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第一章
囚われ
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ごつごつと剥きだしになった岩肌の一角に背中をあずけ、肩を並べて座り込むふたつの影がある。
彼らの手足には無骨な枷がはめられ、そこから太く重たい鎖が湿った岩肌へと伸びている。一切の光源がない暗闇の中で凍てつくほど冷たい空気にさらされた鉄格子がぐるりと彼らを囲いこんでいた。
どこからともなく、水の滴る音が響き渡る。
そんな中、アレクはひざを抱えて一晩中その音を聞いて過ごしていた。ここにきて、いったいどれほどの時間が経ったのだろうか。
座り込んだ荒削りの地面からは冷気が背筋をつき抜け、身を縮めて耐え忍ぶしかない。抱え込んだ膝の下で音もなく歩む小さな虫に気づき、アレクは小さく笑った。
「おまえはどこからやってきたんだい?」
「サフェバ虫だ。この国の固有種だな。夜になると光るって聞いたけどそいつ、全然光らないな」
アレクの視線を追いかけて笑みをこぼしたのは、隣に腰を下ろしているロイムだった。
「俺は死んだらそいつに生まれ変わりたい」
「じゃあ僕は君のつがいになるよ」
サフェバ虫から目を離さず言葉を紡いだアレクの眼差しはやわらかい。それを聞いたロイムは目元をふせて小さく笑う。
「バカだな。死んだら自由だろ。好きなところに行けばいい」
「君の隣にいたいんだよ」
「それなら好きなだけそばにいればいい。俺もおまえと離れるつもりはないからな」
嬉しそうに目元をゆるめたロイムの肩にアレクはことりと頭を乗せて寄りかかった。
右も左もわからないスタローン王国に亡命してきたアレクは、行く当てもなく食べる物さえ手に入らないまま放浪のすえ野垂れ死に寸前だった。
そんなときに出会い、アレクを救ってくれたのがロイムだ。
あのとき、ロイムが差し出してくれたひと欠片のパン。それは古くてかたいパンだったが、泣きながら口にしたあの味をアレクは一生忘れることができないだろう。
出会ってから数週間。ロイムは自分の生い立ちを話すことはなかったが、それはアレクとて同じ。互いに過去には干渉せず、ただ生きることに必死になった。
盗みをはたらいて飢えをしのぎ、あばら屋で床を共にするその日暮らしの生活。
身も心もすさむ一方で互いに体を寄せ合えば、どこかほんのりと温かいものが心に広がり明日をしのぐ力になった。
きっとロイムに見つけてもらえなかったら、とっくに死んでいたとアレクは思う。
ただ、気まぐれであったとしてもロイムは自分と関わるべきではなかった。彼との出会いは明日を生きる糧となったが、その代償は大きい。彼は見てしまったから。
「それよりもサフェバ虫が出てきたってことは、夜になったんだな」
「そう、だね」
すっと笑顔を消したロイムの表情にかげりが差し、声が少し低くなる。アレクもまた悲しげに眉を下げた。
一日を陽のささない地下牢の中で過ごす二人には時間の経過がわからない。出される食事は朝夕の二回。そのタイミングで時間を計るだけだ。
その日暮らしをしていた時に比べたら日に二食も食べれることは本来なら喜ばしいことだが、この夕食の時間だけは二人の気分を重くさせる。
「昨日はおまえだったから、今夜は俺の番だな。もう少ししたら迎えがくるだろ」
「そうだね」
ふたりは繋いだ手を固く握りしめた。
恐ろしい夜がくる。
ふたりの願いはただひとつ。どうか、今日も無事に乗りこえられますように。
彼らの手足には無骨な枷がはめられ、そこから太く重たい鎖が湿った岩肌へと伸びている。一切の光源がない暗闇の中で凍てつくほど冷たい空気にさらされた鉄格子がぐるりと彼らを囲いこんでいた。
どこからともなく、水の滴る音が響き渡る。
そんな中、アレクはひざを抱えて一晩中その音を聞いて過ごしていた。ここにきて、いったいどれほどの時間が経ったのだろうか。
座り込んだ荒削りの地面からは冷気が背筋をつき抜け、身を縮めて耐え忍ぶしかない。抱え込んだ膝の下で音もなく歩む小さな虫に気づき、アレクは小さく笑った。
「おまえはどこからやってきたんだい?」
「サフェバ虫だ。この国の固有種だな。夜になると光るって聞いたけどそいつ、全然光らないな」
アレクの視線を追いかけて笑みをこぼしたのは、隣に腰を下ろしているロイムだった。
「俺は死んだらそいつに生まれ変わりたい」
「じゃあ僕は君のつがいになるよ」
サフェバ虫から目を離さず言葉を紡いだアレクの眼差しはやわらかい。それを聞いたロイムは目元をふせて小さく笑う。
「バカだな。死んだら自由だろ。好きなところに行けばいい」
「君の隣にいたいんだよ」
「それなら好きなだけそばにいればいい。俺もおまえと離れるつもりはないからな」
嬉しそうに目元をゆるめたロイムの肩にアレクはことりと頭を乗せて寄りかかった。
右も左もわからないスタローン王国に亡命してきたアレクは、行く当てもなく食べる物さえ手に入らないまま放浪のすえ野垂れ死に寸前だった。
そんなときに出会い、アレクを救ってくれたのがロイムだ。
あのとき、ロイムが差し出してくれたひと欠片のパン。それは古くてかたいパンだったが、泣きながら口にしたあの味をアレクは一生忘れることができないだろう。
出会ってから数週間。ロイムは自分の生い立ちを話すことはなかったが、それはアレクとて同じ。互いに過去には干渉せず、ただ生きることに必死になった。
盗みをはたらいて飢えをしのぎ、あばら屋で床を共にするその日暮らしの生活。
身も心もすさむ一方で互いに体を寄せ合えば、どこかほんのりと温かいものが心に広がり明日をしのぐ力になった。
きっとロイムに見つけてもらえなかったら、とっくに死んでいたとアレクは思う。
ただ、気まぐれであったとしてもロイムは自分と関わるべきではなかった。彼との出会いは明日を生きる糧となったが、その代償は大きい。彼は見てしまったから。
「それよりもサフェバ虫が出てきたってことは、夜になったんだな」
「そう、だね」
すっと笑顔を消したロイムの表情にかげりが差し、声が少し低くなる。アレクもまた悲しげに眉を下げた。
一日を陽のささない地下牢の中で過ごす二人には時間の経過がわからない。出される食事は朝夕の二回。そのタイミングで時間を計るだけだ。
その日暮らしをしていた時に比べたら日に二食も食べれることは本来なら喜ばしいことだが、この夕食の時間だけは二人の気分を重くさせる。
「昨日はおまえだったから、今夜は俺の番だな。もう少ししたら迎えがくるだろ」
「そうだね」
ふたりは繋いだ手を固く握りしめた。
恐ろしい夜がくる。
ふたりの願いはただひとつ。どうか、今日も無事に乗りこえられますように。
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