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第三章
否定と肯定
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「なに? ホーキンスがゲイリーの居場所をはいた?」
その後、定時報告から戻ってきたロナルドをアレクは素知らぬ顔で迎えた。それを追うようにして隊長室を訪れたニックの報告に、ロナルドは意外な表情を浮かべる。
ホーキンスの周辺調査は予想通り難航していたし、人質救出もできていないというのに、なぜホーキンスは新たな情報を教える気になったのだろうか。
「はい。副隊長の秘策のおかげかと」
「わたしの秘策?」
「はい。アレクに言伝を頼まれたと聞きましたが。アレクがホーキンスに何かささやいたらすぐに話し始めたと。尋問官も驚いていました」
それを聞いたロナルドはハッとしてアレクを見た。アレクは顔を下に伏せたまま、こちらを見ようとしない。けれど、それが答えだ。
ロナルドは小さく嘆息をもらすと、ニックに話の続きをうながした。
「ゲイリー・ヴァレットは地下街東区に居住を置いています。目印は蛇と薔薇の看板を掲げた酒場の看板だそうで。表向きには酒場の運営を行っていますが、裏では主に薬物、毒などの違法取り引きをしていると」
「わかった。先に偵察部隊を送り込め。ゲイリー・ヴァレットの所在が確認でき次第、突入隊を編成して乗り込もう。準備に取りかかってくれるかい」
「はっ!」
敬礼をしてニックが部屋を後にすると、部屋には沈黙が訪れた。
ロナルドはアレクに視線を移し、ゆっくりと歩みを進める。足音が徐々に近づいてきことに気がついても、アレクは机に視線を落としたまま微動だにせずにいる。
ロナルドはアレクのいる机の前でぴたりと足を止めた。
「アレク。きみ、何をしたのかわかっているのかい?」
近寄ってみればアレクの顔は死人のように青ざめ、噛みしめた唇やひざの上で握りしめた手が小刻みに震えているのが見てとれた。
その様子を静かにみつめ、ロナルドは口を開く。
「規定違反第三条五項、虚偽罪。第八条二項、無許可による重要施設への侵入。第十二条九項、無許可による証人との接触。数えあげたらきりがないね」
抑揚のない声で淡々と自身の罪を告げるロナルドの言葉に、アレクは口を開くことができなかった。
自分を信用して雇ってくれたというのに、数週間としないうちにこれほどの規定違反を犯しロナルドの顔に泥を塗ってしまったのだ。責められても文句はいえない。
覚悟はしていたつもりだったが、やはり胸が苦しい。アレクがもっとも恐れていたのは、ロナルドを失望させることだった。
マーリナスの家にいたときからずっと優しく接してくれて、丁寧に仕事を教えてくれたロナルド。寂しさを紛らわせ、楽しい会話で常に笑わせてくれた。
友などと呼ぶには、あまりにもおこがましいかもしれない。それでも日々そばにいてくれたロナルドに対し、アレクはマーリナスと同様に溢れんばかりの感謝と尊敬の念を抱いていたし、気の許せる数少ない人間であると思っていた。
そんなロナルドの期待を裏切り、失望させることはアレクの本意ではない。
だけどそれでも事態が進行しないよりはいい。自分のしたことが少しでもゲイリー・ヴァレットの確保につながるものとなり、マーリナスを救う手立てになるのなら。
「自分が犯した罪は理解しています。罰則も甘んじて受けます。家を追い出され保護地区に送還されたとしても文句はいいません。あまりお役に立つことはできませんでしたが、それでも僕は……」
自分のしたことを後悔していません――
みずからの意思でバレリアの呪いを使用した。それがどれほど恐ろしく、危険なことかアレクは理解している。保護という名目で監視していたロナルドが、これ以上自分を手元に置くことはしないだろう。下手をすれば死刑もありえる話だ。
ポケットから身分証を取り出し、机の上に置いたアレクの言葉をロナルドがさえぎる。
「よくやってくれた。アレク」
アレクは一瞬聞き間違えたのかと思った。驚いて顔を上げてみれば、そこには薄茶色の髪の下で自分を見つめる柔らかな瞳があった。
「確かにきみは多くの規定違反を犯した。けれど、この進展に貢献したきみの活躍は大きい。呪いを使ったことを後悔しているかい? 恐れ、また自分を責めているかい? そんな必要はどこにもない」
変わらず微笑みを浮かべるロナルドからアレクは目が離せなかった。紡がれる言葉は繭玉のように温かく、アレクのひしゃげた心を少しずつ繋ぎもどしていく。
「きみが今回したことは、多くの人々を救う力となる。きみでなければできず、ここにいなければ行うことができなかった。俺はきみの助力に期待していた。けれどそれは書類整理を行わせることが目的ではないよ。俺の、そしてマーリナスの念願でもある、警備隊に所属する理由さ」
ロナルドは机の上に腰を下ろし、自分を見上げるアレクのあたまの上に優しく手を置いて微笑んだ。
「悪党退治」
そのひとことが、ギリギリで保っていたアレクの心を春風のように包み込む。
してはいけないと思っていた。呪いを利用すると決めた自分をなんとか肯定しようと、あれこれ考えた。だけどそれは全部都合良くねじ曲げた解釈なのだと、誰よりもアレク本人が理解していた。
自己中心的で卑小で、偽善者。そんな自分から目を背けた自分が一番恐しく感じられた。
だけどそんな自分を受け入れるのはつらく、みじめで。ロナルドには強がりをいった。
けれど思い出す。マーリナスの望み。それは地下街の悪人を一掃することにあったのだと。
「葛藤しただろう。思い悩み、つらい思いをさせてしまたね。だけどアレク。俺からきみに送る言葉はひとつしかないよ」
ロナルドの指が優しくアレクの髪をなでる。
「ありがとう」
頭上から優しく降り注いだ言葉に、くしゃりと顔を歪ませたアレクの目から涙が零れ落ちた。
その後、定時報告から戻ってきたロナルドをアレクは素知らぬ顔で迎えた。それを追うようにして隊長室を訪れたニックの報告に、ロナルドは意外な表情を浮かべる。
ホーキンスの周辺調査は予想通り難航していたし、人質救出もできていないというのに、なぜホーキンスは新たな情報を教える気になったのだろうか。
「はい。副隊長の秘策のおかげかと」
「わたしの秘策?」
「はい。アレクに言伝を頼まれたと聞きましたが。アレクがホーキンスに何かささやいたらすぐに話し始めたと。尋問官も驚いていました」
それを聞いたロナルドはハッとしてアレクを見た。アレクは顔を下に伏せたまま、こちらを見ようとしない。けれど、それが答えだ。
ロナルドは小さく嘆息をもらすと、ニックに話の続きをうながした。
「ゲイリー・ヴァレットは地下街東区に居住を置いています。目印は蛇と薔薇の看板を掲げた酒場の看板だそうで。表向きには酒場の運営を行っていますが、裏では主に薬物、毒などの違法取り引きをしていると」
「わかった。先に偵察部隊を送り込め。ゲイリー・ヴァレットの所在が確認でき次第、突入隊を編成して乗り込もう。準備に取りかかってくれるかい」
「はっ!」
敬礼をしてニックが部屋を後にすると、部屋には沈黙が訪れた。
ロナルドはアレクに視線を移し、ゆっくりと歩みを進める。足音が徐々に近づいてきことに気がついても、アレクは机に視線を落としたまま微動だにせずにいる。
ロナルドはアレクのいる机の前でぴたりと足を止めた。
「アレク。きみ、何をしたのかわかっているのかい?」
近寄ってみればアレクの顔は死人のように青ざめ、噛みしめた唇やひざの上で握りしめた手が小刻みに震えているのが見てとれた。
その様子を静かにみつめ、ロナルドは口を開く。
「規定違反第三条五項、虚偽罪。第八条二項、無許可による重要施設への侵入。第十二条九項、無許可による証人との接触。数えあげたらきりがないね」
抑揚のない声で淡々と自身の罪を告げるロナルドの言葉に、アレクは口を開くことができなかった。
自分を信用して雇ってくれたというのに、数週間としないうちにこれほどの規定違反を犯しロナルドの顔に泥を塗ってしまったのだ。責められても文句はいえない。
覚悟はしていたつもりだったが、やはり胸が苦しい。アレクがもっとも恐れていたのは、ロナルドを失望させることだった。
マーリナスの家にいたときからずっと優しく接してくれて、丁寧に仕事を教えてくれたロナルド。寂しさを紛らわせ、楽しい会話で常に笑わせてくれた。
友などと呼ぶには、あまりにもおこがましいかもしれない。それでも日々そばにいてくれたロナルドに対し、アレクはマーリナスと同様に溢れんばかりの感謝と尊敬の念を抱いていたし、気の許せる数少ない人間であると思っていた。
そんなロナルドの期待を裏切り、失望させることはアレクの本意ではない。
だけどそれでも事態が進行しないよりはいい。自分のしたことが少しでもゲイリー・ヴァレットの確保につながるものとなり、マーリナスを救う手立てになるのなら。
「自分が犯した罪は理解しています。罰則も甘んじて受けます。家を追い出され保護地区に送還されたとしても文句はいいません。あまりお役に立つことはできませんでしたが、それでも僕は……」
自分のしたことを後悔していません――
みずからの意思でバレリアの呪いを使用した。それがどれほど恐ろしく、危険なことかアレクは理解している。保護という名目で監視していたロナルドが、これ以上自分を手元に置くことはしないだろう。下手をすれば死刑もありえる話だ。
ポケットから身分証を取り出し、机の上に置いたアレクの言葉をロナルドがさえぎる。
「よくやってくれた。アレク」
アレクは一瞬聞き間違えたのかと思った。驚いて顔を上げてみれば、そこには薄茶色の髪の下で自分を見つめる柔らかな瞳があった。
「確かにきみは多くの規定違反を犯した。けれど、この進展に貢献したきみの活躍は大きい。呪いを使ったことを後悔しているかい? 恐れ、また自分を責めているかい? そんな必要はどこにもない」
変わらず微笑みを浮かべるロナルドからアレクは目が離せなかった。紡がれる言葉は繭玉のように温かく、アレクのひしゃげた心を少しずつ繋ぎもどしていく。
「きみが今回したことは、多くの人々を救う力となる。きみでなければできず、ここにいなければ行うことができなかった。俺はきみの助力に期待していた。けれどそれは書類整理を行わせることが目的ではないよ。俺の、そしてマーリナスの念願でもある、警備隊に所属する理由さ」
ロナルドは机の上に腰を下ろし、自分を見上げるアレクのあたまの上に優しく手を置いて微笑んだ。
「悪党退治」
そのひとことが、ギリギリで保っていたアレクの心を春風のように包み込む。
してはいけないと思っていた。呪いを利用すると決めた自分をなんとか肯定しようと、あれこれ考えた。だけどそれは全部都合良くねじ曲げた解釈なのだと、誰よりもアレク本人が理解していた。
自己中心的で卑小で、偽善者。そんな自分から目を背けた自分が一番恐しく感じられた。
だけどそんな自分を受け入れるのはつらく、みじめで。ロナルドには強がりをいった。
けれど思い出す。マーリナスの望み。それは地下街の悪人を一掃することにあったのだと。
「葛藤しただろう。思い悩み、つらい思いをさせてしまたね。だけどアレク。俺からきみに送る言葉はひとつしかないよ」
ロナルドの指が優しくアレクの髪をなでる。
「ありがとう」
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