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第三章
アレクの古傷
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後日、ニック率いる偵察部隊が夜のとばりに紛れ、地下街への侵入を果たしていたころ。鬼のような形相をしたケルトがアレクの部屋を訪れていた。
「なぜですか! なぜまたアレク様がそんな危険な場所に出向かなければならないのです!」
「ケルト。落ち着いて話を聞いて」
「落ち着いてなんかいられません! あいつがアレク様に頼んだのは簡単な書類整理だったはずです。なぜゲイリー・ヴァレットの確保にアレク様が同行する必要があるのですか!」
憤慨し顔を真っ赤にして叫ぶケルトを真っ直ぐ見据えたまま、アレクは調書にあった内容を語り始めた。
「ホーキンスはやっぱりゲイリー・ヴァレットに人質を取られていたんだ」
「だからなんだというのです。人質救出のために助力したいと? そんなことは警備隊の仕事です!」
心優しいアレク様のことだ。見て見ぬフリなどできなかったのだろう。
ケルトは歯がみする。いつかこんなことになるんじゃないかと思っていた。
だからケルトは毎日反対していた。いますぐ仕事を辞めろと、何度も何度も。
また事件に巻き込まれたどうするんだ。そう訴えかけても、アレクは決して首を縦には振らなかった。
それもこれも全部あいつのせいだ。
あいつがアレク様を警備隊に誘ったりなんかするから!
だけど今回はなにがあっても止めてみせる。そう固く心に誓って次に発せられるアレクの台詞を待ち構えたケルトだったが、思わぬ台詞に虚を突かれることとなる。
「その人質というのはね。ゲイリー・ヴァレットの取り引き相手で、モンテジュナルの密売人だったんだよ」
言い返すつもりで開けた口を半開きにしたまま、ケルトは思わず言葉を失う。ロナルドに対して憤っていた気持ちなどあっという間に霧散して、真っ白になったあたまで数秒後、やっと声がでた。
「モンテジュナルの密売人……ですって?」
「そう。彼女はホーキンスとも何度か取り引きを行っている。商品は希少価値の高い薬がほとんどだったけれど、何度か会ううちにふたりは男女の仲になった。そしてある日、ホーキンスは彼女から話を持ち出されたんだ」
絶句、とでもいうのか。それ以上言葉をつなげずにいるケルトは、ただ黙ってアレクの言葉に耳を傾ける。
「ゴドリュースが手に入る。それも少量ではないと。だから大手の取り引きが可能な薬師を紹介して欲しいと頼まれたんだよ。そこでホーキンスが彼女に紹介したのがゲイリー・ヴァレットだったんだ」
それを聞いたケルトの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「すでに取り引きの約束は済んでいるし、ふたりの間柄を知っているゲイリーは彼女を人質に取ったも同然だ。取り引きのことを話せば腹いせに、その場で彼女を殺すだろうとホーキンスは思っている」
もちろん可能な限り、相手が違法な密売人であったとしても助けるべきだろう。ロナルドから要請があれば、そのために尽力することだってアレクは厭わない。けれど今回同行したいと申し出たのはアレクからだった。なぜならば。
「彼女に会って確認しなきゃいけない。なぜ、ゴドリュースの国外への持ち出しが可能になったのかを。ケルト、おまえ話してくれないのならね」
うつむいて黙って話を聞いていたケルトが、はっとして顔を上げるとそこには悲しそうな視線を向けるアレクの顔があった。
「おまえは知っているんでしょう? モンテジュナルでいま、何が起きているの?」
「アレク様……」
責めるでもなく、怒るわけでもなく、ただ少しだけ悲しそうな表情浮かべるアレクの問いかけに、ケルトはこぶしを握りしめる。その顔は少し怒っているようにも見えた。
「いえません」
「ケルト……」
「もう関係ないではありませんか。アレク様が知る必要など、どこにもないのです。関わるべきじゃありません」
はっきりと告げられた言葉は紛れもない事実だった。だけどそれはアレクの心に深く刻まれていた古傷に爪を立てる。ケルトがいうように、もう関係ないのだと割り切れたらどれだけらくなのだろう。
忘れたはずだった。それはつらく悲しい記憶で、アレクは長い時間をかけてあの思い出を記憶の底に沈めてきた。けれど無理矢理沈めたその記憶が浮上したのは一瞬の出来事で。
再び浮上してしまったその思い出を、ケルトは再び沈めようとしている。それはアレクを想うからこそ。アレクはそんなケルトの気持ちを理解できたし、できることならそうしたかった。
だけど。
「それでも、僕は知りたい。家族……だったのだから」
いまにも泣き崩れてしまいそうなほど儚い笑みを浮かべたアレクに、ケルトは奥歯を噛みしめる。
「アレク様を捨てたご家族なのですよ!? 自分たちの保身と体裁のために、ご家族のために犠牲になったアレク様を見捨てたんです! そんな連中に心を砕いてやる必要なんてありません!」
「それでも。僕にはたったひとつの家族だから」
ケルトの言葉のひとつひとつが古傷をえぐる。改めて事実を突きつけられ、胸の痛みになんとか堪えながら、アレクは笑ってみせた。
ケルトはそんなアレクをにらみつける。
納得がいかない。なぜ一方的に傷つけられ、挙句の果てにこんな生活を送る羽目になったアレク様が、あの家族にそこまで想いを寄せるのか。
確かに家族は大切なものだ。それはケルトも理解している。あの事件が起きるまではケルトもあの家族を敬愛していたし、仕えることに誇りを持っていた。
だけどあいつらは裏切ったんだ。アレク様がバレリアの呪いにかかったと知った途端、切り捨てた。
それがどれほどアレク様を傷つけ、つらい人生を歩ませることになったか。あいつらにとって、そんなことはどうでもいいのだろう。
それなのに。
「そこまでいうなら、勝手にして下さい」
ケルトは踵を返すと勢いよくドアを閉めて部屋を飛び出した。
遠のくケルトの足音を聞きながら暗闇に紛れ、壁に背を預けて佇む影があった。
そう、いままで黙ってふたりのやり取りを聞いていたロナルドの姿が。
「なぜですか! なぜまたアレク様がそんな危険な場所に出向かなければならないのです!」
「ケルト。落ち着いて話を聞いて」
「落ち着いてなんかいられません! あいつがアレク様に頼んだのは簡単な書類整理だったはずです。なぜゲイリー・ヴァレットの確保にアレク様が同行する必要があるのですか!」
憤慨し顔を真っ赤にして叫ぶケルトを真っ直ぐ見据えたまま、アレクは調書にあった内容を語り始めた。
「ホーキンスはやっぱりゲイリー・ヴァレットに人質を取られていたんだ」
「だからなんだというのです。人質救出のために助力したいと? そんなことは警備隊の仕事です!」
心優しいアレク様のことだ。見て見ぬフリなどできなかったのだろう。
ケルトは歯がみする。いつかこんなことになるんじゃないかと思っていた。
だからケルトは毎日反対していた。いますぐ仕事を辞めろと、何度も何度も。
また事件に巻き込まれたどうするんだ。そう訴えかけても、アレクは決して首を縦には振らなかった。
それもこれも全部あいつのせいだ。
あいつがアレク様を警備隊に誘ったりなんかするから!
