アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第一章

言葉の裏で告げる想い

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「え……」

 思わず言葉を失ってナイフに釘付けになったアレクの前で、バロンはこともなげにナイフを地面に放り投げると、両手を広げてうっとりとした表情を浮かべ、演説でもする政治家のように朗々と語り始めた。

「こいつは特注品でな。体に差し込むと刃が開いて内臓を切り開く。ついでに俺が細工した猛毒も仕込んであるから、刺されたら助かる可能性は……ゼロだ」

「取り押さえろ!」

 再び青年の号令がとどろき、今度こそバロンは数名の警備兵によって地面に押さえつけられた。だがバロンは顔を地面にこすりつけながらも、愉快そうに笑い声をあげ続けている。

「うそだ……ロイム……ロイム?」

 なんとも耳障りなバロンの狂った笑い声を聞きながら、アレクは首を横に振る。ロイムの背中に回した手が、どろりとした何かで濡れる。どくどくと脈打ち、絶え間なく指の間を流れていく生暖かい何か。

「う……うそ……」

「ア…レク……」

「ロイム!」

 耳元で呻くように聞こえた小さなかすれ声。

 悲鳴のような叫び声をあげたアレクの瞳から、思わず涙がこぼれ落ちた。

 ロイムの体が大きく傾き、がくりとひざが折れる。のしかかった重みに耐え切れず、アレクは一緒にその場に倒れ込んだ。

 地面に転がったロイムの体を青ざめて見つめ、アレクは這うようにしてロイムのもとへたどり着くと、すがりついた。

「ロイム……ロイム!」

 ぼろぼろと涙をこぼして名前を呼び続けるアレクに、ロイムはやわらかな目を向けて小さく笑う。その口元からは一筋の鮮血が流れ落ちた。

「おまえが……無事で…よか…た」
 
「やだ……やだ…」

 駄々をこねる子供のように首を振るアレクの背中に、ロイムは震える手をまわす。

「ここでさよなら……みたいだな」

 なだめるように、ぽんぽんとアレクの背中を叩くロイムの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。

「アレク……俺のことは忘れろ。俺は……おまえのその目に魅入られただけだ。本当は……おまえのことなんか、好き…じゃない」

 苦しげに歪んだ表情で、ぽつりぽつりとそう言ったロイムをアレクは涙で滲む瞳で見つめる。その瞳はアメジストの輝きを放つ紫色の瞳。

 その光を反射したようにアレクを見つめるロイムの目もまた、時折紫色に輝いた。

 これがアレクにかけられた『バレリアの呪い』。その瞳にとらわれた者は否応がなしに魅了され、恋焦がれる。

 これは呪いだ。アレクの瞳に魅了され、恋焦がれていると思いこんでいるだけ。

「おまえなんか……大嫌いだ」
 
 それはアレク自身、嫌というほど理解している。ロイムと目が合ってしまったあの日。彼は呪いにかかってしまった。何度好きだと囁かれても、すべてはこの呪いの上に作られた偽物でしかない。

 だけど。

 頬に涙を伝わせながらそう告げたロイムの瞳は、言葉と裏腹に優しさに満ち溢れたもので。

 口元に小さく笑みを浮かべたロイムの目からは、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 好きで好きで仕方なくて。ずっと傍にいたかった。だけどもうそれは叶わないから。紡ぐ言葉は真逆のもの。

「だから、早くいっちまえ……」

 最後にぽんとアレクのあたまに手を置いたロイムの腕がするりと地面にすべり落ち、光を失った瞳がゆっくりと閉ざされる。

 アレクはロイムの頬に手を伸ばすと困ったように小さく笑って涙をこぼし、優しくキスを落とした。

「うそつき」

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