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第三章
蜘蛛の巣
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「……誰だ」
「はっ! 第一警備隊所属一等兵ニック・メーソンであります! 入室してもよろしいでしょうか!」
「……入り口に魔道具があるだろう。それを身につけてから入れ」
「はっ!」
ロナルドの瞳からすっと熱が引き、大きく目を開いたままのアレクから離れると、笑いながら指先でつまんだ白い花びらをみせた。
「髪についていたよ」
いつもと変わらない笑顔と声にアレクはほっと肩の力を抜く。
「病室でついてしまったんですね。ありがとうございます」
そう笑顔を返しながらも、アレクは胸の内でざわつきが押さえられなかった。
一瞬だけ、自分をみつめるロナルドの瞳に恐怖を覚えたからだ。なぜ怖いと思ったのか。それはアレクがいままで何度も目にしてきた瞳ととてもよく似ていたからだ。だけどそんなはずはない。きっと気のせいだ。
小さく警報を鳴らす心から目を背け、ロナルドにうながされてアレクが壁際の机に腰をおろすと、ニックが首に魔道具をかけてドアから現れた。
入室するときには気がつかなかったが、補佐の話を出されたのは今朝方だとうのに、いつの間に新しい魔道具を用意していたのだろう。
そんな疑念がアレクのあたまをよぎったが、いまはニックの首元に光るネックレスをみつめロナルドの気遣いに感謝しながらも気を引き締める。
もう仕事は始まっている。初めはたいしたことはできないかもしれないが、しっかりしなくては。
そう、思ったのだが。ニックが口にした言葉はそんなアレクの気持ちを再び大きく揺り動かすものとなった。
「捕らえた地下街の違法薬師に解毒剤を売った人物がわかりました。近々その人物とモンテジュナルの闇商人との間で大きな取り引きがあるようです」
「そんな!」
せっかく引き締めた気は一瞬で霧散し、アレクは信じられない思いで声をあげた。直後、はっと口元を押さえたが既に手遅れだった。ニックは言葉をさえぎられ、訝しげな視線をアレクに向ける。
「……ロナルド副隊長。この方は?」
「本日付けでわたしの補佐役となったアレクだ。それで、その商人の名前は」
ロナルドはあえて気に留めぬ素振りでニックに話の続きをうながしたが、その視線は鋭くアレクに向けられていた。
アレクの顔色は悪い。いまの報告の何がいったいアレクの動揺を引き起こしたのか。少々気がかりだが、いまはまずニックの報告を聞かなければならない。
「ゲイリー・ヴァレットです。地下街の情報は完全に把握できておりません。犯罪者リストも確認してみましたが、そのような名前は見当たりませんでした。現在捕らえた違法薬師を尋問中ですが、情報を吐こうとしません。それゆえ居場所も現時点では不明です」
「わたしが話を聞く。行こう」
「はっ!」
席を立ったロナルドとニックが部屋を出ようとしたとき、アレクは耐えきれず勢いよく椅子から立ち上がった。
「僕も! 僕にも同行させてください! 決して邪魔はしません。お願いします!」
「アレク……」
驚いたように目を丸くしたロナルドにアレクは懇願の眼差しを向ける。
ロナルドから頼まれたのは書類整理などの簡単な事務仕事の補佐だ。自分が首を突っ込むべき案件ではないと嫌でも理解している。
だけど、黙ってここで待つことなんてできない。少しでも情報が欲しい。マーリナスの命がかかっているのだから。
「お願い……します」
泣きそうな顔であたまを下げたアレクにロナルドは小さな笑みをこぼす。
「おいで。一緒に行こう。みても楽しいものではないけどね」
だがそれを聞いたニックは驚きに声を上げた。
「副隊長! 部外者を尋問室に入れるのは規定違反です!」
「いっただろう。彼はわたしの補佐だ。部外者ではない。わたしが許可する。なにかあればわたしが責任を負う。それで問題ないだろう、ニック」
「しかし……」
現在隊長代理として任を全うするロナルドにそうまでいわれれば、ニックは黙るしかない。
それでも全身をローブで包んだ怪しげな少年アレクを一介の警備兵でさえ入室を禁じられている尋問室へ入れるなど、正気の沙汰ではないと感じずにはいられなかった。
