アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第三章

ギルの疑念

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 駐屯地はロナルドの自宅からそれほど遠い場所ではなかった。俺も行くといって聞かなかったケルトをだめだのひとことで一刀両断し、爽やかな笑顔を向けてロナルドはアレクと共に家をでた。

 清々しい朝だというのに膝丈まであるローブに身を包み、深々とフードをかぶって歩くアレクは少なからず通りを行くひとの目を引くものであったが、ロナルドはそんな視線を気にすることなく隣を歩む。

 アレクがこの国を訪れた理由は地下街の存在を知っていたからだ。太陽の下を歩くには自分の存在はあまりにも醜悪で恐ろしく、そんな自分を照らしだす太陽から逃げ出したかった。

 だからこの国にきてすぐ地下にもぐったアレクには、こんな風に早朝の爽やかな風を吸い込んで誰かの笑い声や馬車の音を聞きながら、上層を歩むのは初めてのことだ。

 地面を照らす陽の光にアレクは目を細める。こうやってまた陽のもとを歩ける日がくるとは思いもしなかった。

 顔を伏せていても目に入る道行くひとたちの足もとはピカピカに磨かれた革靴やヒールなど様々で、道ばたに揺れる黄色や赤の小さな花が心を和ませ、ここが常に死と隣り合わせの地下街とはまったく別世界なのだ教えてくれる。

 それがマーリナスの家にいた時とは別の安堵をアレクにもたらした。

「少し早めに家を出たからね。先にマーリナスの様子をみにいくかい?」

「え。いいのですか?」

「もちろんさ。俺も心配だからね。三日間缶詰だったわけだけど、結局俺も見舞いにはいけなかったからね」

 医療棟は数名の警備員が立ち並ぶ門をくぐってすぐ東側にその佇まいを構えていた。ドーム状の屋根に白亜の壁。その入り口には白衣に身を包んだひとが何人か動いているのがみてとれる。

 ロナルドにうながされ、ふたりが医療棟に足を向けたときだった。

「おはようございます、ロナルド殿。よい朝ですな」

 不意にかけられた言葉にふたりの足が止まる。

「これはギル殿。おはようございます。今日発たれるのですか?」

「そのつもりです。面倒な謁見も終わりましたからな。最後にご挨拶をと思って待っておったのですよ」

「それはわざわざご丁寧に」

 顔を伏せたままアレクは小さく息をのむ。
 
 ベローズ王国警備隊長、ギル・シチュアート。まさかまだこの国に滞在していたとは。
 
 ギルとは作戦開始の夜に会ったきりだったが、ベローズ王国警備隊の実力をこれ以上ないほど理解しているアレクにとって、決して気の抜ける相手ではない。
 
 フードの下からそっと覗きみれば、金色こんじきの髪にブルーサファイヤの瞳に乗せた鋭い眼光。鍛え抜かれた屈強な体と相まって、その風貌はまるで獅子といったところだ。隙あらば食ってやる。そんな風格さえにじみ出る。
 
 ここでボロをだしてバロンやモーリッシュと共にベローズ王国に連行されたらおおごとだ。
 
 フードを引っ張って更に深く顔を隠し、アレクは黙ってふたりの会話に聞き入る。

「いやいや。実はケルトのことがどうも気がかりでしてな。人捜しをしているとは聞いておったし、それがあのアレクという少年だと聞いたときには驚いたものですが。いまはロナルド殿のご自宅でお世話になっているそうな。迷惑をかけていないか心配でしてな」

「いえいえ。家事手伝いなど率先してやってくれていますから、大助かりですよ」

(主にアレクのことだけだが)

 笑顔を貼りつけたままロナルドはそう心の中でつぶやいた。

「ほう。あのケルトが」

 ギルは驚きに目を丸くする。
 
 ギルはケルトが人捜しのために国王に頼み込み、情報収集のために警備隊の同行にあたっていたこと以上の情報を持ち合わせていない。
 
 そもそも自国の人間でもないケルトがどのようにして国王と会い、国王はなぜケルトを優遇するのか。
 
 人捜しの情報収集など警備隊に命令すれば済むことなのに、なぜ国王はケルトを直接同行させるという遠回りなことを行うなうのか。
 
 ケルトの正体を探ることは国王より直々に禁止され、すべては謎に包まれたまま。
 
 腑に落ちないことは山ほどあったが、王命は絶対である。それゆえケルトを同行させてきたギルであったが、当のケルトといえば警備隊の人間や仕事にはまったく無関心であったし、命令されればしぶしぶ追尾の魔法を使うくらいでそれ以上のことは手を貸さず、間違っても自分から危険に身を投じるような人間ではなかった。
 
 どちらかといえば保守的で非協力的。自分から申し出たにも関わらず、そんなケルトの怠惰な行動には隊員たちも少なからず苛立っていたものだ。
 
 そのケルトが率先して他人のために動くなどギルには到底信じられない。
 
 だがあの夜、そんなケルトが初めて命令に背き自らの意思で行動した。すべてはアレクを探し出すため。
 
 ケルトにとってアレクがそれほどまでに価値のある人間ということなのだろう。そして国王はその手助けをしたのだ。

 いったいこの少年は何者だ。

 その疑念はギルの中でただ深まるばかりだった――
 
 
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