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第三章
ホーキンスが信じるもの
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案内された尋問室は地下にあり、下へ続く階段の入り口に立つ守衛に身分証の提示を求められた。
アレクの身分証はまだ用意されていなかったが、臨時採用ということでロナルドの言葉添えもあり、不審がられながらもしぶしぶ入室の許可を得ることができた。
たいして長くもない階段を降りると分厚い鉄扉が両脇にいくつも並ぶ狭い通路が横に伸びており、コツコツと響く靴音を聞きながら三人は無言で歩みを進めていく。
辺りに人影はなく、上階と比べて通路は不気味なほど静まり返っている。その通路の際奥を塞ぐ鉄扉の前でロナルドは足を止めるとアレクを振り向いた。
「覚悟はできているかい?」
「はい」
悪人にとって同業者の情報を明かすのは死と同義に等しい。普段ならば貴族たちの後ろ盾によってやんわりと行われる尋問は、王命によって厳しいものとなったに違いない。
ホーキンスが口を割ったということは、つまりそういうことなのだろう。アレクはきゅっと口元を結ぶと力をこめてうなずいた。
そんなアレクに鋭い視線を向けつつニックが扉の鍵を回す。
尋問室の扉が開かれると数名の男たちと、上半身裸で血だらけになった男がぐったりとしてうなだれ、壁に鎖で繋がれている姿が目に飛び込んでくる。
部屋の中はむわりとした血生臭い空気で充満しており、アレクは鼻腔をつくその臭いに小さく顔を歪めながら部屋の中へ足を進めた。
尋問と聞いていたがこれでは拷問だ。手段を選んではいられないということなのだろうが、少しやり過ぎなのでは。
そんな思いがアレクの胸をよぎるが、すぐさま気持ちを切り替える。そんな甘いことをいっている場合ではない。時間は刻一刻と迫っているのだから。
「ロナルド副隊長」
「やあ。ご苦労様。なにか新しい情報は吐いたかな」
男に手を伸ばしていた尋問官が振り返り、ロナルドに敬礼を行う。
「いえ。相手の名は明かしたのだから、あとは自分たちで調べろとの一点張りでして」
ロナルドはふっと小さく笑うと、ぐっとりとうなだれるホーキンスの前へ足を向けた。その足音に気づいたホーキンスは唇の切れた口角を引き上げながら、ゆっくりと顔を上げる。
「……よう。今度はお偉いさんのお出ましか。この国の国王が出てきたとしても、俺はこれ以上喋るつもりはねえぞ」
「それは困ったね。きみが話してくれた内容では情報不足なんだよ。ゲイリー・ヴァレットについてもっと詳しく話してくれれば、国王殿下に恩赦を与えるように進言してあげてもいい。どうだい?」
ロナルドもおそらく、アレクと同様に減刑が目的だと踏んだのだろう。
だが乗ってくると思ったホーキンスは意外にもその言葉を鼻で笑ってみせた。
「はっ、恩赦だ? ゴドリュースを扱っていた時点で死刑は免れねえだろうが。嘘をつくならもっとましな嘘をつくんだな」
「死刑が免れないことを理解していて隠すのかい? なぜだろうね。洗いざらい話してゴドリュース確保に協力してくれれば、国王殿下だって鬼じゃない。もしかしたら、という可能性も残されているんだけどね。最低でも確保するそのときまで、きみの命は安全なはずだよ」
「そんな不確かな可能性に賭けられるかよ、馬鹿が。俺は確かなものしか信じねえ。ベローズ王国のあの男が、不問にするっていったのを信じちまったのは間抜けだったけどな」
「そう……きみが死ぬ間際でも信じる確かなものとはなんだろうね。既に死を受け入れたきみが、なぜそこまでゲイリー・ヴァレットを庇うのかな」
ロナルドの問いかけにホーキンスは皮肉な笑みを浮かべる。
口角は切れて血がこびりつき顔はアザだらけ。体中傷つけられて全身にびっしょりと汗をかき、疲弊しているのは明らかだ。それでもロナルドをにらみつけたホーキンスの瞳にはギラギラと光る獰猛な意思の強さがあった。
「おまえらが信じるものはなんだ。地下街をほったらかしにしてる国王か。それとも正義や信念か。そんなものは簡単に砕け散るだろうよ。だがな、絶対に砕けねえものがある」
「それは、なにかな」
「悪心さ。他人のために向ける心なんてクソほどちいせえもんだ。簡単に揺らいで消えちまう。だけどな、悪心ってのは自分のために使うんだ。自分の欲望のために生きる人間てのは揺るがねえ。迷いなく判断できるんだ。俺はゲイリーの悪心を信じる」
「悪心……ね」
ぽつりとつぶやいたロナルドはそっと瞳を伏せた。
ホーキンスはゲイリー・ヴァレットの内にある揺るぎない悪心を信じている。だがそれが、ホーキンスからそれ以上の情報を引き出すことを禁じてもいる。
それはなぜか。恐れているからだ。ゲイリー・ヴァレットの揺るぎない悪心とそれに伴う迷いなき判断を恐れている。だが既に拘束され死を覚悟しているホーキンスがなにを恐れるというのか。
「人質……でも取られているのかな」
