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12.義経謀反編

第83話(1185年9月) 熊若の怒り

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 仙洞御所の庭

 火を放てという、熊若の命令に木曽義仲が驚いた。

「いや、しかし、いいのか? スサノオが朝敵になるなと――」

「義仲様は僕に命を預けると言ったはずです」

「――そうだ。わしの命はおぬしのものだ」

 義仲はそう言うと、木曽騎馬隊の元へ走っていった。

「熊若様、お止めください! 朝敵になっては義経様が――」

 静御前が叫ぶ。
 源義経が静御前を見て首を振った。

「よせ、静。今の熊若の気は大きさこそ包帯女に劣るが、激しさは上回っている。そして、熊若には弱点になる者もいない……。我らでは止められぬ」

 仙洞御所の周りから火が上がるのが見えた――。



「こ、これは、どういうことだ! 院宣を持ってくれば火を放たない約束ではないか!」

 絹に包まれた書状を持ってきた安倍国道が驚いて叫ぶ。
 静御前は素早く、国道から院宣を奪った。

「義経様、目的は果たしました。行きましょう」

「判官殿! 私を、法皇を騙したのか!」

「我らではない。この燃え盛る炎は熊若の怒りだ。しっかり受け止めるといい――さらばだ、国道。静を妾にすすめてくれねば、今の義経は無かった。感謝する」

 義経は静御前を見てほほ笑むと、伊勢義盛と仙洞御所の外に消えた。
 御所内からは火を見てパニックになった女官の悲鳴が聞こえてくる。
 庭には熊若と義仲、安倍国道だけになった。

「蓮華ちゃんの身体を元に戻せ! そうすれば止めさせる」

「百号を知っているのか?」

「そんな名で呼ぶな!」

 国道は黙って熊若を見る。熊若は言葉を続けた。

「あの、忌まわしい神社も焼き払おうか」

「それは困る!――わかった。いいだろう。霧の神社に戻れば、直す方法はある。百号も帰っているだろう。だから、放火を止めさせてくれ」

「熊若、良いか?」

 熊若がうなずくと、義仲はほっとして配下に命令しに行った。
 国道が御所の内へ、大声で叫ぶ。

「手違いで火が付いただけだ! 騒ぎには及ばぬ! 女どもを静かにさせよ! 御所を囲んでいる兵は私が退かせる。輿を持って――いや、馬がいい。馬をひけ!」



 安倍国道が乗る馬の後を、騎乗した熊若、義仲、100騎の兵が続く。

「おかしな真似はするな。逃げたところで神社の場所は知っているからね――義仲様、今から行く神社には特別な力をもった者たちがいます。必ず3人以上で敵にあたるよう伝えてください」

 霧の神社が目の前に見えてくると、国道は懐から取り出した小壺を熊若に見せた。

「敵ではないことを、陰陽師たちに伝えたい。無駄な殺し合いを避けるためにな」

 熊若が承知したので、国道は地面に叩きつけて割った。青い煙が立ち昇る。
 そこから、しばらく国道は動こうとはしなかった。
 じれた熊若が言う。

「いつまで待たせるつもりだ。早く行け」

「神社は広い。門番が伝えるのに時間がかかっているのだろうよ」

 そうしているうちに神社内から青い煙が上がるのが見えた。国道がつぶやく。

「準備ができたようだ」

 国道は目を閉じると、懐から違う小壺を取り出して割った。
 閃光が辺りを包み込む。

「謀ったな!」

 国道が乗った馬が駆け出す気配を感じて熊若が叫ぶ。
 目を閉じたまま、一呼吸すると熊若が針剣を振った。

「飛剣――夜雨よさめ

 門に駆け込む国道の肩に飛針が突き刺さる。

「――くっ、なんという男だ」

 目が慣れた義仲が騎馬隊に命じた。

「あのクソ陰陽師が! 全軍突撃! 卑怯者を切り刻め!」

 雄叫びとともに騎馬隊が突っ込んでいく。

「悪い。頭にきて号令をかけちまった。なあに心配いらないさ、敵が強いといっても徒歩兵だ。騎馬兵の敵じゃない――」

 タターン!! 
 義仲が話している途中、聞きなれない音がした。
 門のほうを見ると、騎馬兵が次々と馬から落ちている。
 熊若の顔色が変わった。

「今すぐ騎馬隊を戻してください! 早くしないと全滅する!」
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