アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
47 / 146
第二章

消えたモーリッシュ

しおりを挟む
 瞬時に警戒心を跳ねあげ身構えたマーリナスだったが、中からモーリッシュが飛び出してくることも毒ガスが散布されることもなかった。

 ではなぜ、兵は叫んだのか。

「モーリッシュが! モーリッシュがいませんっ!」

「なんだとっ!」

 半開きの扉を力任せに引っ張って開けてみれば、確かにそこにいるはずのモーリッシュの姿はなく、ただガランとした空っぽの金庫しか存在していない。

 信じられない思いで目を丸くし、マーリナスはおのれに問いかけるべく叫んだ。

「どういうことだっ!」

「わ、わかりません。モーリッシュが中に入ってから数分も経ちません。なにか仕掛けがあるのでは……」

 珍しく声を荒らげたマーリナスに畏怖恐々と、なんとか受け答えた兵には見向きもせずにマーリナスはずかずかと大股で金庫の中に入ると周囲を見回し、そして見つけた。

「これか……」

 それは壁に埋め込まれたレバーだった。今までの金庫にこのようなものはなかったはずだが。

 そのレバーを迷いなく下ろすと、ガコンッという仕掛けが可動した音と共に、金庫の壁の一部に新たな出入り口が顔を現した。

 その入り口をのぞきこんで見れば奥に続くのは長いスロープだった。

 それは下に向かって延々と続いており、途中から弧を描いているようだ。それはさながら巨大な滑り台とでもいうべきものだった。

「ここから逃げたのでしょうか」

「そうだろうな。我々も行くぞ」

 マーリナスの背後からスロープをのぞきこんだ兵たちも、驚いたように目を丸くする。

 この遺跡にこのような仕掛けがあったとは驚きだが、驚いてばかりもいられない。

 マーリナスは意を決してスロープに飛び乗った。

 ただでさえ暗い地下迷路。

 行き先も不明なその壁の中を滑り落ちるというのは、未知なる恐怖もあり勇気がなければ行えないものだっただろう。

 実際、後続の兵たちは戸惑いを隠しきれずマーリナスが単身飛び込んだ後も、しばらくその入り口の前でだれが先に行くか押し問答を繰り返していたのだ。

 少しひやりとした空気を切りながら髪をなびかせ、マーリナスはひたすら前だけを見据えてスロープを滑り落ちる。

 そこは不思議な場所だった。

 スロープを囲むトンネル状の壁はなにかの鉱石でできているのか、光もないのにキラキラと輝きを散りばめていた。白や黄色、中には蒼い光まである。

 その中を螺旋を描きながら延々と滑り落ちていくと、もしかしたら終着地点などなく、このまま地の底にたどり着いてしまうのではないかという思いまで込み上げた。

 だがそんな不安は突如、正面から差し込んだ橙色の光を目にすることによって霧散する。

 光の先にはスロープの終わり。そして床が見えた。マーリナスは体勢を整え、スロープが切れると同時に滑降した勢いを利用しつつ制服をなびかせ、軽やかに床に飛び移った。

 そのまま周囲を警戒強く見渡せば、綺麗にクロスのかけられたダイニングテーブルにシンク。食べ物が積まれた器などがある。ここはおそらくキッチンなのだろう。

 周囲に人の気配はない。

 だが――ガタッ!

 奥から何かがぶつかる物音と、次いでドアが勢いよく閉ざされた音がマーリナスの耳を突く。

 反射的に振り向き、マーリナスは音の聞こえた方へ向かって駆けだした。

 そのとき、誰もいなくなったキッチンで包丁立てから一本の包丁がなくなっていたことには気づきもせず。







 一方――地下遺跡上層にある地下街では、追跡班が数日かけてアレクを見失った辺りからモーリッシュのアジトとおぼしき場所を特定すべく捜索を続けていたが、一向になんの手がかりもつかめず焦りをみせていた。

 追跡班の指揮を執るのはベローズ王国警備隊所属、トマス・レンジ。

 進展報告を地上にいるギルに出せないまま、いまもまだ地下街でなりをひそめながらアジトとおぼしき建物を捜索している者である。

「トマス。この一帯はもう何度も捜索した。一軒一軒しらみつぶしにだ。もうどの家に誰か住んでいるのかさえ、みな周知しているほどにな。やはりこの辺りにアジトはないのではないか?」

 同期の兵が周囲に目を配りながらそうトマスに耳打ちする。だがトマスは難しい顔をしたまま押し黙った。

 アレクを追跡してから仕掛けられていることに気がついた探知妨害の魔法の範囲は、それほど広範囲に渡ったものではなかった。

 警戒をあらわにした探知妨害魔法の範囲内にアジトがないなど違和感がありすぎる。だから何度も何度も魔法の範囲以内を捜索した。

 だが同期がいうとおり数日かけてもその限定された範囲内にアジトが見つけられないとなると、この付近にモーリッシュのアジトがあると踏んだ自分の読みは外れていたのだろうか。

 とっくにスタローン王国警備隊と取り決めた猶予ゆうよは過ぎてしまっていたが、要の警備隊長と副隊長がそろって地下遺跡の探索から戻ってきていないことをいいことに、ギルは捜索を継続しアジトを見つけ次第突入しろと指示をだした。

 だがこのままでは突入どころか手土産ひとつ持ち帰れずに自国に戻るハメになる。

 やはりこの場にこだわらず、捜索範囲を変えるべきなのか……

 腑に落ちないものを腹に抱えたまま、トマスは深々と息を吐いた。
 
 そのとき。

 ちらっと光る何かがトマスの鼻先をかすめる。それはふわふわと安定しない飛び方で薄暗い地下街を浮遊する、一匹のサフェバ虫だった。

しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

処理中です...