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第一章
共同生活
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「僕はいったはずです。バレリアの呪いにかけられていると。それは嘘じゃない」
「わかっている」
「それではなぜ、そんなことをいうのですか。僕と一緒に暮らせばあなたにも危険が伴うのですよ」
「承知の上だ。だがきみは保護区で暮らすことはできない。そしてここにもずっといることはできない。そしてこれが一番重要なことだが、その呪いの恐ろしさを知っているからこそ、きみを監視下に置く必要性がある。悪いが保護区で暮らせないからといって、きみを自由にしてやるわけにはいかない」
マーリナスのいうことはもっともだった。こんな危険因子を放置することなど、一国の警備隊として許されるはずがない。
「あなたになにがあっても僕は責任をとれません」
「見くびるな。自分が決めた行動の責任は自分でとる」
マーリナスの真摯な態度にアレクはそれ以上、異論を唱えることができなかった。
確かに彼のいうとおり、ひとりで放浪してまたロイムのような犠牲者を出してしまうよりは、警備隊長の監視下に置かれた方が周囲の人間に害が及ばないかもしれないと考えたからだ。
危険が伴うことに変わりはないが、警備隊長であるマーリナスがそこまでいうのだし、きっと呪いを懸念して自分を避けて通るだろう。それなら少しは安心できるかもしれない。
そこまで考えをまとめたアレクは、こくりと首を縦に振った。
そうしてバレリアの呪いにかけられたアレクと、スタローン王国第一警備隊長のマーリナス・シュベルツァとの共同生活が始まったのである。
決められたルールはふたつ。
ひとつ、外出するときは必ずマーリナスが同行すること。
ふたつ、食事どきは決して目を合わせないように隣り合わせの席でとる。そうすれば互いの視線が同一方向に向かい、視線が交わる可能性が少ないからだ。
だがそれよりも食事の時間をずらしたほうが安全だとアレクは提案したが、それは却下された。
マーリナスは当然のことながら毎日警備隊の駐屯地に出向く。朝は自宅にいるが夜は遅くなることが多い。
つまり共同生活といっても顔を合わせるタイミングが朝食どきくらいしかないのだ。
監視下に置くといっても、アレクはまだ未成年の十五歳。対してマーリナスは二十三歳の成人だ。どちらかといえば保護というほうが正しいのだろう。
そのためか、顔を合わせる時間は必ずとる必要があるといってきかなかった。
それはアレクにとって予想外のことであったが、視線を合わせないように緊張感を持ちつつも、誰かと肩を並べて食事をとるという懐かしい感覚に、ほんのりと心が温まるのを感じずにはいられない。
それも呪いにかかっていない人間と一緒に食事をとれるなんて。目など合わせなくても、ただそれだけでアレクは喜びを感じることができた。
「なぜか、きみからは花のような香りがするな」
そんなことをマーリナスが口にしたのは、共同生活を始めてから数日後のこと。
小鳥のさえずりが新たな一日を祝福するようにうたう中、窓から差しこむ清々しい朝日がダイニングテーブルに肩を並べるふたりを照らしだす。
ここにきて久しぶりのシャワーを浴びて積もった汚れを落としたアレクの髪は、すさんだススキ色からもとの艶を取り戻して白金色に輝きたち、陶磁器のように滑らかな白肌の上には天使とみまがうばかりの儚くも美しい顔立ちをあらわにした。
バレリアの呪いなどなくても、この風貌に魅入られる人間はごまんといることだろう。
その隣の席に腰を下ろし、ほのかに甘く瑞々しい香りが鼻腔をかすめることに気がついたマーリナスは、皿の上のムニエルに視線を落としたまま、なにげなくそう口にしたのだが。
ガシャンッ……
不意に隣から聞こえたその音に、マーリナスは思わず息を飲んだ。
アレクの顔を振り向きたくなる衝動にかられつつ、なんとか押しとどまり、テーブルの上に乗ったアレクの手に視線を向けると、よどみなく使いこなしていたカトラリーを取り落とし、握りしめた手が小刻みに震えているのが目に入る。
「どうした」
「……なんでもありません」
表情を見ることはできないが、これは明らかな動揺だ。
その後、逃げるように朝食を切り上げて部屋へ戻っていったアレクの背中を見届け、マーリナスは静かにカトラリーを置くと小さくため息をついた。
「メリザ」
「はい」
メリザと呼ばれて奥からでてきたのは、癖のある淡い栗毛色の髪を赤いリボンでまとめたエプロン姿の女性で歳は二十八。この家に仕えている使用人だ。
それと同時にアレクの行動を見張らせており、定期的にマーリナスに報告を入れるようにいいつけてある。
「アレクは庭先にでることがあるのか」
「いいえ、ありません。一日中部屋で過ごしていらっしゃいます」
「ではあの香りはなんだろうな。だいぶ動揺していたようだが」
「アレク様のお部屋には出入りすることが禁じられておりますので、お花なども生けておりません。香りのつくような物はないはずですが」
「そうか。ではそろそろ行ってくる。今日もよろしく頼む。くれぐれもアレクに接近するな」
「はい。重々承知しております」
恭しくあたまを下げたメリザに後を任せ、マーリナスは壁時計の針を確認すると席を立った。
そろそろロナルドに頼んでいた件について報告が上がってくるころだ。
