54 / 146
第二章
魔性の輝き
しおりを挟む
その中にはオレンジ色の光や月の光のような黄色の発光をしてるものもいた。わずかに色の違う発光が入り混じって一面を覆いつくし、そこにいるのだ。
ロナルドの行く手をさえぎる形で一面を照らすサフェバ虫。何匹かが集団から飛び立ち、ロナルドの周囲をふわふわと飛び回る。
それはとても美しい光景だった。
そして同時に異常な光景でもある。
サフェバ虫が集団で姿を見せることは稀だとされているのに、生息域の野山ではなくこんな地下街のさらに下。初代王の遺跡の片隅にこれほど大量発生しているのだ。
一面を埋めつくすサフェバ虫の光の中に目を凝らすと錆びたドアノブが見えた。
ロナルドは眩しさに目を細めながら光の渦の中にそっと手を伸ばす。ゆっくり右に回すとロックの外れた音が響き、同時にサフェバ虫は一斉に飛び立った。
キラキラと発光するサフェバ虫が頬や髪をかすめて後方に飛び去っていくと、無骨な鉄扉が目の前に姿を現した。
こくりと唾を飲みこみ、ロナルドはノブを引く。錆びついた鉄の軋む音。同時に鼻腔をくすぐるふわりとした甘い香り……
そして徐々に開かれる扉の中でついに、横たわるアレクの姿をロナルドはとらえた――
◇
「アレクっ!!」
手にした松明を放り投げ、ロナルドはアレクに駆け寄った。抱き寄せたアレクの細い体は燃えるように熱く、全身にびっしりと汗をかいている。
額や首筋には大粒の汗がいくつも浮かび呼吸も荒い。ぐったりとして反応を示さず長いまつげを閉ざしたアレクのその状態に、ロナルドは胸を引き裂かれるかと思った。
「なんてことだ……」
いったい、いつからこんな状態でここに閉じ込められていたのか。空気も悪く明かりもない。こんな場所でたったひとりで……
ロナルドは自分の不甲斐なさに歯をかみしめる。反省することは山ほどあったが、いまはそんなことを考えている場合ではない。すぐに医療班を呼ばなくては。
そう考えたがアレクをここにひとりで置いていくわけにもいかない。ロナルドも治癒魔法は使えたが、あれは基礎代謝に働きかけるものだ。根本的な体力が失われてる場合、効き目は弱い。
そこでロナルドはハッとして歩んできた通路を振り返った。
バスケットから転がった食べ物と水。
ベインはアレクのためにあれを用意していたのだ!
「アレク、少しだけ待っていろ。すぐ戻る!」
そっとアレクを横たわらせて上着を脱ぎ、丁寧に体にかぶせるとロナルドはきた道を全力で駆けだした。まずは水だ。発熱で失われた水分を補給しなくては回復は難しい。
通路を走り抜けて二股に分かれた枝道に到着すると、辺りを見回してロナルドは目当ての水を手に取り、再びアレクのもとへと駆けた。
アレクのいる金庫付近の壁には飛び立ったサフェバ虫が羽を休めており、所々で光り輝いている。松明がなくてもその明かりを目印にロナルドはアレクのもとへたどり着くことができた。
急いで瓶のコルクを抜いてアレクを抱き寄せると、つい先ほどまで高熱を発していたアレクの体が冷たくなっているのをロナルドは肌で感じ取った。
「嘘だろ……」
(まさか死んだのか!?)
驚いて腕や首筋に触れてみれば、確かに脈打っているのに触れたそばから急速に熱が失われて冷たくなり、荒かった呼吸は小さく弱々しいものとなっていく。
ロナルドは職務上、何度も死体を目にしてきた。その中には腕の中で息を引き取った者もいたのだ。だからこれは異常なことだとすぐに気がついた。
死人だってこうも早く体温を失ったりしない。弱々しくなっているものの呼吸はまだ止まっていないというのに、なぜこうも急激に体温が失われていくのか。
「アレク!!」
ロナルドは青ざめて名を叫び、アレクの体をゆすり動かした。
「ん……」
苦しそうに小さく眉を寄せて、アレクの口から声がもれる。ハッとしたロナルドはすぐさま瓶の水を口に含み、薄く開いた唇に自身の口を重ね合わせ水を流しこんだ。
かさついて割れたアレクの唇から水がこぼれ落ち、のどを濡らす。それでもロナルドは諦めることなく懸命に、繰り返し口に水を含んではアレクの口をふさぎ流しこむ。
(頼む! 飲んでくれ!)
