アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
63 / 146
第三章

新たなる目標と迫る魔性

しおりを挟む
 医療棟の人間と話があるといって席を外していたロナルドが戻り、アレクはその後彼の案内で第一警備隊基地内へと移動した。
 
 さすがに行き交うひとの数は多い。

 ロナルドはすれ違うたびに隊員たちと軽い挨拶を交わしていたが、相手がロナルドだったためか、その隣に並ぶローブを纏った不審な人間アレクに対し訝しげな視線を向けつつ誰もそのことを指摘することはなく、アレクは内心安堵の息をついていた。

「医師はなんといっていたのですか?」

 通路を歩みながらアレクがそう問いかけると、ロナルドは少し難しそうな表情を浮かべる。
 
「医師の話によればマーリナスの回復にはもうしばらく時間がかかるそうだよ。問題なのはギル殿が押収した解毒剤が残りわずかだということだ。いまある解毒剤だけでは難しいかもしれないと」

「そんな」

「一刻も早く解毒剤を調達する必要があるね」

「ですがゴドリュースの解毒剤は製法が禁じられています。手に入れるといっても……」

「そう。製造はモンテジュナル王国が禁じている。それなら既存品を入手するしかないだろうね」

「また地下街の闇商人から手に入れるのですか? でも地下街の制圧は行わないのがこの国の暗黙の約束のはずでは? モーリッシュの確保はベローズ王国警備隊の協力もあってうまくいきましたが、そう何度もできるでしょうか」

「できるさ。ゴドリュースとその解毒剤の確保は現時点で我が国の最優先事項だ。なんせ、王命だからね」

 勝ち誇った笑みを向けたロナルドにアレクは目を丸くする。

 王命。

 そうか。どういった経緯かわからないが、今回の件が国王の耳に届いたのだ。そして国王は危惧した。かつて貴族や王族の権力争いに用いられたゴドリュース。それが自国の地下街で使用されたとなれば気が気ではないだろう。

 王命であれば堂々と地下街を取り締まれる。だけどゴドリュースも解毒剤もいまとなっては稀少な品物だ。いくら闇商人といえど簡単に手に入れることは難しい。

 まずはモンテジュナルと関わりのある闇商人を探し出さなければならない。

 アレクはフードの下で表情を引き締める。

 悲しみ嘆いている場合ではない。マーリナスを助けなければ。せっかくギルがつなぎ止めてくれたマーリナスの命。絶対に死なせたりするものか。

「ここが今日からきみが働く場所だよ」

 心の中で堅く決意したアレクはその声にふと顔をあげる。

 案内された部屋のドアには「隊長室」のプレートが掲げてあった。おそらくここがマーリナスの部屋なのだろう。
 
 笑顔でロナルドがドアを開き、アレクを招き入れる。部屋の中は大きな窓をバックに立派な執務机と椅子があった。その椅子に微笑むマーリナスの幻影を映し、アレクは目を細める。
 
 いまは空席となってしまったあの椅子。けれどマーリナスがあの椅子に戻るときは必ずやってくる。それまで自分はロナルドの力となり解毒剤を手に入れて、元気になったマーリナスを迎えるんだ。
 
「はい。お任せ下さい」
 
 悲しげに揺らいでいた瞳が強い意志をもって自分を見つめたことに、ロナルドは打ち震える気持ちを押し殺し、黙ってうなずきを返した。
 
 アレクの能力に不安などない。湧き上がるのは喜び。紫色アメジストの瞳がただ真っ直ぐに自分をみているという喜び。これからの時間をアレクと共有できるという喜び。アレクのすべてを自分の手の中に。その頬に触れて、その髪に触れて、その唇を再び自分の物にしたい。
 
 ロナルドの手がアレクの頬に触れる。少しだけひやりとして滑らかで、まるで陶磁器のようなその肌。指をかすめる細い髪は柔らかく輝いて。魔性の瞳が少しだけ不思議そうに自分を見上げている。
 
「ロナルドさん?」
 
 自分の名を紡ぐ声は心地よく、小さく動く唇は瑞々しい果実のよう。アレクから香り立つほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐり、かろうじて残るロナルドの理性をいとも容易たやすく流してゆく。

 そういえば初代王の遺跡でアレクを発見したときも、これと同じ香りが充満していたな……と、そんなことを思いだす。もう一度あの味をあじわいたい。引き込まれる。吸い寄せられる。あの熱を、あの吐息を。
 
 もう一度――
 
「ロナ……」
 
 ロナルドの腕がアレクの細い腰に回り、軽く引き寄せた。つんのめるようにしてロナルドの胸に飛び込んだアレクの顔は目と鼻の先。驚きに目を丸くするアレクの小さな息づかいを肌に感じる距離。そのあごを軽く指で持ち上げ、ロナルドは紫差した瞳をそっと閉じて顔を近づけた。薄く開かれた唇がアレクの唇をふさぐ――
 
 そのときだった。
 
 コンコン!
 
 ノックが部屋に響き渡ったのは。

 
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...