51 / 146
第二章
危機迫る
しおりを挟む「くそがあああっ! 死ねっ!」
狂気に狂ったバロンは腰から短剣を引き抜きながら血走った目をマーリナスに向ける。互いの距離が縮まったそのとき、振り下ろされたその短剣を警棒でマーリナスは正面から受け止めた。
甲高い剣戟の音がこだまして通路に響き渡る。
「てめえは……うちの屋敷をボロボロにしてくれた奴じゃねえか」
交えた剣の奥でバロンがにやりと笑う。
「いい屋敷だったが、いまとなっては地下の穴ぐら住まいか。おまえにはその方がお似合いだな」
「ほざけ。ここがお似合いなのはてめえだろうが。ここをてめえの墓場にしてやるよ! 初代王と共に眠れりゃ本望だろうが!」
力をこめてはじき返した剣でふたりは互いに一歩後ろに飛び退き、にらみ合う。
「愚かな。初代王は戦禍をまぬがれ生き延びた。いまは城内の墓所で眠っておられる。ここではない」
「はっ、そうかよ。じゃあ、なおさらお似合いじゃねえか。どこの骨ともわからねえ奴らと一生ここで眠ってなっ!」
バロンが地を蹴って飛び出した。太った図体のわりに機敏な動きをするバロンの剣を冷静な顔色で見切り、右へ左へ最小限の動きで軽やかにかわしながら徐々に距離を詰め、マーリナスは最後にその手首をパシン……と手で受け止めた。
「遊びに付き合っている暇はない。おまえには聞きたいことが山ほどあるからな」
「ぬう……っ!」
バロンは額に汗を浮かべマーリナスをにらみつける。つかまれた手首は折れそうなほど強く握りしめられ、ぎしぎしと骨がきしむ音がした。
いくら振りほどこうと力をこめても微動だにしない。そんなバロンを兵がじりじりと取り囲む。
「拘束しろ」
そう、マーリナスが言葉を発したときだった。
悔しそうに表情を歪ませていたバロンの口元が一瞬ほころんだ。そして。
ジャキンッ……!
マーリナスの顔近くでバロンの手に握られた剣の細工が稼働し、花びらのように五つの剣先が咲き開いた。
真横に向けて開かれたひとつの刃は驚愕に目を見開いたマーリナスの濃紺色の瞳に一瞬で迫る。もう一枚は髪の毛を数本切り落としながら首筋めがけて差し迫った。もう一枚は頬に向けて。
それはコンマ数秒の出来事だった。その細工音に周囲の兵たちが視線を向けたのと、マーリナスに刃先が迫ったのは同時のこと。
すでに目と鼻の先にあったその剣をマーリナスが回避することは不可能だった。
「おっと!」
だが、マーリナスの首元をつかんで後ろに引き寄せた手があった。大きくて肉厚の百戦錬磨の戦士の手。
「油断も隙もないですな。大丈夫ですかな、マーリナス殿」
「ぎ……ギル殿……」
ギルの胸に寄りかかるようにして後ろに倒れたマーリナスは、そのたくましい顔つきを見上げる。
「ほら、さっさと拘束して上に連れて行け」
ギルがあご先で兵に指示をだすと、バロンは悔しそうに舌打ちをして身柄を拘束され、兵に囲まれて引きずられるようにその場を後にした。
「助かりました。なんと礼を申したらよいか……」
「いやいや。まったく物騒な物が出回っておりましたな。しかし五枚刃造りの殺傷剣とは……ん?」
物珍しそうに地面に落ちたその剣を手にとり、角度を変えて観察していたギルが不意に眉を寄せる。
「これは毒か……?」
五枚に開かれた刃の先端から紫色に光る液体を見つけ、ギルがそうつぶやいたのと同時に、後方でどさっと何かが倒れる音がした。
反射的に振り返れば、マーリナスが額に脂汗を浮かばせ肩で息をしながら倒れこんでいる。
「マーリナス殿!!」
剣を放り投げ、ギルはマーリナスに駆け寄った。体を抱き寄せれてみれば頬に薄く切り傷が浮かんでいる。うっすらと赤みがかったその切り傷。おそらく先ほどの剣をすべて避けきれずに頬をかすめてしまったのだろう。
あの毒の正体は不明だが、この程度の傷で倒れるとは恐ろしく殺傷能力の高い猛毒だ。
ギルはマーリナスを抱きかかえると、来た道を怒濤の勢いで駆けだした。途中でバロンと兵を追い抜き、幾人もの探索班とすれ違い、声をかけられても受け答えずに正面だけを向いて走り続け、地下街へ続く階段を駆け上がる。
「医療班と白魔法を使える奴を呼んでこいっ!! いますぐだ!!」
階段を上がりきって、地下街全土に響きそうな大声でギルは叫んだ。
ギルも治癒程度の白魔法は使えたが、おそらくこの毒を抜くことは不可能だろう。
マーリナスを地べたに横たわらせ、体に手を当てて治癒魔法をかけてみる。ぼうっとした緑色の発光がマーリナスの体を包み込んだが、やはり手応えがない。
額や首筋から握りしめた手の甲にまで、じわりと汗がにじむマーリナスの顔色は刻一刻と青白さを増してゆく。
「耐えろ、マーリナス殿!!」
悲痛なギルの声が再び地下街に響き渡った――
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる