アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第二章

危機迫る

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「くそがあああっ! 死ねっ!」

 狂気に狂ったバロンは腰から短剣を引き抜きながら血走った目をマーリナスに向ける。互いの距離が縮まったそのとき、振り下ろされたその短剣を警棒でマーリナスは正面から受け止めた。

 甲高い剣戟けんげきの音がこだまして通路に響き渡る。

「てめえは……うちの屋敷をボロボロにしてくれた奴じゃねえか」

 交えた剣の奥でバロンがにやりと笑う。

「いい屋敷だったが、いまとなっては地下の穴ぐら住まいか。おまえにはその方がお似合いだな」

「ほざけ。ここがお似合いなのはてめえだろうが。ここをてめえの墓場にしてやるよ! 初代王と共に眠れりゃ本望だろうが!」

 力をこめてはじき返した剣でふたりは互いに一歩後ろに飛び退き、にらみ合う。

「愚かな。初代王は戦禍をまぬがれ生き延びた。いまは城内の墓所で眠っておられる。ここではない」

「はっ、そうかよ。じゃあ、なおさらお似合いじゃねえか。どこの骨ともわからねえ奴らと一生ここで眠ってなっ!」

 バロンが地を蹴って飛び出した。太った図体のわりに機敏な動きをするバロンの剣を冷静な顔色で見切り、右へ左へ最小限の動きで軽やかにかわしながら徐々に距離を詰め、マーリナスは最後にその手首をパシン……と手で受け止めた。

「遊びに付き合っている暇はない。おまえには聞きたいことが山ほどあるからな」

「ぬう……っ!」

 バロンは額に汗を浮かべマーリナスをにらみつける。つかまれた手首は折れそうなほど強く握りしめられ、ぎしぎしと骨がきしむ音がした。

 いくら振りほどこうと力をこめても微動だにしない。そんなバロンを兵がじりじりと取り囲む。

「拘束しろ」

 そう、マーリナスが言葉を発したときだった。

 悔しそうに表情を歪ませていたバロンの口元が一瞬ほころんだ。そして。

 ジャキンッ……!
 
 マーリナスの顔近くでバロンの手に握られた剣の細工が稼働し、花びらのように五つの剣先が咲き開いた。

 真横に向けて開かれたひとつの刃は驚愕に目を見開いたマーリナスの濃紺色の瞳に一瞬で迫る。もう一枚は髪の毛を数本切り落としながら首筋めがけて差し迫った。もう一枚は頬に向けて。

 それはコンマ数秒の出来事だった。その細工音に周囲の兵たちが視線を向けたのと、マーリナスに刃先が迫ったのは同時のこと。

 すでに目と鼻の先にあったその剣をマーリナスが回避することは不可能だった。

「おっと!」

 だが、マーリナスの首元をつかんで後ろに引き寄せた手があった。大きくて肉厚の百戦錬磨の戦士の手。

「油断も隙もないですな。大丈夫ですかな、マーリナス殿」

「ぎ……ギル殿……」

 ギルの胸に寄りかかるようにして後ろに倒れたマーリナスは、そのたくましい顔つきを見上げる。

「ほら、さっさと拘束して上に連れて行け」

 ギルがあご先で兵に指示をだすと、バロンは悔しそうに舌打ちをして身柄を拘束され、兵に囲まれて引きずられるようにその場を後にした。

「助かりました。なんと礼を申したらよいか……」

「いやいや。まったく物騒な物が出回っておりましたな。しかし五枚刃造りの殺傷剣とは……ん?」

 物珍しそうに地面に落ちたその剣を手にとり、角度を変えて観察していたギルが不意に眉を寄せる。

「これは毒か……?」

 五枚に開かれた刃の先端から紫色に光る液体を見つけ、ギルがそうつぶやいたのと同時に、後方でどさっと何かが倒れる音がした。

 反射的に振り返れば、マーリナスが額に脂汗を浮かばせ肩で息をしながら倒れこんでいる。

「マーリナス殿!!」

 剣を放り投げ、ギルはマーリナスに駆け寄った。体を抱き寄せれてみれば頬に薄く切り傷が浮かんでいる。うっすらと赤みがかったその切り傷。おそらく先ほどの剣をすべて避けきれずに頬をかすめてしまったのだろう。

 あの毒の正体は不明だが、この程度の傷で倒れるとは恐ろしく殺傷能力の高い猛毒だ。

 ギルはマーリナスを抱きかかえると、来た道を怒濤の勢いで駆けだした。途中でバロンと兵を追い抜き、幾人もの探索班とすれ違い、声をかけられても受け答えずに正面だけを向いて走り続け、地下街へ続く階段を駆け上がる。

「医療班と白魔法を使える奴を呼んでこいっ!! いますぐだ!!」

 階段を上がりきって、地下街全土に響きそうな大声でギルは叫んだ。

 ギルも治癒程度の白魔法は使えたが、おそらくこの毒を抜くことは不可能だろう。

 マーリナスを地べたに横たわらせ、体に手を当てて治癒魔法をかけてみる。ぼうっとした緑色の発光がマーリナスの体を包み込んだが、やはり手応えがない。

 額や首筋から握りしめた手の甲にまで、じわりと汗がにじむマーリナスの顔色は刻一刻と青白さを増してゆく。

「耐えろ、マーリナス殿!!」

 悲痛なギルの声が再び地下街に響き渡った――
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