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第一章
プレゼント
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「例の件について、あらかた調べがつきました」
「聞こう」
「まず『バレリアの瞳』に対応するすべですが、策は講じられそうです。あれも魔術のひとつであることに変わりはなく、『魔抗壁』によって影響を防げます」
「バレリアの呪い」についての書物はそのほとんどがウォーク王によって焚書されたが、過去に確認された魔術や魔法といった類の対応策については王国図書館に記録として保管されている。
禁書として保管されているそれは、閲覧するためにいくつもの申請を行い、審査を経てやっと閲覧が許される。そこまでにかかる時間が最短で三日。
申請内容に不備があったり信用に足りないもの、緊急性を問われないものについては延々と許可が先延ばしになることも多い。
信用性の高いものとしては王命に従事するもの、城の守りを固める騎士団、公爵家などの高級貴族、次いで警備隊の順となる。
ロナルドに命じてから今日で三日。
「バレリアの呪い」のことは伏せて閲覧するように命じたのだが、警備隊の申請など鼻先であしらわれるのが当たり前である中で、最短期間で閲覧を取りつけたその手腕は副隊長としてさすがとしかいいようがない。
「マジックシールドか」
「はい。バレリアの呪いは一度影響下に入ってしまうと術者が死ぬまで解けることはありませんが、その手段さえ講じればそれほど恐れるものではありません」
「だがマジックシールドは一介の人間には扱えない魔法だ。魔法をふたつ以上同時に行使できる人間などはそれこそ数が限られている。まさか常にマジックシールドを張って歩く人間がいるはずもないしな」
「そうですね。ですがこれで、隊長はアレクと安心して対面できるのではありませんか」
「そうだな」
ロナルドの目尻が下がり、マーリナスも思わず小さな笑みを浮かべる。
彼とて好きで呪いにかけられたわけではないだろう。他者を巻き込まないようにと殻に閉じこもって常にうつむき、部屋でひとり時間を過ごすアレクにマーリナスは心を痛めていた。
せめて、まともに顔を見て話せるすべはないだろうか。そう思い調べさせたが、これでようやくその問題は解決しそうだ。
「これはわたしからのプレゼントです」
思わず顔がほころんだマーリナスの前に、ロナルドは上着の内ポケットから小さな箱を取り出して机の上に置いた。
ビロード張りのその箱を手に取って蓋を開けてみると、中には漆黒の宝石がついたペンダントが収められているのが目に入る。
「これは?」
「魔道具です。この中には魔法がこめられており、身につけていれば自動的にマジックシールドが発動するという代物です」
「おまえには本当にあたまが下がるな。ありがとう。大切に使わせてもらう」
マジックアイテムは高級品だ。副隊長といえども安月給の警備隊では、購入をためらうほどの額である。
ロナルドは朝早くに王国図書館に行って文書を確認し、その足で魔道具屋におもむいてくれたのだろう。
その気遣いに心より感謝を込めて、マーリナスは端正な顔に笑顔を浮かべた。
マーリナスとロナルドは幼い頃よりの馴染みで、気心の知れた間柄だ。互いのことはいわずともわかる。かゆいところに手が届くとは、まさにこういうことだろう。
「わたしとおそろいということには、目をつぶってくださいね」
そう言って、ロナルドはシャツの襟元からペンダントを取り出して、茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。その手には箱の中の宝石と同じものがあった。
「これでわたしもアレクと接することができます。あなたは何かと忙しい。様子を見に行くことくらいは、わたしにもできますから。気にかかることがあれば何でもお申し付けください」
「本当に、おまえという奴は」
ここに至ってはもう、マーリナスは苦笑するほかなかった。
「助かるよ。メリザに見張らせるだけでは少々不安だったからな」
「男同士の方が話しやすいこともあるでしょう。これからは、わたしも定期的にアレクの様子を見に行きます」
「ああ、頼む」
「そして、もうひとつ頼まれていたことですが」
ペンダントをシャツの中にしまったロナルドの表情が引きしまる。
「スタローン王国内の貴族に行方不明者の届けはでていませんでした」
「他国はどうだ」
「そこは現在も調査中です。アレクの風貌と合致する貴族の行方不明者を絞り込んでいますが、他国の情報収集には時間がかかります。もう少し時間をください」
「わかった。引き続き調査を頼む」
「はい」
ここ数日、マーリナスがアレクと接した時間は実に少ない。だがそれでも、いくつかの情報を彼から手にすることはできた。
そのひとつがテーブルマナーだ。
身寄りのない子供たちは、身分もなく食事は盗んだもので得るのがほとんど。指導する保護者をもたず、礼儀作法とはかけ離れた生活を送る。
だがアレクは違った。
出されたカトラリーを質問ひとつせずに、優雅に使いこなす。オードブルからデザートに至るまですべてだ。
音も立てずに食すその姿は気高く優雅なものであり、一朝一夕で身につくものではない。
その佇まいからアレクを貴族の出身と踏んだマーリナスは、貴族の中で行方不明者がいないか探らせていた。
