79 / 146
第三章
嫌な予感
しおりを挟む
「あいつだね」
「そうです。普段はああしてバーテンダーをしているようですが、あの奥に隠し部屋があり、違法取引はそこで行っていると。今回の取引もそうだとラクなのですが」
「そうもいかないだろうね。品物は大量のゴドリュースだ。相手がモンテジュナルから来ることを考えても移動手段は馬車だろう。馬車で地下街には来られないからね。きっと場所を変えるはずだよ」
「なるほど」
隊員が納得したようにうなずくと、そこにシェリーを両手に抱えた男がやってきた。
「はいよ。二百ギルだ」
音を立てて手荒くテーブルにジョッキを置いた男に隊員は顔をしかめる。ジョッキの口からは中身が溢れてテーブルを濡らし、ただでさえきつい香りが更にむわりと立ちこめる。
「さっき入り口で五百ギル払ったぞ」
「ああ? あれは入店料だろうが。酒代は別だ」
むっと顔をしかめた隊員を片手をあげて制止し、ロナルドは新たに懐から二百ギルを取り出すと卓上に乗せた。
「気を悪くしないでくれ。この店はまだ不慣れでね」
「ふん」
男は隊員をぎろりとにらみつけ、舌打ちをしながらカウンターへ戻っていった。その背中を見送り、ロナルドは嘆息をつく。
気性の荒い地下街の連中のことだ、なにがきっかけで乱闘騒ぎになるかわからない。いまはできる限り目立つようなことは避けなければ。
「申し訳ありません。このような低俗な酒場で入店料を取られるだけでも納得がいかなかったもので」
「ここは無法地帯だ。我々の常識は通用しない。上層と比べてはいけないよ」
「はっ」
ホーキンスの供述によればモンテジュナルの密売人はエレノアという二十七歳の女性だ。見た目は赤みがかった茶髪に琥珀色の瞳。顔にはそばかすがあるということだった。
ここを直に訪れることはないだろうが、可能性はゼロではない。ふたりは酒を酌み交わす客を装いながら、出入りする客と変わらずカウンターに立ち続けるゲイリーに目を配る。
それから小一時間ほど経ったころだろうか。ロナルドはふとあることに気がついた。
向かいの席で酒を注文していた客のテーブルに先ほどの男が酒を届けていたが、お金を貰わずそのまま席を後にしたのだ。
そのときは先払いでもしていたのかと思ったが、よくよく男の動きを追って見ていると、やはりどこのテーブルからも酒代を貰わずにカウンターに戻っていく。
そして時折カウンターでゲイリーになにやら耳打ちをしながら、こちらに視線を向けて笑い合っているではないか。
「嫌な感じがするね」
「ええ。ここに長時間いるのは拷問でも受けているような気分です」
ふたりから目を離さず声を洩らしたロナルドの言葉に隊員は力強く同意を示す。完全に意図を読み違えていたが。
そのとき。ロナルドが鋭い視線を向ける先で一瞬ゲイリーがにやりと笑ったかと思えば、カウンターを男に任せ奥の部屋へと姿を消した。それを見届け、ロナルドは席を立ち上がる。
「でよう。外にも見張りはいるが、嫌な予感がする」
「はい」
だが席を立ったふたりに大きな影が覆いかぶさる。見上げるほどの大男が頼んでもいないのに両手に酒を持ち、正面から立ち塞がってこちらを見下ろしているではないか。
「おいおい、全然酒が進んでねえな。もっと楽しんでいけよ」
「いや。もともと酒はあまり得意ではないんだよ。今日はこの辺で」
「まあ、そういうなって。呑めば強くなるってもんだ。そうだろう、警備隊の皆さんよ」
一瞬ロナルドも同行していた隊員もその言葉に動きを止めた。
愉快そうな色を含みながらも声は決して笑っていない。ひやりとしたものが背筋を伝ったが、いち早く動揺を隠したのはやはりロナルドだ。
「警備隊? ははっ、なんのことかな。俺たちはここに商売をしにきただけだ。言いがかりはよしてくれ。さあ、行こう」
「待て」
へらへらと笑みを浮かべて横を通り過ぎようとしたロナルドの肩を男が押さえつける。ロナルドの倍はあるかという肉厚な手。つかまれた肩はぎりぎりと軋む音を立てた。
「……まだなにか」
「ああ。大事な用が済んでねえ」
「酒代は払ったが」
「そうだな。そもそもそれが間違いだ」
まずい。
そう直感したのはロナルドも隊員も同時のこと。
