アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第二章

ベインの行方

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「声が……しなくなりましたね」

「そうだな。しかし進むしかないだろう」

 そう語るのはロナルドと同行した兵のひとりである。

 しばらく前からあの叫び声はまったく聞こえなくなってしまった。だが方向はあっているはずだ。注意深く辺りを見渡しながら声をひそめ、ふたりは歩みを進める。

 そんなとき。

 進行方向に松明のほのかな灯りがぼうっと灯ったのがロナルドの目に入る。

 即座に兵に手でサインを送り声を出さないで隠れるように指示を出すと、ふたりは俊敏な動きで松明を消し身をひそめた。

『十一時の方角、注意』

 ロナルドのサインに兵は了解の合図を送る。

 徐々に奥から灯りを増して近づいてくる松明の光。そしてそこに姿を現したのは――

(あれは……ベインか?)

 指名手配書の似顔絵を思い出しながらロナルドは目を細める。鷲色の短髪に左頬に大きな傷のある男。身長は百八十センチ、腕には蛇の入れ墨。

(間違いない)

 声の主を探していたが、まさかベイン本人を見つけることになるとは。
 
 声の主がなぜベインを探していたのかわからないが、ベインがモーリッシュの片腕であることは知れたこと。見たところひとりのようだが、何をしているのか。

 ロナルドはさらに兵にサインを送り、ベインの後をつけるように指示をだした。一定の距離を保ち、ベインの松明の灯りを頼りに後を追いかける。しばらく動向を見守っていると、ベインはとある部屋の前で足を止めた。静かにドアを薄く開き、中の様子をうかがっているようだ。

(なぜあのような行動を?)
 
 ロナルドは不審に思いながらも黙って様子をうかがう。ベインは中を確認すると、するりと扉の中に姿を消した。

『突入しますか?』

 兵からの合図にロナルドは首を横に振る。あそこがおそらくバロンかモーリッシュの隠れ部屋なのだろう。しかしそれにしてはベインの行動が不審すぎる。

 それにいまは自分と兵の二名しかいない。無理に突入を仕掛けて取り逃がしたらおおごとだ。

『しばらく待つ』
『了解』

 それから間もなくしてベインが再び姿を現した。手には松明とバスケット。見たところパンや飲み物が入っているようだ。

(誰かに届けるのか?)

 自分の食事ならあの部屋でとれば済む。バロンやモーリッシュもそうだろう。ではあれは誰に届けるための食料だ。

 さらに首をかしげるロナルドたちには気づかず、ベインは満足げな顔で通路を歩み始めた。灯りが遠のきだし、ロナルドたちは再びベインの後を追おうと姿の消えた方向に身を乗り出したときだった。

「うわっ!」

「なっ……」

 暗闇から動き出した途端にすぐ近くで子供の悲鳴があがったのである。

「何者だ!」

 反射的に兵が叫び思わず子供に注視すると、長めの茶髪をひとつに束ね夜目の利く猫のような翡翠色の瞳を見開いた少年が立ちすくんでいた。歳はアレクと同じくらいだろうか。だがこの少年、どこかで――

「きみは……」

 ロナルドが何かをいいかけた一瞬の隙をついて、少年は数歩後ずさると背を向けて逃げるように走りだした。

「待てっ! 副隊長!」

「おまえはあの少年を追え!」

「はっ!」

 ベインとは真逆の方向へと逃げていく少年を兵はあわてて追いかける。ロナルドは同時にベインが姿を消した方角へと目を向けた。

 その先で。松明とバスケットを手にしたベインが棒立ちになってこちらを見ていた。

「ベイン!」

 これだけ騒いだのだからベインが気づかないはずもなかったが、ロナルドが走りだすのと同時にベインもまた驚愕の表情を浮かべつつ、あわてて踵を返し通路を駆けだしたのである。

「待てっ!」

 背後から聞こえたその叫び声にベインは青ざめながら懸命に通路を走り抜ける。

(なんでこんなとこに警備隊がいやがるんだ!)

 宝物アレクを金庫に隠してから丸一日。

 そっと中の様子をうかがってみれば顔は死人のように青ざめて唇はかさつき、汗で濡れた髪の毛が首筋にべっとりと貼りついて、肩で荒く呼吸を繰り返している状態だった。

 それでベインはアレクの具合が悪かったことをやっと思いだし、モーリッシュの隠れ部屋で食料や飲み物を調達しようと、いったんその場を離れたのである。

 モーリッシュやバロンと遭遇しないように注意していたつもりだったが、まさか警備隊と遭遇するハメになるとは!

 状況が理解できないまま、ただ追われる恐怖に足を動かすベインだったが、無意識にそれがアレクのいる金庫の方向であると気づいたのは、しばらく道を進んだ頃だった。

「だめだ……」

 絶望のうめき声をあげてベインはその場で立ち止まる。

 このままでは宝物アレクが見つかってしまう。

「反対……反対の方に行かないと……」

 目を泳がせながらベインはうわごとのようにつぶやいた。

「ベインっ!」

 後方からの足音が近づく。ベインはあわてて辺りを見回した。アレクまでもうほとんど距離はないが、その手前に二股にわかれた通路がある。

 そこを反対に曲がれば……

 ベインは再び走り出す。

 間もなくして分かれ道にさしかかると、ベインはアレクのいる方角にじっと視線を向けて悲しそうな表情を浮かべ、バスケットを地面に置いてアレクとは反対の道へと向かって再び駆けだした。

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