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第三章
甘言
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思わぬ申し出に一瞬言葉を失ったアレクにロナルドはやわらかな笑みを浮かべる。
「なにも現場に出ろというんじゃないんだ。マーリナスが不在だからね。書類整理が大変なんだよ。重要書類ばかりだから自宅に持ち込むこともできないし、判子ひとつ押す時間すらもどかしいんだ。きみが一緒に手伝ってくれるととても助かるんだけどね。どうだい?」
「でも……」
アレクは困惑して言葉をつまらせた。
確かにマーリナスの不在はロナルドにとって大きな負担になっているのだろう。
時間が経つにつれ、アレクは冷静にあのときのことを振り返ることができた。
自分がおとり役としてもっとうまく立ち回れていたのなら、マーリナスもこんなことにはならなかった。それは自分の落ち度だ。バロンをつなぎ止めるために無理をして事態を混乱させてしまった。
そんな中、マーリナスもロナルドもモーリッシュを捕らえた後も危険をかえりみず、必死に自分を探し出してくれたという。結果、マーリナスは負傷し毒を受けて昏睡状態だ。ロナルドもケルトもアレクのせいではないというが、アレクにはそう思えなかった。
そのせいでロナルドに負担がかかっているというなら、もちろんその手助けをしたいと思う。
だけど、いまや隊長代理として動いているロナルドの仕事はそれこそ重要な案件ばかりだろう。そんな大事な仕事に部外者の自分が携わってもいいものだろうか。
「俺はきみを信用している。それに代理ではあるが隊の全権はいま俺が預かっているからね。文句をいう人間はいないし、秘匿部分には触れないように仕事もきちんと振り分ける。きみからしたら簡単な作業ばかりだよ」
「ですが僕には呪いが……」
「それも心配はいらない。俺の部屋で一緒に仕事をするだけだ。入室の際にも厳重の注意を払う。もちろんマーリナスが復職するまでの期間限定となるけどね」
マーリナスが復職するまでの期間限定。
確かに全権を担うロナルドがよしとすれば誰も異論は唱えないだろう。だけどやはり外にでるのは、ためらわれる。外に一歩出てしまえば呪いのこと知らない人間ばかりだ。それだけ危険も増える。
ロナルドに協力したい気持ちは山々だったが、その恐怖心からアレクはなかなか首を縦に振ることができずにいた。
「それに」
眉を下げて視線を落としたアレクのそんな心情を読み取ったように、椅子をひいてテーブルに腰掛けたロナルドは肘をついて手を組み合わせ、穏やかに言葉を重ねる。
それはロナルドにとってじりじりと胸が焼かれる痛みを伴うものだったが、それがもっとも効果的な言葉だと理解していた。だからこそ、その痛みから目をそむけ表情には浮かべない。
「一緒に働けばいつでもマーリナスの容体をみに行ける。医療棟は警備隊の敷地内にあるからね。その距離なら俺も暇をみて同行することができる。きみにとっても悪い話ではないだろう?」
そういわれてしまえば、アレクの心は大きく揺らいだ。
いますぐにでもマーリナスに会いたい。その思いは日々募るばかり。
それなのに仕事の手伝いもできず、見舞にいくことも叶わず、多大な迷惑をかけた自分だけが危険を遠ざけて安穏とした時間を過ごすのか。そんな日常は想像しただけであたまがおかしくなりそうだ。
ロナルドが傍にいてくれればきっと大丈夫。半ば思い込むようにしてアレクは心を決めると、ようやく首を縦に振った。
「僕に力になれることがあるのなら」
「そういってくれてよかった。ではさっそく今日から始めよう。まずは朝食を食べようか。さっきから腹を空かせた子犬が隣でうなっているんでね」
にこやかな笑みを浮かべるロナルドの隣でサラダを片手に青ざめ、ケルトは叫ぶ。
「俺がうなってるのは腹がへってるからじゃない!」
昨夜、アレクとケルトの情事を見てからロナルドは考えた。どうすればアレクとケルトを引き離し、アレクをずっと自分の傍に置けるのかと。
自分の目の届かない場所であんなことが繰り返されているのかと思うと、とてもじゃないが冷静ではいられない。胸を掻きむしり、発狂したくなる思いだ。
その結果、普段のロナルドならば選択肢にさえ浮かばない案を思いついたのだ。
アレクは有能だ。それは自分が一番理解している。彼の能力に見合った仕事はいくらでもある。ならば自分の元で働かせればいい。そうすれば安心だと。