その瞬間、ホーキンスの目がこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた――
アレクの身分証はまだ用意されていなかったが、臨時採用ということでロナルドの言葉添えもあり、不審がられながらもしぶしぶ入室の許可を得ることができた。
たいして長くもない階段を降りると分厚い鉄扉が両脇にいくつも並ぶ狭い通路が横に伸びており、コツコツと響く靴音を聞きながら三人は無言で歩みを進めていく。
辺りに人影はなく、上階と比べて通路は不気味なほど静まり返っている。その通路の際奥を塞ぐ鉄扉の前でロナルドは足を止めるとアレクを振り向いた。
「覚悟はできているかい?」
「はい」
悪人にとって同業者の情報を明かすのは死と同義に等しい。普段ならば貴族たちの後ろ盾によってやんわりと行われる尋問は、王命によって厳しいものとなったに違いない。
ホーキンスが口を割ったということは、つまりそういうことなのだろう。アレクはきゅっと口元を結ぶと力をこめてうなずいた。
そんなアレクに鋭い視線を向けつつニックが扉の鍵を回す。
尋問室の扉が開かれると数名の男たちと、上半身裸で血だらけになった男がぐったりとしてうなだれ、壁に鎖で繋がれている姿が目に飛び込んでくる。
部屋の中はむわりとした血生臭い空気で充満しており、アレクは鼻腔をつくその臭いに小さく顔を歪めながら部屋の中へ足を進めた。
尋問と聞いていたがこれでは拷問だ。手段を選んではいられないということなのだろうが、少しやり過ぎなのでは。
そんな思いがアレクの胸をよぎるが、すぐさま気持ちを切り替える。そんな甘いことをいっている場合ではない。時間は刻一刻と迫っているのだから。
「ロナルド副隊長」
「やあ。ご苦労様。なにか新しい情報は吐いたかな」
男に手を伸ばしていた尋問官が振り返り、ロナルドに敬礼を行う。
「いえ。相手の名は明かしたのだから、あとは自分たちで調べろとの一点張りでして」
ロナルドはふっと小さく笑うと、ぐっとりとうなだれるホーキンスの前へ足を向けた。その足音に気づいたホーキンスは唇の切れた口角を引き上げながら、ゆっくりと顔を上げる。
「……よう。今度はお偉いさんのお出ましか。この国の国王が出てきたとしても、俺はこれ以上喋るつもりはねえぞ」
「それは困ったね。きみが話してくれた内容では情報不足なんだよ。ゲイリー・ヴァレットについてもっと詳しく話してくれれば、国王殿下に恩赦を与えるように進言してあげてもいい。どうだい?」
ロナルドもおそらく、アレクと同様に減刑が目的だと踏んだのだろう。
だが乗ってくると思ったホーキンスは意外にもその言葉を鼻で笑ってみせた。
「はっ、恩赦だ? ゴドリュースを扱っていた時点で死刑は免れねえだろうが。嘘をつくならもっとましな嘘をつくんだな」
「死刑が免れないことを理解していて隠すのかい? なぜだろうね。洗いざらい話してゴドリュース確保に協力してくれれば、国王殿下だって鬼じゃない。もしかしたら、という可能性も残されているんだけどね。最低でも確保するそのときまで、きみの命は安全なはずだよ」
「そんな不確かな可能性に賭けられるかよ、馬鹿が。俺は確かなものしか信じねえ。ベローズ王国のあの男が、不問にするっていったのを信じちまったのは間抜けだったけどな」
「そう……きみが死ぬ間際でも信じる確かなものとはなんだろうね。既に死を受け入れたきみが、なぜそこまでゲイリー・ヴァレットを庇うのかな」
ロナルドの問いかけにホーキンスは皮肉な笑みを浮かべる。
口角は切れて血がこびりつき顔はアザだらけ。体中傷つけられて全身にびっしょりと汗をかき、疲弊しているのは明らかだ。それでもロナルドをにらみつけたホーキンスの瞳にはギラギラと光る獰猛な意思の強さがあった。
「おまえらが信じるものはなんだ。地下街をほったらかしにしてる国王か。それとも正義や信念か。そんなものは簡単に砕け散るだろうよ。だがな、絶対に砕けねえものがある」
「それは、なにかな」
「悪心さ。他人のために向ける心なんてクソほどちいせえもんだ。簡単に揺らいで消えちまう。だけどな、悪心ってのは自分のために使うんだ。自分の欲望のために生きる人間てのは揺るがねえ。迷いなく判断できるんだ。俺はゲイリーの悪心を信じる」
「悪心……ね」
ぽつりとつぶやいたロナルドはそっと瞳を伏せた。
ホーキンスはゲイリー・ヴァレットの内にある揺るぎない悪心を信じている。だがそれが、ホーキンスからそれ以上の情報を引き出すことを禁じてもいる。
それはなぜか。恐れているからだ。ゲイリー・ヴァレットの揺るぎない悪心とそれに伴う迷いなき判断を恐れている。だが既に拘束され死を覚悟しているホーキンスがなにを恐れるというのか。
「人質……でも取られているのかな」
その瞬間、ホーキンスの目がこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた――
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