アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第二章

バロンの行方

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「ま、待て。怪しいものじゃない」

 そう返しつつ、ロナルドは先ほど不審な男がいた場所に視線を向ける。だが、そこにはもう男の姿は見当たらなかった。ということは、この男が先ほどの人物なのだろう。一体いつの間に後ろにまわられたのか。

 その見事な動きに内心感服する思いのロナルドだったが、それと同時にある予想があたまをよぎる。すぐさま首を切らなかったその行動原理に思い当たるものがあったからだ。

 悪人がのさばるこの地下街で殺人など日常茶飯事のことなのに、死体を増やすことに気を遣う人間など思い当たるのはひとつしかない。

 だからロナルドは冷静に口を開いた。

「地下にすくうネズミはなにか」

 ロナルドの言葉に背後を取る男の手が一瞬ぴくりと反応する。

「……灰色の大ネズミ」

 男はそう返すと同時にナイフを下ろし、ロナルドに向き直った。

「これは失礼した。本作戦の同士であったか。わたしはベローズ王国警備隊、トマス・レンジという。追跡班だ」

 別働隊と同時捜査に動く場合、必ず合い言葉が定められる。

 先ほどの隙のない動作や瞬時に背後を取る見事な立ち回りに、もしやと思って合い言葉を口にしてみたが予想は当たっていたらしい。

 ロナルドはほっと肩の力を抜く。

「いえいえ。見事な動きに感服いたしました。わたしはスタローン王国第一警備隊副長、ロナルド・ハーモンドと申します。バロンの屋敷を見張っていたのですが、裏手に回ろうと思い遠回りをしていたところです。追跡班といういと、アレクを追ってきたのですね。この辺りなのですか?」

「副隊長殿でしたか。それは重ね重ね失礼をお許しください。実は……」

 ことのあらましを聞いたロナルドはしばし思案にふける。彼の予想通りモーリッシュのアジトは近いはずだ。追跡班だけで場所を特定できればいいが……念のため手は打っておくべきだろう。

「わたしはこのままバロンの屋敷に向かいます。そうですね、半日ほどしたらこの場所に戻ってきます。そのときまた合流しましょう」

「了解しました。お気をつけて」

 ロナルドは小さくうなずくと、素早く移動を開始した。細い路地裏を闇にまぎれ身をひそめながら進み、そしてようやく目的のバロンの屋敷裏手にたどり着いたロナルドは周囲を見渡しながら再び首をひねる。

「静かだな……」
 
 裏手側もまた小道に面しているが、ひとの気配がまったくない。表にも見張りはいないように見えたが、裏手にもひとの気配がないとは。前回は裏手にも定期的に見張り役が見回っていたはずだが。
 
 バロンが解放されてからまだひと月足らず。警戒を解くには早すぎる。それに元々バロンは闇商人であるからして、警戒を怠るような人間ではない。
 
「まさか……」
 
 そこでハッとしたロナルドは以前見つけておいた、裏手に面した小窓へ駆け寄り中をのぞきこんだ。
 
 前回そこは使用人たちの部屋となっており、彼らの会話からいくつか情報を手に入れることもできたりしたのだが、いまは残された家具だけが部屋の中にひっそりと佇み、人影は見当たらない。
 
 たまたま部屋を空けているとも考えられるが、ロナルドには確信があった。
 
 周囲に注意深く目を配り人目がないことを確認してロナルドは窓に肘を当ててガラスを割ると、あざやかな身のこなしでするりと屋敷内へ侵入を果たし、家具の影を移動しつつすぐさまドアに身を寄せて耳をそばだてた。だがやはり、廊下の奥からも物音ひとつ聞こえてこない。
 
 この屋敷には使用人の他にバロンの手下も多く出入りしていたはずだ。
 
 このしんと静まり返った空気は前回の偵察のときにはなかった。
 
 ロナルドはドアノブを静かに回して隙間から廊下をのぞき見る。やはりひとの姿はない。ドアをすり抜け、警戒心は常に張ったまま足音を殺し廊下を壁ぞいに進んでゆく。
 
 しばらく廊下を進んでいくと玄関ホールへと出た。
 
 前回突入をかけたときの爆撃の痕跡が所かしこに残ったまま、家具や装飾品がバラバラに砕けて散乱している。
 
「嘘だろう」
 
 バロンがこの屋敷に戻っていたのなら、未だにこの惨状が残っているはずがない。つまりバロンは解放後、この屋敷には戻らず別に居住を移したのだ。
 
「どこに行ったんだ……」
 
 アレクの追跡が途切れたとしても、バロンの尻尾さえ見失わなければアレクにたどり着けると思っていたロナルドは、顔を青ざめてその場に立ち尽くし絶望の声をあげた。
 
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