そのうち、こくり……とアレクののどが小さく動いた。
原因はわからないが抱きしめたアレクの体は先ほどよりも熱を取り戻しているように思える。回復の兆しなのか、それから口移しで流しこんだ水をゆっくりではあるがアレクは確実に飲みこんでいった。
そうして瓶底にある最後の水をロナルドが口に含んだときだった。
閉ざされたアレクのまつげが震え、何度か小さくまばたきを繰り返しながら薄く目を開いたのだ。
ロナルドは安堵と嬉しさのあまり、こみあげた涙でにじむ視界でそんなアレクの頬に手を当て顔を見つめた。
そして――
その瞳の中に見たのだ。ゆらゆらと輝く魔性の輝きを。
ロナルドの行く手をさえぎる形で一面を照らすサフェバ虫。何匹かが集団から飛び立ち、ロナルドの周囲をふわふわと飛び回る。
それはとても美しい光景だった。
そして同時に異常な光景でもある。
サフェバ虫が集団で姿を見せることは稀だとされているのに、生息域の野山ではなくこんな地下街のさらに下。初代王の遺跡の片隅にこれほど大量発生しているのだ。
一面を埋めつくすサフェバ虫の光の中に目を凝らすと錆びたドアノブが見えた。
ロナルドは眩しさに目を細めながら光の渦の中にそっと手を伸ばす。ゆっくり右に回すとロックの外れた音が響き、同時にサフェバ虫は一斉に飛び立った。
キラキラと発光するサフェバ虫が頬や髪をかすめて後方に飛び去っていくと、無骨な鉄扉が目の前に姿を現した。
こくりと唾を飲みこみ、ロナルドはノブを引く。錆びついた鉄の軋む音。同時に鼻腔をくすぐるふわりとした甘い香り……
そして徐々に開かれる扉の中でついに、横たわるアレクの姿をロナルドはとらえた――
◇
「アレクっ!!」
手にした松明を放り投げ、ロナルドはアレクに駆け寄った。抱き寄せたアレクの細い体は燃えるように熱く、全身にびっしりと汗をかいている。
額や首筋には大粒の汗がいくつも浮かび呼吸も荒い。ぐったりとして反応を示さず長いまつげを閉ざしたアレクのその状態に、ロナルドは胸を引き裂かれるかと思った。
「なんてことだ……」
いったい、いつからこんな状態でここに閉じ込められていたのか。空気も悪く明かりもない。こんな場所でたったひとりで……
ロナルドは自分の不甲斐なさに歯をかみしめる。反省することは山ほどあったが、いまはそんなことを考えている場合ではない。すぐに医療班を呼ばなくては。
そう考えたがアレクをここにひとりで置いていくわけにもいかない。ロナルドも治癒魔法は使えたが、あれは基礎代謝に働きかけるものだ。根本的な体力が失われてる場合、効き目は弱い。
そこでロナルドはハッとして歩んできた通路を振り返った。
バスケットから転がった食べ物と水。
ベインはアレクのためにあれを用意していたのだ!
「アレク、少しだけ待っていろ。すぐ戻る!」
そっとアレクを横たわらせて上着を脱ぎ、丁寧に体にかぶせるとロナルドはきた道を全力で駆けだした。まずは水だ。発熱で失われた水分を補給しなくては回復は難しい。
通路を走り抜けて二股に分かれた枝道に到着すると、辺りを見回してロナルドは目当ての水を手に取り、再びアレクのもとへと駆けた。
アレクのいる金庫付近の壁には飛び立ったサフェバ虫が羽を休めており、所々で光り輝いている。松明がなくてもその明かりを目印にロナルドはアレクのもとへたどり着くことができた。
急いで瓶のコルクを抜いてアレクを抱き寄せると、つい先ほどまで高熱を発していたアレクの体が冷たくなっているのをロナルドは肌で感じ取った。
「嘘だろ……」
(まさか死んだのか!?)
驚いて腕や首筋に触れてみれば、確かに脈打っているのに触れたそばから急速に熱が失われて冷たくなり、荒かった呼吸は小さく弱々しいものとなっていく。
ロナルドは職務上、何度も死体を目にしてきた。その中には腕の中で息を引き取った者もいたのだ。だからこれは異常なことだとすぐに気がついた。
死人だってこうも早く体温を失ったりしない。弱々しくなっているものの呼吸はまだ止まっていないというのに、なぜこうも急激に体温が失われていくのか。
「アレク!!」
ロナルドは青ざめて名を叫び、アレクの体をゆすり動かした。
「ん……」
苦しそうに小さく眉を寄せて、アレクの口から声がもれる。ハッとしたロナルドはすぐさま瓶の水を口に含み、薄く開いた唇に自身の口を重ね合わせ水を流しこんだ。
かさついて割れたアレクの唇から水がこぼれ落ち、のどを濡らす。それでもロナルドは諦めることなく懸命に、繰り返し口に水を含んではアレクの口をふさぎ流しこむ。
(頼む! 飲んでくれ!)
そのうち、こくり……とアレクののどが小さく動いた。
原因はわからないが抱きしめたアレクの体は先ほどよりも熱を取り戻しているように思える。回復の兆しなのか、それから口移しで流しこんだ水をゆっくりではあるがアレクは確実に飲みこんでいった。
そうして瓶底にある最後の水をロナルドが口に含んだときだった。
閉ざされたアレクのまつげが震え、何度か小さくまばたきを繰り返しながら薄く目を開いたのだ。
ロナルドは安堵と嬉しさのあまり、こみあげた涙でにじむ視界でそんなアレクの頬に手を当て顔を見つめた。
そして――
その瞳の中に見たのだ。ゆらゆらと輝く魔性の輝きを。
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる