包んでいるんだ。わしの真似か?」
白い覆面状態の貴一に弁慶が言った。貴一は刀身の長い刀を眺めながら返す。
「違うよ。策の元ネタへのリスペクトさ。兵に皆同じ様にさせろ。今回は上杉謙信の故事にならう。いや、400年後だから故事じゃないか。あははは」
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(木曽義仲視点)
出雲大社軍のいる山を遠望しながら、今井兼平は言う。
「義仲様、敵は防御柵を作っているようですな」
「山の後方はどうだ?」
「今のところ、何か作ってるような動きは見られません」
「よし、前から攻めるそぶりを見せて注意をひきつけろ。戦う必要はない」
義仲軍は出雲大社軍が陣取る山に近づき、夕暮れまで挑発をし続けた。
そして日が暮れると、今井兼平が別働隊として歩兵2000と牛200頭を連れて、出雲大社軍が陣をしいている山の後方に向かって移動しはじめた。
義仲は巴御前とともに、騎馬2000と歩兵3000で、山から追い落とされた出雲大社軍を待ち構える。混乱した敵を川側に追い込んで溺死をさせ、損害を大きくする作戦だ。
出陣前には同士討ちを避けるため、全員に兜を外すよう命じている。
「山に火の手が上がるまでは休んでいろ。音を立てずにな」
義仲だけは休もうとせず、まだかまだかと山を見つめていた。
火がポツポツと灯り始める。
「よし、兵に支度をさせろ。皆殺しにしてやる」
しかし、義仲が号令を出そうとしたとき、前から馬蹄の響きが聞こえてきた――。
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(貴一視点)
「キツツキ戦法破れたり! 武田信玄、覚悟ォォォ!!」
「何を叫んでいるんだ、鬼一は?」
「さあ? 警戒1日目で夜襲がきたので、よほどうれしかったのでしょう。ほらな!ほらな!とずっと僕に言ってました」
騎馬隊を引き連れ、ウッキウキで飛び出して行った貴一を見ながら、弁慶は山を下りてくる兵を貴一の後続に次々と送り出していた。負傷した熊若も弁慶を手伝っている。
山道を工事していたこともあって、下山も速やかに進んだ。火が見えたら戦わずに早く降りることを周知してあったので、兵たちの混乱も少なかった。
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ちなみにキツツキ戦法というのは、上杉謙信と武田信玄の名勝負と伝えられる第四次・川中島の戦いで、信玄の軍師・山本勘助が考えたと言われた戦法である。
妻女山に布陣した上杉軍13000に武田軍の別動隊12000が奇襲し、驚いて山から下りてきた上杉軍を武田軍本隊8000が待ち受けて挟み撃ちする予定だったが、上杉軍が先に察知して下山し、12000で武田軍本隊8000に猛攻を加えたので、結果的には失敗した戦法である。
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貴一は騎馬隊600と供に義仲軍に突っ込んだ。うしろからは歩兵7000が続々と後を追うようにして走ってくる。形として第一陣・貴一、第二陣・千人隊長持教、第三陣千人隊長円光というふうに、波状攻撃になっている。民兵3000だけは攻撃に参加させず、後方で敵の別動隊に備えさせた。
奇襲を仕掛けるつもりだった敵は、奇襲のカウンターを受け混乱した。
そんな中、騎兵が一カ所にまとまろうとしている動きが貴一に見えた。
「信玄、いや義仲はあそこか! 馬鹿だなあ、動いてナンボの騎馬隊で守りを固めてどうすんだよ。なあ、みんな」
後ろを振り返った貴一だが、出雲大社軍も敵とぶつかった後は乱戦状態になっており、従っている騎兵は100程度しかいなかった。見渡すと、押し返されている部隊もあった。
「暗闇だと、こんなもんか。陣形を作って戦うわけにもいかないしね。一人一人での戦いとなると木曽兵のほうが強そうだ。なら、なおのこそ敵の大将を狙わないとね。騎馬隊、あの円陣の周りを削るぞ。続け!」
貴一は義仲を囲む外側の兵を、リンゴの皮むきのように削っていった。数は向こうのほうが多かったが、走ってくる騎馬の勢いを止まった騎馬では受け止めるのは難しい。ましてや、先頭は貴一である。数度の攻撃で中心が見えてきた。
「いたな、イケメン武将。側にいるのは幼馴染の恋人(妾)か。あだち充の漫画かよ。うらやましいなー、憧れちゃうね。畜生!」
貴一は白布を顔から取った。
「スサノオ見参! 妬み嫉みをこめた一撃を喰らえ!」
すれ違いざま貴一は太刀を振り下ろす。
ガキィン! 戦場に衝撃音が鳴り響いた。
――なぬ? 俺の太刀を受け止めた。ってことは、アイツは弁慶なみの怪力なのか!?
貴一が振り返ると、義仲の太刀と巴御前の薙刀が「X」のように重なっていた。十字受けである。
「愛の力ですか。そうですか。コラ! 二人で見つめ合うんじゃない!」
貴一は馬を返して、再び二人に向かっていく。
先ほどの一撃で、貴一の恐ろしさがわかったのだろう。二人の顔は必死だった。
貴一は太刀を下ろす――が、途中で太刀が止まる。
「止めた。止めた。これじゃあ、俺が完全な悪役じゃん――義仲、この国から出て行くのなら見逃してもいいよ――山の方を見たってムダ、ムダ。お前の味方は当分、降りてこない」
山の中腹に見える火はバラバラに動いていた。
「興奮した牛は動いているものに向かっていく。そして、山にはお前らの別動隊しかいない。今頃は自ら放った牛の始末に苦労しているはずさ」
義仲は巴御前と何度かやりとりをした後、部下に退き鐘を鳴らさせた。
「うん、それでいい。弁慶に伝令! こちらも戦いを止めさせろ!」
朝焼けの中、肩を落して引き揚げていく義仲の背中を見て貴一は思った。
――ここで助かっても。アイツには死が待っている。
貴一は叫んだ。
「何かあったら、俺を頼って出雲大社に来い!」
義仲からの返事はなく、振り返ることもなかった――。
こうして、義仲の因幡国侵攻から10日間におよんだ出雲大社軍と木曽義仲軍との戦いは幕を閉じた。
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