その予想は正しく、マーリナスが隊長室の椅子に腰を下ろしてて間もなく、ロナルドが部屋を訪れた。
「わかっている」
「それではなぜ、そんなことをいうのですか。僕と一緒に暮らせばあなたにも危険が伴うのですよ」
「承知の上だ。だがきみは保護区で暮らすことはできない。そしてここにもずっといることはできない。そしてこれが一番重要なことだが、その呪いの恐ろしさを知っているからこそ、きみを監視下に置く必要性がある。悪いが保護区で暮らせないからといって、きみを自由にしてやるわけにはいかない」
マーリナスのいうことはもっともだった。こんな危険因子を放置することなど、一国の警備隊として許されるはずがない。
「あなたになにがあっても僕は責任をとれません」
「見くびるな。自分が決めた行動の責任は自分でとる」
マーリナスの真摯な態度にアレクはそれ以上、異論を唱えることができなかった。
確かに彼のいうとおり、ひとりで放浪してまたロイムのような犠牲者を出してしまうよりは、警備隊長の監視下に置かれた方が周囲の人間に害が及ばないかもしれないと考えたからだ。
危険が伴うことに変わりはないが、警備隊長であるマーリナスがそこまでいうのだし、きっと呪いを懸念して自分を避けて通るだろう。それなら少しは安心できるかもしれない。
そこまで考えをまとめたアレクは、こくりと首を縦に振った。
そうしてバレリアの呪いにかけられたアレクと、スタローン王国第一警備隊長のマーリナス・シュベルツァとの共同生活が始まったのである。
決められたルールはふたつ。
ひとつ、外出するときは必ずマーリナスが同行すること。
ふたつ、食事どきは決して目を合わせないように隣り合わせの席でとる。そうすれば互いの視線が同一方向に向かい、視線が交わる可能性が少ないからだ。
だがそれよりも食事の時間をずらしたほうが安全だとアレクは提案したが、それは却下された。
マーリナスは当然のことながら毎日警備隊の駐屯地に出向く。朝は自宅にいるが夜は遅くなることが多い。
つまり共同生活といっても顔を合わせるタイミングが朝食どきくらいしかないのだ。
監視下に置くといっても、アレクはまだ未成年の十五歳。対してマーリナスは二十三歳の成人だ。どちらかといえば保護というほうが正しいのだろう。
そのためか、顔を合わせる時間は必ずとる必要があるといってきかなかった。
それはアレクにとって予想外のことであったが、視線を合わせないように緊張感を持ちつつも、誰かと肩を並べて食事をとるという懐かしい感覚に、ほんのりと心が温まるのを感じずにはいられない。
それも呪いにかかっていない人間と一緒に食事をとれるなんて。目など合わせなくても、ただそれだけでアレクは喜びを感じることができた。
「なぜか、きみからは花のような香りがするな」
そんなことをマーリナスが口にしたのは、共同生活を始めてから数日後のこと。
小鳥のさえずりが新たな一日を祝福するようにうたう中、窓から差しこむ清々しい朝日がダイニングテーブルに肩を並べるふたりを照らしだす。
ここにきて久しぶりのシャワーを浴びて積もった汚れを落としたアレクの髪は、すさんだススキ色からもとの艶を取り戻して白金色に輝きたち、陶磁器のように滑らかな白肌の上には天使とみまがうばかりの儚くも美しい顔立ちをあらわにした。
バレリアの呪いなどなくても、この風貌に魅入られる人間はごまんといることだろう。
その隣の席に腰を下ろし、ほのかに甘く瑞々しい香りが鼻腔をかすめることに気がついたマーリナスは、皿の上のムニエルに視線を落としたまま、なにげなくそう口にしたのだが。
ガシャンッ……
不意に隣から聞こえたその音に、マーリナスは思わず息を飲んだ。
アレクの顔を振り向きたくなる衝動にかられつつ、なんとか押しとどまり、テーブルの上に乗ったアレクの手に視線を向けると、よどみなく使いこなしていたカトラリーを取り落とし、握りしめた手が小刻みに震えているのが目に入る。
「どうした」
「……なんでもありません」
表情を見ることはできないが、これは明らかな動揺だ。
その後、逃げるように朝食を切り上げて部屋へ戻っていったアレクの背中を見届け、マーリナスは静かにカトラリーを置くと小さくため息をついた。
「メリザ」
「はい」
メリザと呼ばれて奥からでてきたのは、癖のある淡い栗毛色の髪を赤いリボンでまとめたエプロン姿の女性で歳は二十八。この家に仕えている使用人だ。
それと同時にアレクの行動を見張らせており、定期的にマーリナスに報告を入れるようにいいつけてある。
「アレクは庭先にでることがあるのか」
「いいえ、ありません。一日中部屋で過ごしていらっしゃいます」
「ではあの香りはなんだろうな。だいぶ動揺していたようだが」
「アレク様のお部屋には出入りすることが禁じられておりますので、お花なども生けておりません。香りのつくような物はないはずですが」
「そうか。ではそろそろ行ってくる。今日もよろしく頼む。くれぐれもアレクに接近するな」
「はい。重々承知しております」
恭しくあたまを下げたメリザに後を任せ、マーリナスは壁時計の針を確認すると席を立った。
そろそろロナルドに頼んでいた件について報告が上がってくるころだ。
その予想は正しく、マーリナスが隊長室の椅子に腰を下ろしてて間もなく、ロナルドが部屋を訪れた。
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