アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
71 / 146
第三章

窓際のきみ

しおりを挟む
 ロナルドはニックが報告をしに来たとき、アレクが動揺した理由がずっと気がかりだった。あれほど青ざめた顔のアレクを見たのは初めてだったし、何かあるとは思ったものの未だにその話に触れずにいたのだ。

 アレクにはまだ謎が多い。そして隊員に調べさせた『ユンメル王朝の真実』。

 歴史テストに於けるアレクの回答は真実であり、あの古代文献を保有していたのは、ここスタローン王国とベローズ王国、そしてモンテジュナルの三大国。

 アレクの戸籍がスタローン王国にないことは調べがついている。ギルと面識がなかったことを考えれば、可能性として高いのはモンテジュナルの王室。またはそれに準じる貴族の出身であるということ。

 だがモンテジュナルは現存する王国であり、その王室の人間が行くあてもなく浮浪の旅をしているはずもない。

 とすれば貴族といったところが妥当なところだろう。

 それを踏まえた上で、あのときのアレクの反応はそんなロナルドの考えを肯定するものだったのだ。

 そしていまの二人の会話。

「家族……か」

 アレクの出身がモンテジュナルであることはほぼ間違いなさそうだが、ホーキンスの件とアレクの家族がどう関わっているというのか。

 アレクから作戦参加の意思表明を受けたときは、さすがのロナルドも意図を読みきれず反対しようか悩んだが、あのときアレクが動揺した理由と関連するのではと思い、了承することにしたのだ。いうまでもなくニックは猛反対していたが。

 アレクの狙いはモンテジュナルの密売人と会うことだった。それがアレクにとってどんな意味をもたらすのか。

 とにもかくにも、ゲイリーがまだ地下街に残っていることが確認できれば、取引現場まで尾行してゴドリュースを押さえることが最優先だ。

 明日の朝にはニックが結果を報告しにくるだろう。

 そこまで考えをまとめてロナルドは静かに闇の中へと姿を消した。

 ◇

「ホーキンスの姿を確認しました。まだ取り引きまでは猶予ゆうよがあるようです」

 そうニックが報告してきたのは、翌朝ロナルドたちが隊長室に到着して席につくより前のことだった。

 その報告にアレクはほっと胸をなでおろす。

「決まりだね。では今夜決行しよう。いつ相手が動くかわからないが、尾行するためには地下で見張る必要がある。地上部隊と地下部隊に分けて動こう。決して相手に悟られてはならない。配置には留意するように」

「はっ! ではさっそく準備に取りかかりますので、わたしはこれで失礼致します」

「ああ。よろしく頼むよ」

 ニックが去ったあと、ロナルドは医療班に参加要請をするため医療棟を訪れた。アレクには山のように積もった書類整理がある。作戦決行までにできるだけ片付けておきたいと本人が話したため、隣にアレクの姿はない。

 作戦が始まれば、またしばらくマーリナスの様子を見にくることはできなくなる。

 医療棟からの帰り際、ロナルドは最後にマーリナスの顔を見ていこうと思い立ち、病室へと足を向けた。

 普段ならノックをしてから入る部屋も反応がないとわかっていると、諦めと慣れが混同してノックをせずに入室してしまうことに、今さらなんの躊躇もない。

 無言でノブを回すと正面から一筋の風が凪いだ。温かな風に乗って窓際に飾ってあった花びらが舞いロナルドの頬をかすめる。

 そしてその窓の前で警備隊の制服を肩にひっかけ、外をみつめて佇む後ろ姿があった。少し伸びた濃紺色の髪が太陽の日差しを受けながら風に揺れて、ゆっくりとこちらを振り返る。

「ロナルド」

 自分をみつめる濃紺色の瞳に聞き慣れた声。ロナルドは言葉を失ってその場に立ち尽くした。

「どうした。蘇った死人でもみているようだぞ」

 片方の口角を小さく引き上げ、皮肉まじりに笑うその顔は幼少の頃から変わらない。

「マーリナス!」

 ロナルドは目を丸くして弾けるようにマーリナスの元へと駆け寄った。

「いつ目覚めたんだ!」

「おまえが来る少し前だな。何があったか思いだしていた」

「おまえはゴドリュースの毒で……」

「ああ。倒れたんだな。どれくらい眠っていた」

「二週間ほどかな」

「二週間か。あのあとの事後処理は大変だっただろう」

 医療処置が行われていたとはいえ、そう語るマーリナスは少し痩せたようにみえる。目覚めたのは良かったが、まだ体調は万全とはいかないだろう。

「気にしなくていい。体力が戻るまでは無理をするなよ。それまでは俺に任せておけばいい。いいな? いま医師を呼んでくる」

「ああ。悪いな」

 そういってベッドに横になろうとしたマーリナスの体がぐらりと揺れる。

「おっと。だから無理をするなと……」

 慌ててマーリナスの体を支えたロナルドの肩に腕を回して、苦笑交じりに笑ったマーリナスの視線がロナルドの首元でふと止まる。

「おまえ、魔道具マジックアイテムはどうした」

「え……?」

 ハッとしたロナルドは慌てて襟元を握りしめた。

 だが既に手遅れなのは理解している。思わず強ばった顔をすぐさま整えて笑顔を浮かべ、動揺を隠しながらできるだけ普段と変わらない声色で言葉を返す。

「職場にいるときは邪魔になるからね。デスクに置いてあるんだよ」

「……そうか。アレクはどうしている?」

 ほんのつかの間の沈黙を置いて、マーリナスは興味を失ったように視線を外すとベットに腰掛け、ロナルドを見上げた。

「いまは俺の自宅で保護しているよ。他にも同居人が増えてしまったけどね」

 それからロナルドはマーリナスが倒れてから何があったのか、ことのあらましを話して聞かせた。

 ただし、アレクが現在家を出て警備隊で働いていることだけは伝えずに。

しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...