その考えがどれほど自己中心的で恐ろしいものかなど、いまのロナルドに理解することはできなかったのである。
「なにも現場に出ろというんじゃないんだ。マーリナスが不在だからね。書類整理が大変なんだよ。重要書類ばかりだから自宅に持ち込むこともできないし、判子ひとつ押す時間すらもどかしいんだ。きみが一緒に手伝ってくれるととても助かるんだけどね。どうだい?」
「でも……」
アレクは困惑して言葉をつまらせた。
確かにマーリナスの不在はロナルドにとって大きな負担になっているのだろう。
時間が経つにつれ、アレクは冷静にあのときのことを振り返ることができた。
自分がおとり役としてもっとうまく立ち回れていたのなら、マーリナスもこんなことにはならなかった。それは自分の落ち度だ。バロンをつなぎ止めるために無理をして事態を混乱させてしまった。
そんな中、マーリナスもロナルドもモーリッシュを捕らえた後も危険をかえりみず、必死に自分を探し出してくれたという。結果、マーリナスは負傷し毒を受けて昏睡状態だ。ロナルドもケルトもアレクのせいではないというが、アレクにはそう思えなかった。
そのせいでロナルドに負担がかかっているというなら、もちろんその手助けをしたいと思う。
だけど、いまや隊長代理として動いているロナルドの仕事はそれこそ重要な案件ばかりだろう。そんな大事な仕事に部外者の自分が携わってもいいものだろうか。
「俺はきみを信用している。それに代理ではあるが隊の全権はいま俺が預かっているからね。文句をいう人間はいないし、秘匿部分には触れないように仕事もきちんと振り分ける。きみからしたら簡単な作業ばかりだよ」
「ですが僕には呪いが……」
「それも心配はいらない。俺の部屋で一緒に仕事をするだけだ。入室の際にも厳重の注意を払う。もちろんマーリナスが復職するまでの期間限定となるけどね」
マーリナスが復職するまでの期間限定。
確かに全権を担うロナルドがよしとすれば誰も異論は唱えないだろう。だけどやはり外にでるのは、ためらわれる。外に一歩出てしまえば呪いのこと知らない人間ばかりだ。それだけ危険も増える。
ロナルドに協力したい気持ちは山々だったが、その恐怖心からアレクはなかなか首を縦に振ることができずにいた。
「それに」
眉を下げて視線を落としたアレクのそんな心情を読み取ったように、椅子をひいてテーブルに腰掛けたロナルドは肘をついて手を組み合わせ、穏やかに言葉を重ねる。
それはロナルドにとってじりじりと胸が焼かれる痛みを伴うものだったが、それがもっとも効果的な言葉だと理解していた。だからこそ、その痛みから目をそむけ表情には浮かべない。
「一緒に働けばいつでもマーリナスの容体をみに行ける。医療棟は警備隊の敷地内にあるからね。その距離なら俺も暇をみて同行することができる。きみにとっても悪い話ではないだろう?」
そういわれてしまえば、アレクの心は大きく揺らいだ。
いますぐにでもマーリナスに会いたい。その思いは日々募るばかり。
それなのに仕事の手伝いもできず、見舞にいくことも叶わず、多大な迷惑をかけた自分だけが危険を遠ざけて安穏とした時間を過ごすのか。そんな日常は想像しただけであたまがおかしくなりそうだ。
ロナルドが傍にいてくれればきっと大丈夫。半ば思い込むようにしてアレクは心を決めると、ようやく首を縦に振った。
「僕に力になれることがあるのなら」
「そういってくれてよかった。ではさっそく今日から始めよう。まずは朝食を食べようか。さっきから腹を空かせた子犬が隣でうなっているんでね」
にこやかな笑みを浮かべるロナルドの隣でサラダを片手に青ざめ、ケルトは叫ぶ。
「俺がうなってるのは腹がへってるからじゃない!」
昨夜、アレクとケルトの情事を見てからロナルドは考えた。どうすればアレクとケルトを引き離し、アレクをずっと自分の傍に置けるのかと。
自分の目の届かない場所であんなことが繰り返されているのかと思うと、とてもじゃないが冷静ではいられない。胸を掻きむしり、発狂したくなる思いだ。
その結果、普段のロナルドならば選択肢にさえ浮かばない案を思いついたのだ。
アレクは有能だ。それは自分が一番理解している。彼の能力に見合った仕事はいくらでもある。ならば自分の元で働かせればいい。そうすれば安心だと。
その考えがどれほど自己中心的で恐ろしいものかなど、いまのロナルドに理解することはできなかったのである。
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