ニックはロナルドの人柄や手腕をよく理解している。それゆえ、尊敬もしている。警備隊に入隊を果たしたときも、ロナルドと共に働きたくて第一警備隊の所属をみずから希望したのだ。
ロナルドは決して規定違反を犯すような人間ではない。いつも言葉巧みに相手の気持ちをうながし、ノーをイエスに変えることのできる人間なのだ。
こんな子供相手にそれをロナルドができないはずもなかった。いままでみたこともないロナルドの甘さが、ニックの心にまといついて離れない蜘蛛の巣のように気持ちの悪い違和感を生み出した。
なぜそこまで。この少年はいったい何者だ。
そんな疑念が追い打ちをかけるが、いまはまず報告が優先だと意識を切り替える。
「捕らえたのはベローズ王国のギル隊長がゴドリュースの解毒剤を押収した違法薬師です。名をホーキンスといいます。そもそもホーキンスの店に置いてあった解毒剤もゲイリー・ヴァレットから入手したようなのですが、相手の情報を売るのは地下街では御法度です。これ以上口を割らせるのは困難かと思われます」
「そうだね」
通路を肩を並べて歩くロナルドとニックの後方を静かに付いていくアレクはその言葉に同感の思いだった。地下街で生き残るには情報がすべてだ。誰が確実に情報を守り、誰が裏切るのか。
いままで不可侵とされてきた地下街で、違法薬師ホーキンスは王命により堂々と捕らえられた。その情報を知らない人間など、もはや地下街に残ってはいないだろう。
取り引き相手の名を明かした時点でホーキンスは既に地下街に戻ることは諦めたのだと思う。だが、地下街に戻らないからといって命が無事である保証などどこにもない。
中途半端に情報を明かしたのは減刑が目的。それとおそらく時間稼ぎだとアレクは考える。
相手の名を明かしたところでリストには名前がなく居場所も不明。それをこちらが探っている間にゲイリー・ヴァレットが取り引きを終えれば、結果的に問題はない。
ホーキンスと取り引きをしていたゲイリーは既に逃げる手はずを整えているはずなのだから。
一刻も早く相手の居場所と取り引きの詳細をつかまなければならない。
そんな焦りがアレクの中で募っていく。
「はっ! 第一警備隊所属一等兵ニック・メーソンであります! 入室してもよろしいでしょうか!」
「……入り口に魔道具があるだろう。それを身につけてから入れ」
「はっ!」
ロナルドの瞳からすっと熱が引き、大きく目を開いたままのアレクから離れると、笑いながら指先でつまんだ白い花びらをみせた。
「髪についていたよ」
いつもと変わらない笑顔と声にアレクはほっと肩の力を抜く。
「病室でついてしまったんですね。ありがとうございます」
そう笑顔を返しながらも、アレクは胸の内でざわつきが押さえられなかった。
一瞬だけ、自分をみつめるロナルドの瞳に恐怖を覚えたからだ。なぜ怖いと思ったのか。それはアレクがいままで何度も目にしてきた瞳ととてもよく似ていたからだ。だけどそんなはずはない。きっと気のせいだ。
小さく警報を鳴らす心から目を背け、ロナルドにうながされてアレクが壁際の机に腰をおろすと、ニックが首に魔道具をかけてドアから現れた。
入室するときには気がつかなかったが、補佐の話を出されたのは今朝方だとうのに、いつの間に新しい魔道具を用意していたのだろう。
そんな疑念がアレクのあたまをよぎったが、いまはニックの首元に光るネックレスをみつめロナルドの気遣いに感謝しながらも気を引き締める。
もう仕事は始まっている。初めはたいしたことはできないかもしれないが、しっかりしなくては。
そう、思ったのだが。ニックが口にした言葉はそんなアレクの気持ちを再び大きく揺り動かすものとなった。
「捕らえた地下街の違法薬師に解毒剤を売った人物がわかりました。近々その人物とモンテジュナルの闇商人との間で大きな取り引きがあるようです」
「そんな!」
せっかく引き締めた気は一瞬で霧散し、アレクは信じられない思いで声をあげた。直後、はっと口元を押さえたが既に手遅れだった。ニックは言葉をさえぎられ、訝しげな視線をアレクに向ける。
「……ロナルド副隊長。この方は?」