だけど今回はなにがあっても止めてみせる。そう固く心に誓って次に発せられるアレクの台詞を待ち構えたケルトだったが、思わぬ台詞に虚を突かれることとなる。
「その人質というのはね。ゲイリー・ヴァレットの取り引き相手で、モンテジュナルの密売人だったんだよ」
言い返すつもりで開けた口を半開きにしたまま、ケルトは思わず言葉を失う。ロナルドに対して憤っていた気持ちなどあっという間に霧散して、真っ白になったあたまで数秒後、やっと声がでた。
「モンテジュナルの密売人……ですって?」
「そう。彼女はホーキンスとも何度か取り引きを行っている。商品は希少価値の高い薬がほとんどだったけれど、何度か会ううちにふたりは男女の仲になった。そしてある日、ホーキンスは彼女から話を持ち出されたんだ」
絶句、とでもいうのか。それ以上言葉をつなげずにいるケルトは、ただ黙ってアレクの言葉に耳を傾ける。
「ゴドリュースが手に入る。それも少量ではないと。だから大手の取り引きが可能な薬師を紹介して欲しいと頼まれたんだよ。そこでホーキンスが彼女に紹介したのがゲイリー・ヴァレットだったんだ」
それを聞いたケルトの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「すでに取り引きの約束は済んでいるし、ふたりの間柄を知っているゲイリーは彼女を人質に取ったも同然だ。取り引きのことを話せば腹いせに、その場で彼女を殺すだろうとホーキンスは思っている」
もちろん可能な限り、相手が違法な密売人であったとしても助けるべきだろう。ロナルドから要請があれば、そのために尽力することだってアレクは厭わない。けれど今回同行したいと申し出たのはアレクからだった。なぜならば。
「彼女に会って確認しなきゃいけない。なぜ、ゴドリュースの国外への持ち出しが可能になったのかを。ケルト、おまえ話してくれないのならね」
うつむいて黙って話を聞いていたケルトが、はっとして顔を上げるとそこには悲しそうな視線を向けるアレクの顔があった。
「おまえは知っているんでしょう? モンテジュナルでいま、何が起きているの?」
「アレク様……」
責めるでもなく、怒るわけでもなく、ただ少しだけ悲しそうな表情浮かべるアレクの問いかけに、ケルトはこぶしを握りしめる。その顔は少し怒っているようにも見えた。
「いえません」
「ケルト……」
「もう関係ないではありませんか。アレク様が知る必要など、どこにもないのです。関わるべきじゃありません」
はっきりと告げられた言葉は紛れもない事実だった。だけどそれはアレクの心に深く刻まれていた古傷に爪を立てる。ケルトがいうように、もう関係ないのだと割り切れたらどれだけらくなのだろう。
忘れたはずだった。それはつらく悲しい記憶で、アレクは長い時間をかけてあの思い出を記憶の底に沈めてきた。けれど無理矢理沈めたその記憶が浮上したのは一瞬の出来事で。
再び浮上してしまったその思い出を、ケルトは再び沈めようとしている。それはアレクを想うからこそ。アレクはそんなケルトの気持ちを理解できたし、できることならそうしたかった。
だけど。
「それでも、僕は知りたい。家族……だったのだから」
いまにも泣き崩れてしまいそうなほど儚い笑みを浮かべたアレクに、ケルトは奥歯を噛みしめる。
「アレク様を捨てたご家族なのですよ!? 自分たちの保身と体裁のために、ご家族のために犠牲になったアレク様を見捨てたんです! そんな連中に心を砕いてやる必要なんてありません!」
「それでも。僕にはたったひとつの家族だから」
ケルトの言葉のひとつひとつが古傷をえぐる。改めて事実を突きつけられ、胸の痛みになんとか堪えながら、アレクは笑ってみせた。
ケルトはそんなアレクをにらみつける。
納得がいかない。なぜ一方的に傷つけられ、挙句の果てにこんな生活を送る羽目になったアレク様が、あの家族にそこまで想いを寄せるのか。
確かに家族は大切なものだ。それはケルトも理解している。あの事件が起きるまではケルトもあの家族を敬愛していたし、仕えることに誇りを持っていた。
だけどあいつらは裏切ったんだ。アレク様がバレリアの呪いにかかったと知った途端、切り捨てた。
それがどれほどアレク様を傷つけ、つらい人生を歩ませることになったか。あいつらにとって、そんなことはどうでもいいのだろう。
それなのに。
「そこまでいうなら、勝手にして下さい」
ケルトは踵を返すと勢いよくドアを閉めて部屋を飛び出した。
遠のくケルトの足音を聞きながら暗闇に紛れ、壁に背を預けて佇む影があった。
そう、いままで黙ってふたりのやり取りを聞いていたロナルドの姿が。
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