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12.義経謀反編
第84話(1185年9月) 蓮華の身代
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タターン! タタターン! 銃声が霧の神社に響き渡る。
熊若に言われて、義仲はすぐに引き返すよう騎馬隊に命じたが、霧の神社の門前にはすでに20名近くの兵が倒れていた。
戻ってきた騎馬兵たちも何が起こったかわかっていない様子だった。
風に流されてくる硝煙の匂いが熊若の記憶を呼び覚ます。
「あの武器は危険です。僕も前にやられました」
門から斧を持った因幡衆が出てきて、馬から落ちた木曽兵にとどめを刺していた。
「野郎! おれの家族を!」
飛び出そうとする義仲の前を熊若が塞ぐ。
「敵の誘いです――義仲様、見覚えがありませんか、あの武器を」
熊若が火縄銃を指して言った。
「スサノオが南宋行きの船に積み込んでいた物に似ているな……。だが、なぜあれを陰陽師が持っているのだ?」
「わかりません。少し様子を見ましょう。僕が突破口を見つけます」
熊若が門の付近を観察する。
門には火縄銃を持った陰陽師たちが3列横隊で待ち構えていた。
列の中央が開くと、肩の手当てを終えた安倍国道が現れた。
「元々は出雲の武器ゆえ、恐ろしさを知っているとみえる――熊若とやら、こうなってしまっては、お互いに手出しはできまい。私と取引をせぬか? 百号と引き換えのな」
「出雲の銀が欲しいのか?」
「ふん。そのような俗な物ではない。欲しいのは草薙の剣だ。持ってくれば百号を返してやろう」
義仲が笑う。
「クソ陰陽師よ、草薙の剣が海に沈んだことを知らぬのか」
「黙れ山猿。隣を見てみろ。熊若は笑ってはおらぬぞ。剣のありかを知っているのではないか?」
「僕は知らない」
国道は熊若を凝視する。
「――だが、手掛かりは知っている、そんな顔だ。時忠卿も同じ表情をしていた。よく聞け。1年だけ待ってやろう。1年後に私は百号をさらに強化するつもりだ。そうなったら、百号は人の心を完全に失うだろう」
そう言い放つと、熊若の返事を待たずに国道は門の向こうへ消えていった。
「義仲様、出雲へ戻りましょう」
「蓮華を置いていっていいのか?」
「今は方法が浮かびません。それに、あの武器のことを法眼様に知らせないと――」
義経の動向を探らせる兵だけ京に残し、熊若たちは出雲へ引き上げた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1カ月後 出雲大社・大神殿
鴨長明が居並ぶ幹部を前に、京の情報を報告していた。
「スサノオ様の予言通り、義経の挙兵は失敗に終わった。それどころか義経追討の院宣まで出ている」
義経は源頼朝追討の院宣を掲げて挙兵したが、兵が集まらないどころか、頼朝へ忠誠を示そうとする御家人が襲ってくる有様だった。結局、義経は数百騎の兵で都落ちをする。
「義経を助けてはならぬのか? もしかしたら、わしの主になっていた男かと思うと、何やら他人事とは思えぬ……」
弁慶が渋い表情でこぼした。
「心配無用だ。スサノオ様の予言では、この後、義経は奥州に落ち延びる。我らが注意すべきは、出雲大社へ庇護を求めてきた時だ。保護すれば源氏に出雲攻めの理由を与えることになる。義経が来た場合は速やかに船の乗せ国外へ出す。それがスサノオ様のご命令だ。皆もそのつもりで」
その後、義経は出雲大社国へ来ることはなく行方不明になった。噂によると摂津国大物浦(兵庫県尼崎市)から、九州へ船で向かおうとしたところ、暴風雨に会い難破したらしい。
幹部会では、義仲を南宋へ送ることも決まった。義経挙兵の顛末と安倍が持つ火縄銃について貴一に報告するためである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
鎌倉・大倉御所
中原広元は義経挙兵を知ると、慌てることなく頼朝へ大兵力で京へ向かうよう進言した。元より広元の書いた台本である。段取り通り進めるだけだった。
まず義経に頼朝追討の院宣を出させる。次に頼朝が怒ったふりをして京へ大軍を進め、院に圧力をかける。最後は義経追討のため、臨時的に全国の警察権を源氏に引き渡すよう院に要求する。交渉はすべて広元が行った。
「頼朝様。これで、守護・地頭の足掛かりができました。武家の世の第一歩です」
「うむ。だが、最後だけは読みが外れたのう」
「判官殿ほどの大駒。出雲大社が匿うと思っていたのですが、まったく動く様子はございませんでした。すぐに次の策を考えます」
「慌てずともよい。急げば事を仕損じる。それよりも今は守護・地頭を優先させよ」