「本日付けでわたしの補佐役となったアレクだ。それで、その商人の名前は」
ロナルドはあえて気に留めぬ素振りでニックに話の続きをうながしたが、その視線は鋭くアレクに向けられていた。
アレクの顔色は悪い。いまの報告の何がいったいアレクの動揺を引き起こしたのか。少々気がかりだが、いまはまずニックの報告を聞かなければならない。
「ゲイリー・ヴァレットです。地下街の情報は完全に把握できておりません。犯罪者リストも確認してみましたが、そのような名前は見当たりませんでした。現在捕らえた違法薬師を尋問中ですが、情報を吐こうとしません。それゆえ居場所も現時点では不明です」
「わたしが話を聞く。行こう」
「はっ!」
席を立ったロナルドとニックが部屋を出ようとしたとき、アレクは耐えきれず勢いよく椅子から立ち上がった。
「僕も! 僕にも同行させてください! 決して邪魔はしません。お願いします!」
「アレク……」
驚いたように目を丸くしたロナルドにアレクは懇願の眼差しを向ける。
ロナルドから頼まれたのは書類整理などの簡単な事務仕事の補佐だ。自分が首を突っ込むべき案件ではないと嫌でも理解している。
だけど、黙ってここで待つことなんてできない。少しでも情報が欲しい。マーリナスの命がかかっているのだから。
「お願い……します」
泣きそうな顔であたまを下げたアレクにロナルドは小さな笑みをこぼす。
「おいで。一緒に行こう。みても楽しいものではないけどね」
だがそれを聞いたニックは驚きに声を上げた。
「副隊長! 部外者を尋問室に入れるのは規定違反です!」
「いっただろう。彼はわたしの補佐だ。部外者ではない。わたしが許可する。なにかあればわたしが責任を負う。それで問題ないだろう、ニック」
「しかし……」
現在隊長代理として任を全うするロナルドにそうまでいわれれば、ニックは黙るしかない。
それでも全身をローブで包んだ怪しげな少年アレクを一介の警備兵でさえ入室を禁じられている尋問室へ入れるなど、正気の沙汰ではないと感じずにはいられなかった。
ニックはロナルドの人柄や手腕をよく理解している。それゆえ、尊敬もしている。警備隊に入隊を果たしたときも、ロナルドと共に働きたくて第一警備隊の所属をみずから希望したのだ。
ロナルドは決して規定違反を犯すような人間ではない。いつも言葉巧みに相手の気持ちをうながし、ノーをイエスに変えることのできる人間なのだ。
こんな子供相手にそれをロナルドができないはずもなかった。いままでみたこともないロナルドの甘さが、ニックの心にまといついて離れない蜘蛛の巣のように気持ちの悪い違和感を生み出した。
なぜそこまで。この少年はいったい何者だ。
そんな疑念が追い打ちをかけるが、いまはまず報告が優先だと意識を切り替える。
「捕らえたのはベローズ王国のギル隊長がゴドリュースの解毒剤を押収した違法薬師です。名をホーキンスといいます。そもそもホーキンスの店に置いてあった解毒剤もゲイリー・ヴァレットから入手したようなのですが、相手の情報を売るのは地下街では御法度です。これ以上口を割らせるのは困難かと思われます」
「そうだね」
通路を肩を並べて歩くロナルドとニックの後方を静かに付いていくアレクはその言葉に同感の思いだった。地下街で生き残るには情報がすべてだ。誰が確実に情報を守り、誰が裏切るのか。
いままで不可侵とされてきた地下街で、違法薬師ホーキンスは王命により堂々と捕らえられた。その情報を知らない人間など、もはや地下街に残ってはいないだろう。
取り引き相手の名を明かした時点でホーキンスは既に地下街に戻ることは諦めたのだと思う。だが、地下街に戻らないからといって命が無事である保証などどこにもない。
中途半端に情報を明かしたのは減刑が目的。それとおそらく時間稼ぎだとアレクは考える。
相手の名を明かしたところでリストには名前がなく居場所も不明。それをこちらが探っている間にゲイリー・ヴァレットが取り引きを終えれば、結果的に問題はない。
ホーキンスと取り引きをしていたゲイリーは既に逃げる手はずを整えているはずなのだから。
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