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第一章
異変
しおりを挟むここはスタローン王国地下街。
地上にあるスタローン王国は富裕層の集まりで金回りもよく毎日を豪遊して暮らす連中ばかりだが、その一方で地下街は荒くれ者たちの無法地帯と化している。
人身売買や違法取り引き、殺人や暗殺と、金になることならなんでも請け負う闇の商売人が世界中から集う場所だ。
その一角に佇まいを構えるとある屋敷の地下牢に、こつりこつりと足音が響き渡る。
ふたりは正面にある石階段へと目を向けた。
ぼんやりとした灯りに照らされて姿を現したのは、松明と食事を乗せたトレイを手にした男。大きな体つきの、いつも食事を運んでくる男だ。その姿を捉え、アレクはそっと目を伏せた。
男はまっすぐに向かってくると牢の鍵を開け、アレクには見向きもせずにトレイを放り投げるように滑らせるとロイムの枷を外し、しゃがれた声でこう告げた。
「今夜はおまえだ」
何もいわずにゆっくりと立ち上がったロイムをアレクは泣きそうな顔で見上げる。
ガチャリと重々しい音を立てて枷が落ち、ロイムは解放された手首をさすりながらそんなアレクに視線を移して苦笑いを浮かべた。
「そんな顔するなよ。大丈夫だから」
「ロイム……」
「さっさと行け! バロン様がお待ちだ!」
だがそんなふたりに構わず、男はロイムの背中を蹴り飛ばして檻からだすと手早に鍵をかけ直し、背を向けて歩きだした。
強引に連れて行かれるロイムの背中を耐えるように見つめるアレクは、ふたりの姿が階段の奥へと消えたのを見届けて再びひざを抱えてうずくまる。
真っ暗な闇の中では吐き出す小さな息さえも耳に響くようだ。寄り添うものもなく、痛いほどの孤独が冷気と一緒に襲いかかる。
カタカタと震え始めた指先を握りしめ、アレクは祈るようにひざに額を押しつけた。
(早く帰ってきて、ロイム)
その時だ。
地下全体を揺るがすほどの振動と共に大きな爆音が上で鳴り響いた。
◇
ぱらぱらと頭上から降り落ちる粉塵をアレクは見上げる。それとほぼ同時に大勢の喚声が階段から流れてきた。
「な……なに」
「アレク!」
思わずふらりと腰を上げたアレクがハッとして目を向ければ、ロイムが血相を変えて飛ぶように階段を駆け下りてきたところだった。
「上層の警備隊が突入してきたんだ! これであいつも終わりだ!」
嬉しそうに顔を輝かせて檻に駆け寄ったロイムの手には鍵束が握られていた。ガチャガチャと鍵穴を回しながらロイムは声を躍らせる。
「いま出してやるからな!」
「それ……どうしたの」
「どさくさに紛れてあいつから奪ってきた。いまごろ警備隊に捕まってるだろうぜ。すげえ数だったからな」
「上層の警備隊は下層には手出ししないんじゃなかったの」
「ああ。暗黙のルールがあるからな。だけど間違いない。あれは警備隊だ。俺たちもいまのうちに逃げよう!」
やっと目的の鍵を見つけ、牢を開けたロイムは力強くアレクを抱き締めた。
満面の笑みを浮かべたロイムにつられてアレクも微笑みを浮かべる。その笑みは儚げでどんな女よりも美しい。ロイムはつい魅入られてしまいそうになるのをこらえ、急いでアレクの枷を外す鍵を探し始めた。
だが――
「そっちに逃げたぞ!!」
大きな叫び声とバタバタと階段を下りて近づいてくる足音に、ふたりはなにごとかと振り返る。
「はあっはあっ、畜生が! 警備隊がくるなんて聞いてねえぞ。誰かハメやがったな!」
息を切らせて悪態をつき、全身を貴金属で飾り付けた悪趣味な服装の小太りな男が、額にあぶら汗を浮かべて地下に駆け込んできたのだ。
「あいつ……」
その姿をとらえたロイムは鼻筋にしわを寄せる。
この男こそが反吐のでるような男色家であり、ふたりを毎晩地獄に突き落としていた張本人。地下街の大闇商人、バロン・メリオスである。
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