45 / 146
第二章
三日目の夜
しおりを挟む
いまはまず逃げなくては。それからどれほど走っただろうか。ベインもロナルドも体力はあるが、すでに根性勝負といったところで互いに息を切らし、あごから伝う汗を何度も拭いながら足を進める、そんなときだった。
「ベイン! ベインじゃねえか!」
出会い頭に飛んできた声にベインは心臓が止まるかと思った。汗だくになりながら振り返れば、じゃらじゃらと宝石を身につけた小太りな男が自分を見ていた。
「ば……バロンさん……」
「よう、探したぜ。まあ、探してんのはおめえじゃなくてアレクなんだけどよ。おめえひとりか?」
背後に数人の護衛を連れてベインの背後に視線を向けるバロンにベインはごくりとのどを鳴らす。
「そ、それよりこの地下通路に警備隊が!」
「ああっ!? 警備隊だあ?」
「さっき見つかっちまって逃げてるとこです! しつこいヤツでまだ追ってきやがるんですわ。バロンさんも捕まらないように逃げた方がいいですよ! じゃあ、俺はお先に!」
「お……おいっ!」
呆然とするバロンに見向きもせず、ベインは脇をすり抜けて駆けだす。その後方で。
「ベイーーンッ!」
ロナルドの叫びがこだました。
「ま、まじかよ! なんで警備隊が……」
「バロンさん! 俺らも逃げましょう!」
「だめだ! アレクを取り戻さねえと!」
「捕まっちまいますよ!」
「けどアレクが……」
「バロンさんっ! 捕まったら元も子もないっすよ! 見つけてもまた離れることになる! いまは身を隠しましょう!」
「そ……そうだな……ぬう……っ!」
必死の形相で護衛にうながされ、バロンはたたらを踏んで悔しそうに顔を歪めるとベインの後を追って駆けだした。
後を追いかけていたロナルドは視線の先にそんなバロンの後ろ姿をとらえる。
「あれは! バロンか!?」
「やべえっ! 行くぞっ!!」
駆けだしたバロンもまたロナルドの姿を後方にとらえ、叫ぶ。
先頭にベイン、次いでバロン、そして追いかけるロナルドという構図を作りあげ、いち早く分かれ道にさしかかったベインは右へ曲がり、バロンは左へ折れる。最後に分かれ道に到着したロナルドはバロンの背中を追って左に足を向けた。
「はあっはっ、やっと……いなくなりやがった……」
ロナルドがバロンを追って消えていく姿を遠目で確認したベインは、どさりとその場に尻餅をつき、短い呼吸を繰り返しながらがくりとうなだれた。
◇
「確か……この先に……」
首をかしげながらぶつぶつとつぶやき、松明で照らされた道にぼうっと浮かび上がるのはモーリッシュの姿。
そんなモーリッシュの後方ではマーリナスたちが息をひそめてバロンの動向を見守っていた。
実はモーリッシュとすれ違ったあのとき、マーリナスはすでにモーリッシュがすぐそこに身をひそめていること知っていたのである。
地下街の所々には探知魔法によって警備兵の侵入を警戒している地区があったようだが、この地下遺跡に関してその魔法はかけられていなかった。おそらく縦横無尽に走るこの大迷路をカバーすることができずに諦めたのだろう。
そのためバロン屋敷の地下牢入口を起点として探索を開始したときから、探知魔法が使える警備兵はみな魔法を駆使してモーリッシュやバロンとの接触に備えていたのだ。
だからモーリッシュとすれ違う少し前からマーリナスには警備兵と違う人影がひそんでいることはわかっていた。だが感知したのは大人がひとり。そこにアレクとおぼしき影を感知することはかなわなかった。
とらえた影の正体まではさすがにわからなかったが、ここにいるのはモーリッシュかバロン。そしてその関係者以外にない。
だから敢えて情報を流したのだ。「モーリッシュとアレクを探している」と。
そうして情報を流せば必ず動きだすとにらんだ。まさかその影の正体がモーリッシュ本人だったとは、目にするまで思いもしなかったが。
だがモーリッシュがここにいるということはバロンとの取り引きがまだ終わっていないことを指す。
実際のところ、モーリッシュにはバロンの国外逃亡の手引きをする役目が残っていたのだから、すぐに動くことはできなかったのだが。
警備隊がこの地下遺跡に侵入したことを知り、追われる身とわかれば取り引きに必要な「商品」であるアレクをむざむざと置いていくはずがない。きっと迎えに行くだろうと踏んで後を追いかけた。
もちろんモーリッシュはそのつもりだったが、いくつか見当はつくものの、それとて確実なものではない。
まず一番距離の近かった偽物の隠し金庫へと足を運び、中を開いてみたが中身は空っぽ。大きなため息をついて二つ目の隠し金庫へと向かったがそこもハズレ。
事情がわからずアレクを迎えに行くつもりだと踏んでいたマーリナスは、モーリッシュが金庫だけを巡っていることに疑念を覚える。
アレクを迎えにいかずに逃走資金でも取りにいくつもりなのかと、あたまを悩ませ始めたのである。
それは同行していた兵も同様で、みなモーリッシュの動向に首をかしげていた。
「アレクを迎えにいくつもりはなさそうですね」
「ああ……そのようだな」
もしや、すでに取り引きは終わってしまっているのだろうか。そんな焦りさえマーリナスの中に生まれ始めた。
モーリッシュの後をつけて五つほど金庫を回った頃には時間はゆうに真夜中を回っており、既にアレクが潜入してから三日目に差し掛かろうとしている。
その焦りがさらにマーリナスを追い詰めた。
「ベイン! ベインじゃねえか!」
出会い頭に飛んできた声にベインは心臓が止まるかと思った。汗だくになりながら振り返れば、じゃらじゃらと宝石を身につけた小太りな男が自分を見ていた。
「ば……バロンさん……」
「よう、探したぜ。まあ、探してんのはおめえじゃなくてアレクなんだけどよ。おめえひとりか?」
背後に数人の護衛を連れてベインの背後に視線を向けるバロンにベインはごくりとのどを鳴らす。
「そ、それよりこの地下通路に警備隊が!」
「ああっ!? 警備隊だあ?」
「さっき見つかっちまって逃げてるとこです! しつこいヤツでまだ追ってきやがるんですわ。バロンさんも捕まらないように逃げた方がいいですよ! じゃあ、俺はお先に!」
「お……おいっ!」
呆然とするバロンに見向きもせず、ベインは脇をすり抜けて駆けだす。その後方で。
「ベイーーンッ!」
ロナルドの叫びがこだました。
「ま、まじかよ! なんで警備隊が……」
「バロンさん! 俺らも逃げましょう!」
「だめだ! アレクを取り戻さねえと!」
「捕まっちまいますよ!」
「けどアレクが……」
「バロンさんっ! 捕まったら元も子もないっすよ! 見つけてもまた離れることになる! いまは身を隠しましょう!」
「そ……そうだな……ぬう……っ!」
必死の形相で護衛にうながされ、バロンはたたらを踏んで悔しそうに顔を歪めるとベインの後を追って駆けだした。
後を追いかけていたロナルドは視線の先にそんなバロンの後ろ姿をとらえる。
「あれは! バロンか!?」
「やべえっ! 行くぞっ!!」
駆けだしたバロンもまたロナルドの姿を後方にとらえ、叫ぶ。
先頭にベイン、次いでバロン、そして追いかけるロナルドという構図を作りあげ、いち早く分かれ道にさしかかったベインは右へ曲がり、バロンは左へ折れる。最後に分かれ道に到着したロナルドはバロンの背中を追って左に足を向けた。
「はあっはっ、やっと……いなくなりやがった……」
ロナルドがバロンを追って消えていく姿を遠目で確認したベインは、どさりとその場に尻餅をつき、短い呼吸を繰り返しながらがくりとうなだれた。
◇
「確か……この先に……」
首をかしげながらぶつぶつとつぶやき、松明で照らされた道にぼうっと浮かび上がるのはモーリッシュの姿。
そんなモーリッシュの後方ではマーリナスたちが息をひそめてバロンの動向を見守っていた。
実はモーリッシュとすれ違ったあのとき、マーリナスはすでにモーリッシュがすぐそこに身をひそめていること知っていたのである。
地下街の所々には探知魔法によって警備兵の侵入を警戒している地区があったようだが、この地下遺跡に関してその魔法はかけられていなかった。おそらく縦横無尽に走るこの大迷路をカバーすることができずに諦めたのだろう。
そのためバロン屋敷の地下牢入口を起点として探索を開始したときから、探知魔法が使える警備兵はみな魔法を駆使してモーリッシュやバロンとの接触に備えていたのだ。
だからモーリッシュとすれ違う少し前からマーリナスには警備兵と違う人影がひそんでいることはわかっていた。だが感知したのは大人がひとり。そこにアレクとおぼしき影を感知することはかなわなかった。
とらえた影の正体まではさすがにわからなかったが、ここにいるのはモーリッシュかバロン。そしてその関係者以外にない。
だから敢えて情報を流したのだ。「モーリッシュとアレクを探している」と。
そうして情報を流せば必ず動きだすとにらんだ。まさかその影の正体がモーリッシュ本人だったとは、目にするまで思いもしなかったが。
だがモーリッシュがここにいるということはバロンとの取り引きがまだ終わっていないことを指す。
実際のところ、モーリッシュにはバロンの国外逃亡の手引きをする役目が残っていたのだから、すぐに動くことはできなかったのだが。
警備隊がこの地下遺跡に侵入したことを知り、追われる身とわかれば取り引きに必要な「商品」であるアレクをむざむざと置いていくはずがない。きっと迎えに行くだろうと踏んで後を追いかけた。
もちろんモーリッシュはそのつもりだったが、いくつか見当はつくものの、それとて確実なものではない。
まず一番距離の近かった偽物の隠し金庫へと足を運び、中を開いてみたが中身は空っぽ。大きなため息をついて二つ目の隠し金庫へと向かったがそこもハズレ。
事情がわからずアレクを迎えに行くつもりだと踏んでいたマーリナスは、モーリッシュが金庫だけを巡っていることに疑念を覚える。
アレクを迎えにいかずに逃走資金でも取りにいくつもりなのかと、あたまを悩ませ始めたのである。
それは同行していた兵も同様で、みなモーリッシュの動向に首をかしげていた。
「アレクを迎えにいくつもりはなさそうですね」
「ああ……そのようだな」
もしや、すでに取り引きは終わってしまっているのだろうか。そんな焦りさえマーリナスの中に生まれ始めた。
モーリッシュの後をつけて五つほど金庫を回った頃には時間はゆうに真夜中を回っており、既にアレクが潜入してから三日目に差し掛かろうとしている。
その焦りがさらにマーリナスを追い詰めた。
1
あなたにおすすめの小説
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる