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11.壇ノ浦の戦い・平家滅亡編

第77話(1185年4月) 壇ノ浦の戦い④・救出

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(出雲水軍・貴一視点)

 熊若が建礼門院を連れてくると、安徳天皇は緊張が解けたのか、泣きながら母の元へ駆け寄っていった。平知盛は邪魔することはなく、ただ静かに見つめていた。

「知盛殿はどうする? 助けることはできないが、船なら渡せる。遠慮しなくていい。俺が御座船を壊した詫びだ」

 貴一の言葉に知盛は首を振った。

「平清盛の子に生まれ、栄枯盛衰すべて見た。もう見るべきものはない」

 御座船の前方の敵を倒した義経がこちらへ向かってきていた。
 知盛は再び、安徳天皇と抱き合う建礼門院を見てほほ笑む。

「最後に見たものが人の美しき姿で良かった――スサノオ殿、主上を頼む」

 知盛は碇を巻き付けたまま、海へ飛び込んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(源氏水軍・源義経視点)

 平家最後の親衛隊をようやく打ち破った義経の眼に映ったものは、最大の獲物の一人が海に消えていく姿だった。

「鬼一法眼! 邪魔をする気か!」

「お前がノロマなだけだ」

 あたりを見回しても、武将らしき者は誰もいなかった。
 義経は舌打ちした。

「主上をこちらに渡せ。それで許してやる」

「お断りだ。熊若、二人を船に運んでくれ。ここは俺が防ぐ。なあに、心配ないさ。あの女もいないようだし」

 熊若は天皇と建礼門院を連れて御座船の後方へ向かっていった。
 伊勢義盛が鉄棒を持って前に出るのを、義経が制止する。

「あれは化け物だ。おぬしを失いたくはない」

「ひどい言いようだな。だが、お前の判断は正しい」

「ふん、偉そうに師匠面をするな。貴様の船を討ち取ればいいだけのこと。逃げ切れると思っているのか?」

「思っているさ――そうそう、義経。師匠として褒めてやる」

「何をだ?」

「俺と同じ、思い込みを見つけたことさ。じゃあ、またな」

 鬼一法眼が去ると、義経は御座船の外の水軍に命じた。

「黒い船を追わせろ! 数は少ない。囲んで足を止めるのだ」

「黒船に近づくと水夫を殺されます!」

――そういうことか。

 義経は鬼一法眼の言葉に合点がいった。

「ならば、こちらも黒船の水夫を狙えばいいことだ! そんなこともわからぬのか!」

「そ、それが……。水夫がいないのに船が動いているのです!」

「なんだと! そんなことが――」

 義経の脳裏に備前に潜入したときに見た、動く鉄塊が浮かんだ。

――くそっ! あれもそうなのか。

 メキメキという音が激しくなり御座船が大きく傾いた。
 激しく爪を噛んだ後、義経は新たな命令を出した。

「黒船を追うのは止めよ! 平家の将とおぼしき者を捕らえるのだ――義盛、わしのことはもういい。静を助けてやってくれ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(出雲水軍・貴一視点)

 沈みゆく御座船を遠くに見ながら、貴一は一つの時代が終わったと感じた。

「もう追ってくる船もいない。水夫に櫓をこがせよ。赤間関あかまのせきに入る」

 赤間関は周防国(山口県南部)の瀬戸内海側にある港である。今まではすぐ近くに平家の軍事拠点・彦島があったため、出雲水軍が入ることができなかったが、これからは赤間関が出雲水軍の拠点になる。

――さて、あの親子をどうするか?

 建礼門院の膝で眠る安徳天皇を見て思った。

――平家の敗残兵の近くに置けば、担ぎ上げられて出雲大社国内で反乱を起こすかもしれない。かといって、周りが知らない人間ばかりというのも不安だろうしな。出雲大社に敵意の無い、天皇の顔見知りがいるといいんだけど……。

「主上を彦島へ連れて行く。前まで住んでいた屋敷があるから、とりあえずそこに住んでもらおう。それと――」

 頭に一人の顔が思い浮かんだ。

「蕨姫を彦島に呼んでくれ」
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