アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
11 / 146
第一章

呪いの代償

しおりを挟む
「なんでもありません」

「そんなはずがないだろう」

 だがアレクは額に湿った汗を浮かべたまま押し黙ったままだ。

 マーリナスは深く息をつくとアレクを横にして抱え上げた。その時また、ふわりとした甘い花の香りが鼻腔をかすめる。

「な……何をするのですか!」

「ベッドまで運ぶ。そのあとは医者を連れてくる」

「自分で歩けます!」

「立っているのもつらそうだが」
 
 あわててマーリナスの首にしがみついたアレクは目を白黒させて叫んだが、マーリナスは顔色ひとつ変えずに淡々といってのけると足早にアレクを抱えたままベッドに移動し、いたわるようにそっと横たわらせた。

「じ……自分で歩けるといったではありませんか」

 口元を押さえて耳まで赤く染め、恥ずかしそうに顔をそむけたアレクにマーリナスは思わず微笑みを浮かべる。

 確かにいくらアレクが女性とみまがうばかりの美貌の持ち主だとしても男なのだ。同性に抱きかかえられるなど、プライドに関わるのかもしれない。

「そう恥ずかしがるな。具合が悪いのだから仕方がないだろう。医者を呼んでくるから寝ていろ、いいな?」

 くすくすと笑いながら立ち上がったマーリナスの袖をアレクはあわててつかみとめる。一度背を向けたマーリナスは少し驚いたように振り返った。

「ん? どうした」

「医者は……必要ありません」

「だが……」

「これがバレリアの呪いなのです」

「なんだと?」

 マーリナスの眉がぴくりと跳ね上がる。

 バレリアの呪いについて、多くの情報は焚書ふんしょと共に失われた。瞳の他にまだ何かあるというのか。

 マーリナスは緊張に顔をこわばらせ、問いかける。

「どういうことだ」

「バレリアの呪いについて有名なのは、この瞳に魅入られたものが死ぬまで心を奪われるというものですが、実はその呪いを宿したものには代償がつくのです」

 禁術に代償はつきもの。それは魔法や魔術を学んだことがあるものならば、誰でも知っていることだ。

 術の効果が高ければ高いほどその代償は高く、かつて永遠の美を求めた美姫が毎日若い娘の生き血を飲み続けなければ、即座に灰としてしまう代償を受けたというのは有名な話である。

 それほど魔術というものは恐ろしく、三代前のウォーク王はバレリアの呪いによる紛争をかえりみて魔術を廃止とした。そのため、いまでは魔術師というものは存在しない……はずだったのだが。

「バレリアの呪いの代償か。聞くのが恐ろしいな。だがきみを保護している以上、聞かないわけにもいかないだろう。わたしにできることがあれば力になろう。話してくれ、アレク」

 マーリナスはベッドサイドに腰を下ろすと、深い海底のような群青色の瞳をまっすぐにアレクに向けた。そこに恐怖の色はなく、ただアレクを心配しているように見える。

 アレクはしばらくの間、躊躇うようにその瞳を見つめていたが、ひとつ大きく息を吸うと意を決したように口を開いた。

「僕はこの身に愛を受けないと死んでしまうんです」

 マーリナスは返す言葉がなかった。驚いた……というのも、もちろんあるが正直にいってその言葉の意味が理解できなかったからだ。

「すまない……つまりそれは、どういう意味なのだ?」

 真顔でたずねたマーリナスにアレクは再び顔を赤らめる。

「つまりその……愛情表現ということです。男女間でおこなうような……」

「男女間でおこなう愛情表現? それはあれか、キスとかそういった……」

 茫然としてさらに言葉を重ねるとアレクは湯気でもでそうなほど顔を赤らめた。それが肯定の意思表示であると悟ったマーリナスは思わず口元を押さえこんで顔をそむけると、ぼそりとつぶやいた。

「まいったな」

 男女間でも挨拶代わりに頬にキスをすることはあるが、仕事一筋で生きてきたマーリナスには口づけの経験がなかった。さきほどアレクの美貌に心揺さぶられたばかりだというのに、意識した途端に再び胸の鼓動が強くなり始めたことにマーリナスは動揺を隠しきれない。

「すみません」

「いや、きみが謝る必要はない」

 アレクとて好きでこのようなことになったわけではない。これが呪いの代償というなら、仕方のないことだと理解はできるのだが。

 動揺するマーリナスの前で、アレクの顔がすっと血の気を失っていく。

「おい……大丈夫か」

「もう三日誰からも受けていなかったので、そろそろ限界みたいです」

 青ざめた額を汗で湿らせ、力なく笑ったアレクにマーリナスは息をのむ。薔薇がほころんだような赤い唇は、いまや顔と同じように血の気を失って青みがかっている。このままでは本当に死んでしまいそうだ。

 こくりとのどを鳴らして意を決するとマーリナスは口を開いた。

「目をとじろ」

 意識が朦朧とし始めたアレクは、まぶたの重みに引きずられるように目をとじた。緊張した面持ちでマーリナスがベッドに腕をつくと、ぎし……とスプリングが軋む音を立てる。眼下で眠るように目をとざしたアレクの顔はこの世のものとは思えぬほど美しい。その顔に近づきながら壊れそうなほど高鳴る胸の鼓動を抑えつけ、マーリナスはそっと唇を重ね合わせた。
  
「……これでどうだ。大丈夫そうか」

 ほんの数秒重ね合わせた唇を離してマーリナスが問いかけると、アレクは目をとじたまま「はい」と消え入りそうな声で答え、静かな寝息を立て始めた。

「寝たか」

 マーリナスは安堵の息をはく。心臓は未だに壊れそうな程はやく、元通りになるにはしばらく時間がかかりそうだ。

 それでも寝息を立てるアレクの顔色は徐々に赤みを取り戻し、しばらくすると先ほどの病的な青さは見る影もなくなった。効果が現れたのだろう。

「三日でこれとは……」

 症状が落ち着いたことに安堵しつつも、マーリナスはあたまを抱えながらアレクの部屋をあとにしたのだった。
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...