「そうです。普段はああしてバーテンダーをしているようですが、あの奥に隠し部屋があり、違法取引はそこで行っていると。今回の取引もそうだとラクなのですが」
「そうもいかないだろうね。品物は大量のゴドリュースだ。相手がモンテジュナルから来ることを考えても移動手段は馬車だろう。馬車で地下街には来られないからね。きっと場所を変えるはずだよ」
「なるほど」
隊員が納得したようにうなずくと、そこにシェリーを両手に抱えた男がやってきた。
「はいよ。二百ギルだ」
音を立てて手荒くテーブルにジョッキを置いた男に隊員は顔をしかめる。ジョッキの口からは中身が溢れてテーブルを濡らし、ただでさえきつい香りが更にむわりと立ちこめる。
「さっき入り口で五百ギル払ったぞ」
「ああ? あれは入店料だろうが。酒代は別だ」
むっと顔をしかめた隊員を片手をあげて制止し、ロナルドは新たに懐から二百ギルを取り出すと卓上に乗せた。
「気を悪くしないでくれ。この店はまだ不慣れでね」
「ふん」
男は隊員をぎろりとにらみつけ、舌打ちをしながらカウンターへ戻っていった。その背中を見送り、ロナルドは嘆息をつく。
気性の荒い地下街の連中のことだ、なにがきっかけで乱闘騒ぎになるかわからない。いまはできる限り目立つようなことは避けなければ。
「申し訳ありません。このような低俗な酒場で入店料を取られるだけでも納得がいかなかったもので」
「ここは無法地帯だ。我々の常識は通用しない。上層と比べてはいけないよ」
「はっ」
ホーキンスの供述によればモンテジュナルの密売人はエレノアという二十七歳の女性だ。見た目は赤みがかった茶髪に琥珀色の瞳。顔にはそばかすがあるということだった。
ここを直に訪れることはないだろうが、可能性はゼロではない。ふたりは酒を酌み交わす客を装いながら、出入りする客と変わらずカウンターに立ち続けるゲイリーに目を配る。
それから小一時間ほど経ったころだろうか。ロナルドはふとあることに気がついた。
向かいの席で酒を注文していた客のテーブルに先ほどの男が酒を届けていたが、お金を貰わずそのまま席を後にしたのだ。
そのときは先払いでもしていたのかと思ったが、よくよく男の動きを追って見ていると、やはりどこのテーブルからも酒代を貰わずにカウンターに戻っていく。
そして時折カウンターでゲイリーになにやら耳打ちをしながら、こちらに視線を向けて笑い合っているではないか。
「嫌な感じがするね」
「ええ。ここに長時間いるのは拷問でも受けているような気分です」
ふたりから目を離さず声を洩らしたロナルドの言葉に隊員は力強く同意を示す。完全に意図を読み違えていたが。
そのとき。ロナルドが鋭い視線を向ける先で一瞬ゲイリーがにやりと笑ったかと思えば、カウンターを男に任せ奥の部屋へと姿を消した。それを見届け、ロナルドは席を立ち上がる。
「でよう。外にも見張りはいるが、嫌な予感がする」
「はい」
だが席を立ったふたりに大きな影が覆いかぶさる。見上げるほどの大男が頼んでもいないのに両手に酒を持ち、正面から立ち塞がってこちらを見下ろしているではないか。
「おいおい、全然酒が進んでねえな。もっと楽しんでいけよ」
「いや。もともと酒はあまり得意ではないんだよ。今日はこの辺で」
「まあ、そういうなって。呑めば強くなるってもんだ。そうだろう、警備隊の皆さんよ」
一瞬ロナルドも同行していた隊員もその言葉に動きを止めた。
愉快そうな色を含みながらも声は決して笑っていない。ひやりとしたものが背筋を伝ったが、いち早く動揺を隠したのはやはりロナルドだ。
「警備隊? ははっ、なんのことかな。俺たちはここに商売をしにきただけだ。言いがかりはよしてくれ。さあ、行こう」
「待て」
へらへらと笑みを浮かべて横を通り過ぎようとしたロナルドの肩を男が押さえつける。ロナルドの倍はあるかという肉厚な手。つかまれた肩はぎりぎりと軋む音を立てた。
「……まだなにか」
「ああ。大事な用が済んでねえ」
「酒代は払ったが」
「そうだな。そもそもそれが間違いだ」
まずい。
そう直感したのはロナルドも隊員も同時のこと。
1
あなたにおすすめの小説
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる