3 / 146
第一章
その手に光るもの
しおりを挟む思わず体を強張らせたふたりの前でしばし階段を見上げていたバロンは、追手が来ないことに安堵のため息をはくとゆっくりと視線を牢へ向けた。
そこには鍵束を握りしめ、アレクと向き合っているロイムの姿がある。
アレクは怯えるような表情を浮かべ、一方のロイムはにらみをきかせた好戦的な表情だ。
バロンはパンパンと汚れた衣服をはたきながら鼻先で小さく笑い、ふたりをにらみつけた。
「おいおい……てめえら何する気だ? まさか逃げるつもりじゃねえよな?」
追い詰められた野獣のような目つきで、距離をつめてくるバロンにアレクは思わず息をのむ。
「おまえはここで終わりだ。さっさと捕まりやがれ」
だがロイムはそんなバロンに怖気づくこともなく向かい合った。
「はっ、冗談だろう? おまえらを買うのにどれだけ払ったと思ってやがる? とくにそっち……アレク。おまえは俺なしじゃ生きられない。そうだよなあ?」
ねっとりとした声でバロンはにやりとした笑みを貼りつけ、舐めるような視線をアレクに向ける。そんなバロンの視線から隠すように、ロイムはふたりの間に立ちふさがった。
「てめえなんかいなくてもアレクは生きていける。俺がいるからな」
「そうかい。それじゃあ、おめえを殺せば済むじゃねえか」
階段に続くドアに鍵でもかけてきたのか、上からはドンドンッと誰かが体当たりでもしているような音が響いている。きっとバロンを追ってきた警備隊だろう。その音を聞きながらアレクは必至に心の中で叫ぶ。
(早くきて!)
「俺が可愛がりたいのは、おまえじゃなくてアレクなんだよ」
バロンは腰からすっとナイフと取り出してロイムに刃先を向けた。それを見たロイムの顔がこわばる。
「……おいおい。俺にも金を出したんだろう? 殺しちゃっていいのかよ」
「ふん。額が違うんだよ、バカが。『バレリアの呪い』にかかったアレクがおまえと同額だと思ってやがんのか? そいつをうまいこと使えば世界だって手に入るかもしれねえんだ。面倒くせえ正義感なんざ捨ててさっさとよこすんだな」
「断る」
ロイムが答えるや否や、はなから答えなんぞ聞く気もなかったのか、バロンは一瞬で間合いをつめ、ロイムの体にナイフを突き出した。だが読んでいたようにロイムは軽やかにステップを踏んでナイフをかわし、遠心力を利用しつつ体を回転させて力強くバロンの手元を蹴り上げた。
「うっ……」
キン……と硬質な音を立ててナイフが地面に落ちる。バロンは悔しげに顔を歪ませて手首を押さえ、その場にうずくまった。
「もうちょいマシな武器を持って逃げるんだな」
憎々しい視線を向けるバロンを一瞥(いちべつ)して鼻で笑うと、ロイムはアレクに向き直って得意げな笑みを浮かべた。その笑顔を見たアレクはホッと肩の力を抜く。
「無事でよかった……」
「これくらいのことは、ここじゃ日常茶飯事だからな。あった……これだな」
鍵束の中から目当ての鍵を見つけたロイムがアレクの手を取り、鍵穴に差し込んで軽く回すと、枷は重い音を立てて地に落ちた。
そのとき階段の奥から爆音が聞こえて扉の破片が地下にはじけ飛び、続いて雪崩のような足音が近づいてくるのがアレクの耳に入る。
ついに警備隊がドアを破壊し地下に突入してきたのだ。これでやっと解放される。アレクは安堵と共に目を輝かせた。
「よかった……」
手に松明を掲げ、ぞくぞくと階段から姿を現す警備隊にホッと息をつくと、こつんと肩に額が押しつけられた。
「ああ……ほんとに……よかった。これでおまえは自由だ」
苦し気に言葉を切らしながら寄りかかるロイムに、アレクは首をかしげる。
「ロイム? どうかした……」
どうかしたの。
その言葉を最後まで繋げることはできなかった。なぜなら、ロイムの肩越しにバロンのにやりとした笑みを見つけたから。
「おまえにはやらねえ」
真っ直ぐにアレクを見据えるバロンの瞳は、時折紫色の光を放ちながら獰猛な色を宿してギラギラと輝いた。そんな視線にとらわれたアレクは思わず息を止めて目を見開く。
さっきまで牢の入り口で崩れ落ちていたのに、一体いつの間にこんなに近くにきていたのか。
そんなアレクに構わず、にやりとした笑みを貼りつけたまま、バロンはグッとロイムの背中を押すようにさらに体を密着させた。
正面からロイムを抱きとめる形でその重みを受けたアレクは、思わず後ろによろめき、慌ててその場に踏みとどまる。
「バロン・メリオスだな。おまえには人身売買、その他多くの犯罪の容疑がかかっている。抵抗はするな」
凛とした声が地下牢に響き渡る。ハッとして視線を向ければ、すでに大勢の警備隊が牢を取り囲み、皆一様にアレクたちを注視している。
その中から一歩前へ進み出たのは、群青色の髪に同じ瞳の色を持つ、まだ若い青年だった。
ひとりだけ格式の高そうな制服を身にまとい、胸にはいくつかの勲章が飾りつけれている。まだ若いが、おそらくこの青年が隊長格なのだろう。
バロンは小さく舌打ちをすると、参ったというように両手を上にあげて警備隊に向き直った。
だが――
「はいはい。おっと、ちょっと待てよ。忘れものだ」
ゆっくりと上げた手を下ろしたバロンは、楽し気に笑いながらロイムの背中に手を伸ばし……ズシャッという濡れたような音を立てて何かを引き抜いた。
「くくく」
気でも触れたような笑い声を上げて、ふらつくように一歩あとずさったバロンの手には、柄(つか)の部分までどろりとした血で赤黒く染まった大型ナイフ。
それを目にしたアレクはこぼれそうなほど目を見開いた。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる