アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第二章

魔性の輝き

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 その中にはオレンジ色の光や月の光のような黄色の発光をしてるものもいた。わずかに色の違う発光が入り混じって一面を覆いつくし、そこにいるのだ。

 ロナルドの行く手をさえぎる形で一面を照らすサフェバ虫。何匹かが集団から飛び立ち、ロナルドの周囲をふわふわと飛び回る。

 それはとても美しい光景だった。

 そして同時に異常な光景でもある。

 サフェバ虫が集団で姿を見せることは稀だとされているのに、生息域の野山ではなくこんな地下街のさらに下。初代王の遺跡の片隅にこれほど大量発生しているのだ。

 一面を埋めつくすサフェバ虫の光の中に目を凝らすと錆びたドアノブが見えた。

 ロナルドは眩しさに目を細めながら光の渦の中にそっと手を伸ばす。ゆっくり右に回すとロックの外れた音が響き、同時にサフェバ虫は一斉に飛び立った。

 キラキラと発光するサフェバ虫が頬や髪をかすめて後方に飛び去っていくと、無骨な鉄扉が目の前に姿を現した。

 こくりと唾を飲みこみ、ロナルドはノブを引く。錆びついた鉄の軋む音。同時に鼻腔をくすぐるふわりとした甘い香り……

 そして徐々に開かれる扉の中でついに、横たわるアレクの姿をロナルドはとらえた――



 ◇



「アレクっ!!」

 手にした松明を放り投げ、ロナルドはアレクに駆け寄った。抱き寄せたアレクの細い体は燃えるように熱く、全身にびっしりと汗をかいている。

 額や首筋には大粒の汗がいくつも浮かび呼吸も荒い。ぐったりとして反応を示さず長いまつげを閉ざしたアレクのその状態に、ロナルドは胸を引き裂かれるかと思った。

「なんてことだ……」

 いったい、いつからこんな状態でここに閉じ込められていたのか。空気も悪く明かりもない。こんな場所でたったひとりで……

 ロナルドは自分の不甲斐なさに歯をかみしめる。反省することは山ほどあったが、いまはそんなことを考えている場合ではない。すぐに医療班を呼ばなくては。

 そう考えたがアレクをここにひとりで置いていくわけにもいかない。ロナルドも治癒魔法は使えたが、あれは基礎代謝に働きかけるものだ。根本的な体力が失われてる場合、効き目は弱い。

 そこでロナルドはハッとして歩んできた通路を振り返った。

 バスケットから転がった食べ物と水。

 ベインはアレクのためにあれを用意していたのだ!

「アレク、少しだけ待っていろ。すぐ戻る!」

 そっとアレクを横たわらせて上着を脱ぎ、丁寧に体にかぶせるとロナルドはきた道を全力で駆けだした。まずは水だ。発熱で失われた水分を補給しなくては回復は難しい。

 通路を走り抜けて二股に分かれた枝道に到着すると、辺りを見回してロナルドは目当ての水を手に取り、再びアレクのもとへと駆けた。

 アレクのいる金庫付近の壁には飛び立ったサフェバ虫が羽を休めており、所々で光り輝いている。松明がなくてもその明かりを目印にロナルドはアレクのもとへたどり着くことができた。

 急いで瓶のコルクを抜いてアレクを抱き寄せると、つい先ほどまで高熱を発していたアレクの体が冷たくなっているのをロナルドは肌で感じ取った。

「嘘だろ……」

 (まさか死んだのか!?)

 驚いて腕や首筋に触れてみれば、確かに脈打っているのに触れたそばから急速に熱が失われて冷たくなり、荒かった呼吸は小さく弱々しいものとなっていく。

 ロナルドは職務上、何度も死体を目にしてきた。その中には腕の中で息を引き取った者もいたのだ。だからこれは異常なことだとすぐに気がついた。

 死人だってこうも早く体温を失ったりしない。弱々しくなっているものの呼吸はまだ止まっていないというのに、なぜこうも急激に体温が失われていくのか。

「アレク!!」

 ロナルドは青ざめて名を叫び、アレクの体をゆすり動かした。

「ん……」

 苦しそうに小さく眉を寄せて、アレクの口から声がもれる。ハッとしたロナルドはすぐさま瓶の水を口に含み、薄く開いた唇に自身の口を重ね合わせ水を流しこんだ。

 かさついて割れたアレクの唇から水がこぼれ落ち、のどを濡らす。それでもロナルドは諦めることなく懸命に、繰り返し口に水を含んではアレクの口をふさぎ流しこむ。

(頼む! 飲んでくれ!)

 そのうち、こくり……とアレクののどが小さく動いた。

 原因はわからないが抱きしめたアレクの体は先ほどよりも熱を取り戻しているように思える。回復の兆しなのか、それから口移しで流しこんだ水をゆっくりではあるがアレクは確実に飲みこんでいった。

 そうして瓶底にある最後の水をロナルドが口に含んだときだった。

 閉ざされたアレクのまつげが震え、何度か小さくまばたきを繰り返しながら薄く目を開いたのだ。

 ロナルドは安堵と嬉しさのあまり、こみあげた涙でにじむ視界でそんなアレクの頬に手を当て顔を見つめた。

 そして――

 その瞳の中に見たのだ。ゆらゆらと輝く魔性の輝きを。
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