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11.壇ノ浦の戦い・平家滅亡編
第76話(1185年4月) 壇ノ浦の戦い③・消えゆく命
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(源氏水軍・静御前視点)
義経の兜をかぶった静御前は小早船を近づけると、ふわりと敵船に飛び乗った。
「源氏軍総大将。源義経である!」
敵船の将の気力が大きくなったのが、静御前にもわかる。
目の前には平家一の猛将、平教経がいた。
「神は平家を裏切り続けたが、最後にようやく願いを叶えてくれたわ!」
そう叫ぶと大太刀を抜いて静御前に斬りかかってきた。
静御前は舞うように交わしながら、周りの船を確認する。
――海は風が強く、煙は使えない。わたしにこの男を倒せるかどうか。それなら……。
教経の攻撃に怯んだ風を装いながら、静御前は近くの船に飛び乗った。教経も逃がすものかと追いかけてくる。他の平家の兵の注意も偽義経に向けられていった。
――この調子で船を乗り移り、義経様の道を開く。
壇ノ浦での静御前の活躍は、後に八艘飛びと呼ばれることになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(平家水軍・平知盛視点)
平宗盛と天皇がいる御座船に戻った知盛は、左翼の状況を見て、敗北は時間の問題だと悟った。すでに赤旗を捨てて逃げ始めている船もいた。
船の荷物を海に投げながら女官たちに笑顔を向ける。
「さあ、船を清めるのだ。最後は美しく終わろうではないか」
海上に目を落とすと、掲げている赤旗を白旗に替え、源氏軍に向かっている船があった。
――叔父上らしい。あくまで己のやり方を通されるか。
貴様らと心中など阿保らしい。そんな時忠の声が船から聞こえてきそうだった。
平家棟梁の宗盛がオロオロしながら話しかけてきた。
「後ろに出雲大社の船が見える。負けが決まったのなら、助けてもらうのはどうだろうか」
「彼らが助けると言ったのは兵だけです。平家一門は助けられたとしても、後日、源氏に引き渡されるでしょう。さあ、早く身支度を」
――平家の最後を汚すとしたら、兄上かもしれぬ。醜く生き恥をさらしたいのなら、それも良かろう。だが、この舞台にはふさわしくない。
知盛が宗盛の身体を押すと、そのまま海に落ちて行った。
浮かび上がった宗盛は何か言おうとしたが、知盛の顔を見ると、黙って泳ぎ始めた。屋島に移ってから、宗盛が泳ぎの練習をしていることは知盛も知っていた。
「兄上が一足先に極楽浄土へ旅立たれた。早くしないと東男が会いに来るぞ」
女官たちが次々と海へ身を投じていく。安徳天皇が二位尼(平清盛の妻で天皇の外祖母)に手を引かれて船室から出てきた。
「ねえ、ばば様、どこに行くの?」
「波の下には極楽浄土がございます。ばばといっしょに参りましょう」
安徳天皇も子供ながらに悟ったのか、小さな手をゆっくりと合わせた。
――お許しを。この知盛、黄泉でも必ずお守りいたします。
知盛が涙をぬぐおうとしたその時、御座船の前方にいた兵が叫んだ。
「源氏が乗り込んできました! 義経です! さあ、早く! 我らが時間を稼ぎますゆえ!」
「教経は何をしている!」
「それが、敵の武者を追って遠くに……」
――静かに死ぬことさえ許さぬつもりか。
知盛は用意してあった碇を体に巻き付けた。浮き上がらないようにするためである。
そのとき、ズーン!という音とともに、御座船に皆立っていられないほどの衝撃が起こった。尻もちをついた二位の尼に安徳天皇が言う。
「火の船じゃ。閻魔がやってきた! ばば様、怖い! 早く海の都に連れていっておくれ」
知盛が振り返ると煙を吐く鉄の船が後部にめり込んでいるのが見えた。
船体がメキメキと鳴き始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(出雲水軍・貴一視点)
「ったく、義経のやつ攻めが早すぎるよ。俺は紳士的に乗り込みたかったのにさあ」
「でも、今の衝撃で後方の敵は海に落ちました」
大型蒸気船をぶつけた貴一たちは、素早く御座船に乗り移った。
「あの子供が安徳天皇だな。熊若は建礼門院(天皇の母)を探してくれ!」
貴一は知盛と二位の尼、安徳天皇の前に立った。
「主上を助けに来ました。ご安心を」
「キラキラ光っている。神の使いなの?」
安徳天皇が貴一の銀鎧を指した。
二位尼は安徳天皇を抱くように船の端に逃げる。
「いいえ、違います。出雲の者よ。主上は渡しませぬ。平家とともに海の都へ行くのです」
「馬鹿なことを!」
そう叫んだ貴一だがうかつには動けなかった。すぐに海に飛び込めば助けられるが、周りではまだ弓矢が飛び交っている、流れ矢が当たらないとは限らない。
貴一は深呼吸をすると冷静に二位尼に言った。
「時忠様より、言葉を預かっております」
「弟から?」
「はい。『京から主上を連れ出して、辛苦を与えただけでも罪深い。この上なお、現世からも主上を連れ出すおつもりか。姉上には亡き清盛公がどう思うか、よくよく考えて欲しい』と」
二位尼の身体が固まるのがわかった。そして安徳天皇の顔をのぞきこむとほほ笑んだ。
「海の都には、ばばだけで行くことにします。主上、どうかお健やかに」
二位尼は安徳天皇から離れると、海の中へ消えた――。
義経の兜をかぶった静御前は小早船を近づけると、ふわりと敵船に飛び乗った。
「源氏軍総大将。源義経である!」
敵船の将の気力が大きくなったのが、静御前にもわかる。
目の前には平家一の猛将、平教経がいた。
「神は平家を裏切り続けたが、最後にようやく願いを叶えてくれたわ!」
そう叫ぶと大太刀を抜いて静御前に斬りかかってきた。
静御前は舞うように交わしながら、周りの船を確認する。
――海は風が強く、煙は使えない。わたしにこの男を倒せるかどうか。それなら……。
教経の攻撃に怯んだ風を装いながら、静御前は近くの船に飛び乗った。教経も逃がすものかと追いかけてくる。他の平家の兵の注意も偽義経に向けられていった。
――この調子で船を乗り移り、義経様の道を開く。
壇ノ浦での静御前の活躍は、後に八艘飛びと呼ばれることになる。
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(平家水軍・平知盛視点)
平宗盛と天皇がいる御座船に戻った知盛は、左翼の状況を見て、敗北は時間の問題だと悟った。すでに赤旗を捨てて逃げ始めている船もいた。
船の荷物を海に投げながら女官たちに笑顔を向ける。
「さあ、船を清めるのだ。最後は美しく終わろうではないか」
海上に目を落とすと、掲げている赤旗を白旗に替え、源氏軍に向かっている船があった。
――叔父上らしい。あくまで己のやり方を通されるか。
貴様らと心中など阿保らしい。そんな時忠の声が船から聞こえてきそうだった。
平家棟梁の宗盛がオロオロしながら話しかけてきた。
「後ろに出雲大社の船が見える。負けが決まったのなら、助けてもらうのはどうだろうか」
「彼らが助けると言ったのは兵だけです。平家一門は助けられたとしても、後日、源氏に引き渡されるでしょう。さあ、早く身支度を」
――平家の最後を汚すとしたら、兄上かもしれぬ。醜く生き恥をさらしたいのなら、それも良かろう。だが、この舞台にはふさわしくない。
知盛が宗盛の身体を押すと、そのまま海に落ちて行った。
浮かび上がった宗盛は何か言おうとしたが、知盛の顔を見ると、黙って泳ぎ始めた。屋島に移ってから、宗盛が泳ぎの練習をしていることは知盛も知っていた。
「兄上が一足先に極楽浄土へ旅立たれた。早くしないと東男が会いに来るぞ」
女官たちが次々と海へ身を投じていく。安徳天皇が二位尼(平清盛の妻で天皇の外祖母)に手を引かれて船室から出てきた。
「ねえ、ばば様、どこに行くの?」
「波の下には極楽浄土がございます。ばばといっしょに参りましょう」
安徳天皇も子供ながらに悟ったのか、小さな手をゆっくりと合わせた。
――お許しを。この知盛、黄泉でも必ずお守りいたします。
知盛が涙をぬぐおうとしたその時、御座船の前方にいた兵が叫んだ。
「源氏が乗り込んできました! 義経です! さあ、早く! 我らが時間を稼ぎますゆえ!」
「教経は何をしている!」
「それが、敵の武者を追って遠くに……」
――静かに死ぬことさえ許さぬつもりか。
知盛は用意してあった碇を体に巻き付けた。浮き上がらないようにするためである。
そのとき、ズーン!という音とともに、御座船に皆立っていられないほどの衝撃が起こった。尻もちをついた二位の尼に安徳天皇が言う。
「火の船じゃ。閻魔がやってきた! ばば様、怖い! 早く海の都に連れていっておくれ」
知盛が振り返ると煙を吐く鉄の船が後部にめり込んでいるのが見えた。
船体がメキメキと鳴き始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(出雲水軍・貴一視点)
「ったく、義経のやつ攻めが早すぎるよ。俺は紳士的に乗り込みたかったのにさあ」
「でも、今の衝撃で後方の敵は海に落ちました」
大型蒸気船をぶつけた貴一たちは、素早く御座船に乗り移った。
「あの子供が安徳天皇だな。熊若は建礼門院(天皇の母)を探してくれ!」
貴一は知盛と二位の尼、安徳天皇の前に立った。
「主上を助けに来ました。ご安心を」
「キラキラ光っている。神の使いなの?」
安徳天皇が貴一の銀鎧を指した。
二位尼は安徳天皇を抱くように船の端に逃げる。
「いいえ、違います。出雲の者よ。主上は渡しませぬ。平家とともに海の都へ行くのです」
「馬鹿なことを!」
そう叫んだ貴一だがうかつには動けなかった。すぐに海に飛び込めば助けられるが、周りではまだ弓矢が飛び交っている、流れ矢が当たらないとは限らない。
貴一は深呼吸をすると冷静に二位尼に言った。
「時忠様より、言葉を預かっております」
「弟から?」
「はい。『京から主上を連れ出して、辛苦を与えただけでも罪深い。この上なお、現世からも主上を連れ出すおつもりか。姉上には亡き清盛公がどう思うか、よくよく考えて欲しい』と」
二位尼の身体が固まるのがわかった。そして安徳天皇の顔をのぞきこむとほほ笑んだ。
「海の都には、ばばだけで行くことにします。主上、どうかお健やかに」
二位尼は安徳天皇から離れると、海の中へ消えた――。
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