誘拐の類でないとすれば、爵位剥奪か没落といった可能性もある。アレクが出自を隠したことを考えると、何か事情でもあるのだろうか。
「聞こう」
「まず『バレリアの瞳』に対応するすべですが、策は講じられそうです。あれも魔術のひとつであることに変わりはなく、『魔抗壁』によって影響を防げます」
「バレリアの呪い」についての書物はそのほとんどがウォーク王によって焚書されたが、過去に確認された魔術や魔法といった類の対応策については王国図書館に記録として保管されている。
禁書として保管されているそれは、閲覧するためにいくつもの申請を行い、審査を経てやっと閲覧が許される。そこまでにかかる時間が最短で三日。
申請内容に不備があったり信用に足りないもの、緊急性を問われないものについては延々と許可が先延ばしになることも多い。
信用性の高いものとしては王命に従事するもの、城の守りを固める騎士団、公爵家などの高級貴族、次いで警備隊の順となる。
ロナルドに命じてから今日で三日。
「バレリアの呪い」のことは伏せて閲覧するように命じたのだが、警備隊の申請など鼻先であしらわれるのが当たり前である中で、最短期間で閲覧を取りつけたその手腕は副隊長としてさすがとしかいいようがない。
「マジックシールドか」
「はい。バレリアの呪いは一度影響下に入ってしまうと術者が死ぬまで解けることはありませんが、その手段さえ講じればそれほど恐れるものではありません」
「だがマジックシールドは一介の人間には扱えない魔法だ。魔法をふたつ以上同時に行使できる人間などはそれこそ数が限られている。まさか常にマジックシールドを張って歩く人間がいるはずもないしな」
「そうですね。ですがこれで、隊長はアレクと安心して対面できるのではありませんか」
「そうだな」
ロナルドの目尻が下がり、マーリナスも思わず小さな笑みを浮かべる。
彼とて好きで呪いにかけられたわけではないだろう。他者を巻き込まないようにと殻に閉じこもって常にうつむき、部屋でひとり時間を過ごすアレクにマーリナスは心を痛めていた。
せめて、まともに顔を見て話せるすべはないだろうか。そう思い調べさせたが、これでようやくその問題は解決しそうだ。
「これはわたしからのプレゼントです」
思わず顔がほころんだマーリナスの前に、ロナルドは上着の内ポケットから小さな箱を取り出して机の上に置いた。
ビロード張りのその箱を手に取って蓋を開けてみると、中には漆黒の宝石がついたペンダントが収められているのが目に入る。
「これは?」
「魔道具です。この中には魔法がこめられており、身につけていれば自動的にマジックシールドが発動するという代物です」
「おまえには本当にあたまが下がるな。ありがとう。大切に使わせてもらう」
マジックアイテムは高級品だ。副隊長といえども安月給の警備隊では、購入をためらうほどの額である。
ロナルドは朝早くに王国図書館に行って文書を確認し、その足で魔道具屋におもむいてくれたのだろう。
その気遣いに心より感謝を込めて、マーリナスは端正な顔に笑顔を浮かべた。
マーリナスとロナルドは幼い頃よりの馴染みで、気心の知れた間柄だ。互いのことはいわずともわかる。かゆいところに手が届くとは、まさにこういうことだろう。
「わたしとおそろいということには、目をつぶってくださいね」
そう言って、ロナルドはシャツの襟元からペンダントを取り出して、茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。その手には箱の中の宝石と同じものがあった。
「これでわたしもアレクと接することができます。あなたは何かと忙しい。様子を見に行くことくらいは、わたしにもできますから。気にかかることがあれば何でもお申し付けください」
「本当に、おまえという奴は」
ここに至ってはもう、マーリナスは苦笑するほかなかった。
「助かるよ。メリザに見張らせるだけでは少々不安だったからな」
「男同士の方が話しやすいこともあるでしょう。これからは、わたしも定期的にアレクの様子を見に行きます」
「ああ、頼む」
「そして、もうひとつ頼まれていたことですが」
ペンダントをシャツの中にしまったロナルドの表情が引きしまる。
「スタローン王国内の貴族に行方不明者の届けはでていませんでした」
「他国はどうだ」
「そこは現在も調査中です。アレクの風貌と合致する貴族の行方不明者を絞り込んでいますが、他国の情報収集には時間がかかります。もう少し時間をください」
「わかった。引き続き調査を頼む」
「はい」
ここ数日、マーリナスがアレクと接した時間は実に少ない。だがそれでも、いくつかの情報を彼から手にすることはできた。
そのひとつがテーブルマナーだ。
身寄りのない子供たちは、身分もなく食事は盗んだもので得るのがほとんど。指導する保護者をもたず、礼儀作法とはかけ離れた生活を送る。
だがアレクは違った。
出されたカトラリーを質問ひとつせずに、優雅に使いこなす。オードブルからデザートに至るまですべてだ。
音も立てずに食すその姿は気高く優雅なものであり、一朝一夕で身につくものではない。
その佇まいからアレクを貴族の出身と踏んだマーリナスは、貴族の中で行方不明者がいないか探らせていた。
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