頼朝は戦よりも武家の世に向けた制度作りに気を取られているようだった。しかし、広元は頭を下げながらも別のことを考えていた。
――出雲を攻められぬのなら、奥州を奪う。
熊若に言われて、義仲はすぐに引き返すよう騎馬隊に命じたが、霧の神社の門前にはすでに20名近くの兵が倒れていた。
戻ってきた騎馬兵たちも何が起こったかわかっていない様子だった。
風に流されてくる硝煙の匂いが熊若の記憶を呼び覚ます。
「あの武器は危険です。僕も前にやられました」
門から斧を持った因幡衆が出てきて、馬から落ちた木曽兵にとどめを刺していた。
「野郎! おれの家族を!」
飛び出そうとする義仲の前を熊若が塞ぐ。
「敵の誘いです――義仲様、見覚えがありませんか、あの武器を」
熊若が火縄銃を指して言った。
「スサノオが南宋行きの船に積み込んでいた物に似ているな……。だが、なぜあれを陰陽師が持っているのだ?」
「わかりません。少し様子を見ましょう。僕が突破口を見つけます」
熊若が門の付近を観察する。
門には火縄銃を持った陰陽師たちが3列横隊で待ち構えていた。
列の中央が開くと、肩の手当てを終えた安倍国道が現れた。
「元々は出雲の武器ゆえ、恐ろしさを知っているとみえる――熊若とやら、こうなってしまっては、お互いに手出しはできまい。私と取引をせぬか? 百号と引き換えのな」
「出雲の銀が欲しいのか?」
「ふん。そのような俗な物ではない。欲しいのは草薙の剣だ。持ってくれば百号を返してやろう」
義仲が笑う。
「クソ陰陽師よ、草薙の剣が海に沈んだことを知らぬのか」
「黙れ山猿。隣を見てみろ。熊若は笑ってはおらぬぞ。剣のありかを知っているのではないか?」
「僕は知らない」
国道は熊若を凝視する。
「――だが、手掛かりは知っている、そんな顔だ。時忠卿も同じ表情をしていた。よく聞け。1年だけ待ってやろう。1年後に私は百号をさらに強化するつもりだ。そうなったら、百号は人の心を完全に失うだろう」
そう言い放つと、熊若の返事を待たずに国道は門の向こうへ消えていった。
「義仲様、出雲へ戻りましょう」
「蓮華を置いていっていいのか?」
「今は方法が浮かびません。それに、あの武器のことを法眼様に知らせないと――」
義経の動向を探らせる兵だけ京に残し、熊若たちは出雲へ引き上げた。
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1カ月後 出雲大社・大神殿
鴨長明が居並ぶ幹部を前に、京の情報を報告していた。
「スサノオ様の予言通り、義経の挙兵は失敗に終わった。それどころか義経追討の院宣まで出ている」
義経は源頼朝追討の院宣を掲げて挙兵したが、兵が集まらないどころか、頼朝へ忠誠を示そうとする御家人が襲ってくる有様だった。結局、義経は数百騎の兵で都落ちをする。
「義経を助けてはならぬのか? もしかしたら、わしの主になっていた男かと思うと、何やら他人事とは思えぬ……」
弁慶が渋い表情でこぼした。
「心配無用だ。スサノオ様の予言では、この後、義経は奥州に落ち延びる。我らが注意すべきは、出雲大社へ庇護を求めてきた時だ。保護すれば源氏に出雲攻めの理由を与えることになる。義経が来た場合は速やかに船の乗せ国外へ出す。それがスサノオ様のご命令だ。皆もそのつもりで」
その後、義経は出雲大社国へ来ることはなく行方不明になった。噂によると摂津国大物浦(兵庫県尼崎市)から、九州へ船で向かおうとしたところ、暴風雨に会い難破したらしい。
幹部会では、義仲を南宋へ送ることも決まった。義経挙兵の顛末と安倍が持つ火縄銃について貴一に報告するためである。
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鎌倉・大倉御所
中原広元は義経挙兵を知ると、慌てることなく頼朝へ大兵力で京へ向かうよう進言した。元より広元の書いた台本である。段取り通り進めるだけだった。
まず義経に頼朝追討の院宣を出させる。次に頼朝が怒ったふりをして京へ大軍を進め、院に圧力をかける。最後は義経追討のため、臨時的に全国の警察権を源氏に引き渡すよう院に要求する。交渉はすべて広元が行った。
「頼朝様。これで、守護・地頭の足掛かりができました。武家の世の第一歩です」
「うむ。だが、最後だけは読みが外れたのう」
「判官殿ほどの大駒。出雲大社が匿うと思っていたのですが、まったく動く様子はございませんでした。すぐに次の策を考えます」
「慌てずともよい。急げば事を仕損じる。それよりも今は守護・地頭を優先させよ」
頼朝は戦よりも武家の世に向けた制度作りに気を取られているようだった。しかし、広元は頭を下げながらも別のことを考えていた。
――出雲を攻められぬのなら、奥州を奪う。
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