アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
65 / 146
第三章

ホーキンスが信じるもの

しおりを挟む
 案内された尋問室は地下にあり、下へ続く階段の入り口に立つ守衛に身分証の提示を求められた。

 アレクの身分証はまだ用意されていなかったが、臨時採用ということでロナルドの言葉添えもあり、不審がられながらもしぶしぶ入室の許可を得ることができた。

 たいして長くもない階段を降りると分厚い鉄扉が両脇にいくつも並ぶ狭い通路が横に伸びており、コツコツと響く靴音を聞きながら三人は無言で歩みを進めていく。

 辺りに人影はなく、上階と比べて通路は不気味なほど静まり返っている。その通路の際奥を塞ぐ鉄扉の前でロナルドは足を止めるとアレクを振り向いた。

「覚悟はできているかい?」

「はい」

 悪人にとって同業者の情報を明かすのは死と同義に等しい。普段ならば貴族たちの後ろ盾によってやんわりと行われる尋問は、王命によって厳しいものとなったに違いない。

 ホーキンスが口を割ったということは、つまりそういうことなのだろう。アレクはきゅっと口元を結ぶと力をこめてうなずいた。

 そんなアレクに鋭い視線を向けつつニックが扉の鍵を回す。

 尋問室の扉が開かれると数名の男たちと、上半身裸で血だらけになった男がぐったりとしてうなだれ、壁に鎖で繋がれている姿が目に飛び込んでくる。

 部屋の中はむわりとした血生臭い空気で充満しており、アレクは鼻腔をつくその臭いに小さく顔を歪めながら部屋の中へ足を進めた。

 尋問と聞いていたがこれでは拷問だ。手段を選んではいられないということなのだろうが、少しやり過ぎなのでは。

 そんな思いがアレクの胸をよぎるが、すぐさま気持ちを切り替える。そんな甘いことをいっている場合ではない。時間は刻一刻と迫っているのだから。

「ロナルド副隊長」

「やあ。ご苦労様。なにか新しい情報は吐いたかな」

 男に手を伸ばしていた尋問官が振り返り、ロナルドに敬礼を行う。

「いえ。相手の名は明かしたのだから、あとは自分たちで調べろとの一点張りでして」

 ロナルドはふっと小さく笑うと、ぐっとりとうなだれるホーキンスの前へ足を向けた。その足音に気づいたホーキンスは唇の切れた口角を引き上げながら、ゆっくりと顔を上げる。

「……よう。今度はお偉いさんのお出ましか。この国の国王が出てきたとしても、俺はこれ以上喋るつもりはねえぞ」

「それは困ったね。きみが話してくれた内容では情報不足なんだよ。ゲイリー・ヴァレットについてもっと詳しく話してくれれば、国王殿下に恩赦おんしゃを与えるように進言してあげてもいい。どうだい?」

 ロナルドもおそらく、アレクと同様に減刑が目的だと踏んだのだろう。

 だが乗ってくると思ったホーキンスは意外にもその言葉を鼻で笑ってみせた。

「はっ、恩赦おんしゃだ? ゴドリュースを扱っていた時点で死刑は免れねえだろうが。嘘をつくならもっとましな嘘をつくんだな」

「死刑が免れないことを理解していて隠すのかい? なぜだろうね。洗いざらい話してゴドリュース確保に協力してくれれば、国王殿下だって鬼じゃない。もしかしたら、という可能性も残されているんだけどね。最低でも確保するそのときまで、きみの命は安全なはずだよ」

「そんな不確かな可能性に賭けられるかよ、馬鹿が。俺は確かなものしか信じねえ。ベローズ王国のあの男が、不問にするっていったのを信じちまったのは間抜けだったけどな」

「そう……きみが死ぬ間際でも信じる確かなものとはなんだろうね。既に死を受け入れたきみが、なぜそこまでゲイリー・ヴァレットを庇うのかな」

 ロナルドの問いかけにホーキンスは皮肉な笑みを浮かべる。

 口角は切れて血がこびりつき顔はアザだらけ。体中傷つけられて全身にびっしょりと汗をかき、疲弊ひへいしているのは明らかだ。それでもロナルドをにらみつけたホーキンスの瞳にはギラギラと光る獰猛な意思の強さがあった。

「おまえらが信じるものはなんだ。地下街をほったらかしにしてる国王か。それとも正義や信念か。そんなものは簡単に砕け散るだろうよ。だがな、絶対に砕けねえものがある」

「それは、なにかな」

「悪心さ。他人のために向ける心なんてクソほどちいせえもんだ。簡単に揺らいで消えちまう。だけどな、悪心ってのは自分のために使うんだ。自分の欲望のために生きる人間てのは揺るがねえ。迷いなく判断できるんだ。俺はゲイリーの悪心を信じる」

「悪心……ね」

 ぽつりとつぶやいたロナルドはそっと瞳を伏せた。

 ホーキンスはゲイリー・ヴァレットの内にある揺るぎない悪心を信じている。だがそれが、ホーキンスからそれ以上の情報を引き出すことを禁じてもいる。

 それはなぜか。恐れているからだ。ゲイリー・ヴァレットの揺るぎない悪心とそれに伴う迷いなき判断を恐れている。だが既に拘束され死を覚悟しているホーキンスがなにを恐れるというのか。

「人質……でも取られているのかな」

 その瞬間、ホーキンスの目がこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた――

 
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...