アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第三章

ゲイリーの酒場

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 ゆらゆらといまにも消えそうな松明の灯がロナルドの頬に揺らめく。どこからともなく現れたローブ姿の男と肩を並べて店先に赴けば、入り口には体格のいい男がタバコをくわえ気だるそうに佇んでいる。

 中から洩れるがやがやとした喧騒に飛び込むように、その男の真横を通り過ぎようとしたときだった。

「よう。入店料を先に支払ってくれ」

 真横から催促するようにひらひらと手のひらを差し出され、ロナルドはニックからの報告を思いだす。

『五百ギルです。それを支払ってから入らなければなりません』

「ああ、そうだった。悪い悪い」

 口調を崩してぽりぽりとあたまを掻き、ロナルドは懐から五百ギルを取り出すと男に差し出した。

 受け取った男は手のひらで小銭を飛ばして遊ぶと、慣れ慣れしく肩を組んできた。煙草と酒の匂いが入り交じり、加えて男の体臭まで鼻をつく。

 思わず、そのなんともいえぬ悪臭に顔を歪めそうになったが、ロナルドはなんとか作り笑いを顔に浮かべた。

「まいど。ポートレイドの酒はうまかったかよ」

 急になんの話だ。誰かと勘違いでもしているのか? 

 一瞬よぎった疑念は男の目を見て払拭される。男は真っ直ぐにロナルドの目を捉えていたからだ。

 間違いなくこの男はに問いかけている。

 ではいったいなんと答えるべきなのか。ロナルドは逡巡しゅんじゅんする。

 ポートレイド。それは南に位置する海沿いの観光地だ。気候が良く、葡萄畑の名産地でもあり質の良いワインの生産地でもある。だが一体なぜ、そんなことを聞くのか。


 だがいくら考えても答えなどでてこないし、じっくりと考えている時間もない。ニックからも取り立て気になる報告は受けていなかった。酒も入っているようだし、酔っ払いの絡みだろう。ここは適当に話を合わせた方が良さそうだ。

「ああ。あそこの酒は上等なものばかりだ。うまかったよ」

「そうかい。次に行ったら俺にも一本買ってきてくれや」

「ああ、そうだな。前払いしてくれたらな」

「がはははっ! こりゃ一本取られたぜ! さ、入んな」

 豪快な笑い声をあげて男が扉を開けば、中にはランプが灯された小さめのテーブルがいくつか並び、奥のカウンターには荒くれ者の風貌をした連中が横一列に席を取っていた。

 腰や足もとにはナイフが差され、皿に乗った食べ物を大ぶりのサバイバルナイフで突き刺し口に運んでいる者すらいる。

 薄汚れた壁に立てかけられた的当てに向かって小型ナイフやカトラリー用のフォークなど、刺さればなんでもいいというように様々な物を投げ刺して遊んでいる者など、薄暗くこじんまりとした店だが、それなりに客の姿はある。

 上層の酒場はジャズやクラシックが流れ、だされる酒はワインかエールと決まっているが、ここではジャズの代わりに荒くれ者たちの下卑いた談笑がBGMとなるようだ。

 店内に充満する独特の香りをみたところ、出しているのはシェリーと呼ばれる酒だろう。シェリーは果実酒の一種だが香りが強く、アルコール度数はワインの比ではない。その匂いを嗅いでいるだけで酔ってしまうほどの代物だ。

 だが安価で手に入れられることと市場への普及率の高さ、その酒の強さから下級層には人気が高く、安月給の警備隊の連中の中にも好む者も多い。

 ロナルドも酒は呑める方だったが、一度シェリーを飲んだ時は翌日見事に二日酔いに襲われて散々な目にあった。

 ゲイリーの動向に目を向ける以外に、また別に覚悟をしなければならないようだと辺りを見渡しながら席についたロナルドたちのものへ、ひとりの男が注文を取りにやってきた。

「注文は」

 テーブルや店を見渡してもメニュー表のひとつもない。ロナルドは内心嘆息をつきながら仕方なく口を開く。

「シェリーをふたつ」

「それしかねぇからな」

 ふんっと鼻で笑って男はそのままカウンターに戻って行く。カウンターでは目を引く赤髪の男がすました顔で白シャツをまくり、シェイカーを振りながら客の相手をしている。

 背の中ほどまで伸びた赤髪を一つに結び、首には輝くネックレス、手首にはブレスレット。体の線が細く耳にいくつものピアスが並ぶその男は、全体的にセンスよく装飾品を身につけ女のように綺麗な顔立ちをしていたが、左目を縦断するように伸びた傷跡がせっかくの容姿に箔をつける形になってしまっていた。

 想像していたより優男だな。ロナルドの第一印象はそんなものだった。

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