82 / 146
第三章
ケルトの思いがけない一面
しおりを挟む
西地区はモーリッシュの隠れ家に続く地下入口のある場所だったが、周辺の探索はベローズ警備隊に任せていた。マーリナスたちは北地区のバロン屋敷から入り、地下遺跡を通って西地区に出たため土地勘がない。
右も左もわからない西地区に降り立てば、北地区とはまた違った趣があった。北地区は廃れた民家が多く、中央に向かって立派な家が建ち並ぶ居住地区のようなものだった。
一方でこの西地区はいうなれば商業区とでもいうのか、いくつも看板を掲げた店があちこちに見受けられる。その合間合間に貴族の屋敷も顔負けの立派な屋敷が顔を見せており、地下街だというのに華やかさすら感じられた。
だが通りを行き交う連中はやはり危険じみた匂いが拭えない。店頭に掲げられた看板は店名ではなく酒や薬の葉、または武器などの絵柄によってのみ記されている。
それも見渡す限り四方八方にだ。
いったいどこから手をつければ良いのか。立ち止まり逡巡したマーリナスの袖をケルトが引っ張る。
「あっちだ。行こう」
「どこに行く気だ。下手に動けば迷うぞ」
「酒場だよ。情報を得るには酒場が一番だ。ギルたちもいつもそうしてた」
ケルトが顔を向けた方向にはジョッキの絵を掲げた小さな看板がある。悪人に悪人の居場所など聞けるはずもない。下手をすれば探っていたことが密告され、ゲイリーが逃げる可能性もある。
「ダメだ。わたしたちが動き回っていることが知れたら、ロナルドたちの作戦が失敗するぞ」
「知られなきゃいいんだろ」
「それはそうだが。なにかいい案でもあるのか」
「あんた、カネ持ってる?」
「多少はあるが」
「文句いわずに俺がだせっていったら、だしてくれればいい。それで上手くいく」
返事も聞かずにつかつかと酒場へ向かうケルトの手をマーリナスは慌てて引き留める。
「待て。おまえは未成年だろう。ここで待っていろ」
「あんた隊長なのにあたま悪いよね。ここは地下街の無法地帯だよ。飲酒するのに未成年もなにもあると思う? むしろ俺みたいな子供を連れて堂々と酒飲ませた方が悪人ぽくて警戒されないと思うけど」
「それに俺お酒飲めるし」と加えたケルトにマーリナスは一瞬呆気に取られる。口の悪さに驚いたのではない。その判断力と度胸に驚かされたからだ。
ここはスタローン王国地下街。世界でも有数の悪名高い無法地帯だ。その酒場に踏みこむことに躊躇いすらないとは。
ケルトはアレクを探すためにベローズ警備隊と共に各地を回っていたと聞くが、もともとの性格も相まって、その過程で度胸に磨きがかかったのかもしれない。
思いがけないケルトの一面を垣間見て、マーリナスはやや挑戦的な笑みをこぼす。
「頼りにさせてもらおう」
「あんたはただ黙ってお金を出せばいいから。それと店に入ったら無駄に殺気だしといて。あんたならできるだろ」
挑むようでもあり愉快そうでもある、そんな表情を浮かべたマーリナスにケルトは訝しげな視線を向け、手を振りほどくと再び酒場へと足を向けた。今度はマーリナスも大人しく付き添う。
ケルトに任せるのは少々不安であるが、なにを考えているのか興味があった。
いざとなればフォローに入る心づもりで足を向けた酒場の入り口には、男がふたり酒瓶を片手に談笑しながら立ち塞がっている。
ケルトがその間をすり抜けようとすると、片割れがすっと手を横に出して前を塞いだ。
「入店料」
「いくらだよ」
「二百ギルだ」
ケルトがマーリナスに視線を向ける。金を出せということなのだろう。懐から金を取り出してマーリナスが男に手渡すと、その様子を笑いながら見ていたもう一方の片割れが口を開いた。
「ポートランドの酒はうまかったかよ」
いったいなんのことだ。そんな疑念がマーリナスのあたまをよぎるより早く。
「くそったれ! 返しやがれ!」
ケルトが憤慨して金を手にした男のすねを蹴り飛ばした。突拍子もない行動にフードの下で目を丸くしたマーリナスとは裏腹に、ふたりの男たちは怒るどころか腹を抱えてげらげらと笑いだす。
「わりぃわりぃ。見かけない顔だったんでな。カマかけたんだよ。知ってたか」
「知ってるよ! ポートランドの酒はタダだ! それ返せ!」
「はいはい」
未だに笑いがおさまらない男たちをにらみ飛ばし、ケルトはむしるように男の手からカネを奪うと笑い声に背を向けてずかずかと店内へ入っていく。男たちの様子に呆気に取られたマーリナスもそのあとに続いた。
「さっきのはなんだ」
「合言葉だ」
「グラング?」
「あいつらの親玉の口癖で悪党どもの合言葉だ。あれがいえないと悪人じゃないってすぐバレる。この店では酒代を取らないってこと。俺がカネだせっていうまでは絶対だすなよ」
頼りにしているといったものの、まさかこうも早くケルトの知識に助けられると思っていなかったマーリナスは、自身の中でケルトの評価を見直す。
ケルトはアレクを探すためベローズ王国警備隊と同行していたが、保護下に置かれていたわけではない。前回の作戦を鑑みれば、ケルトは追尾魔法をアレクにかける役目を担っていた。それは単なる同行者ではなく警備隊の一員とみなされていたということを意味する。
ベローズ王国警備隊の水準はかなり高度だ。その中で足を引っ張らずに同行するということが、いうより難しいであろうということはマーリナスも容易に想像できる。
つまりケルトにはそれだけの能力があるということだ。あのギルがいくら王命でケルトを同行させたといえ、大事な職務の枷となるような人間を側に置くはずがないのだから。
そしてそんなマーリナスの考えは、堂々とカウンターに腰を下ろして足をぶらつかせるケルトによって、またもや肯定されることとなる。
右も左もわからない西地区に降り立てば、北地区とはまた違った趣があった。北地区は廃れた民家が多く、中央に向かって立派な家が建ち並ぶ居住地区のようなものだった。
一方でこの西地区はいうなれば商業区とでもいうのか、いくつも看板を掲げた店があちこちに見受けられる。その合間合間に貴族の屋敷も顔負けの立派な屋敷が顔を見せており、地下街だというのに華やかさすら感じられた。
だが通りを行き交う連中はやはり危険じみた匂いが拭えない。店頭に掲げられた看板は店名ではなく酒や薬の葉、または武器などの絵柄によってのみ記されている。
それも見渡す限り四方八方にだ。
いったいどこから手をつければ良いのか。立ち止まり逡巡したマーリナスの袖をケルトが引っ張る。
「あっちだ。行こう」
「どこに行く気だ。下手に動けば迷うぞ」
「酒場だよ。情報を得るには酒場が一番だ。ギルたちもいつもそうしてた」
ケルトが顔を向けた方向にはジョッキの絵を掲げた小さな看板がある。悪人に悪人の居場所など聞けるはずもない。下手をすれば探っていたことが密告され、ゲイリーが逃げる可能性もある。
「ダメだ。わたしたちが動き回っていることが知れたら、ロナルドたちの作戦が失敗するぞ」
「知られなきゃいいんだろ」
「それはそうだが。なにかいい案でもあるのか」
「あんた、カネ持ってる?」
「多少はあるが」
「文句いわずに俺がだせっていったら、だしてくれればいい。それで上手くいく」
返事も聞かずにつかつかと酒場へ向かうケルトの手をマーリナスは慌てて引き留める。
「待て。おまえは未成年だろう。ここで待っていろ」
「あんた隊長なのにあたま悪いよね。ここは地下街の無法地帯だよ。飲酒するのに未成年もなにもあると思う? むしろ俺みたいな子供を連れて堂々と酒飲ませた方が悪人ぽくて警戒されないと思うけど」
「それに俺お酒飲めるし」と加えたケルトにマーリナスは一瞬呆気に取られる。口の悪さに驚いたのではない。その判断力と度胸に驚かされたからだ。
ここはスタローン王国地下街。世界でも有数の悪名高い無法地帯だ。その酒場に踏みこむことに躊躇いすらないとは。
ケルトはアレクを探すためにベローズ警備隊と共に各地を回っていたと聞くが、もともとの性格も相まって、その過程で度胸に磨きがかかったのかもしれない。
思いがけないケルトの一面を垣間見て、マーリナスはやや挑戦的な笑みをこぼす。
「頼りにさせてもらおう」
「あんたはただ黙ってお金を出せばいいから。それと店に入ったら無駄に殺気だしといて。あんたならできるだろ」
挑むようでもあり愉快そうでもある、そんな表情を浮かべたマーリナスにケルトは訝しげな視線を向け、手を振りほどくと再び酒場へと足を向けた。今度はマーリナスも大人しく付き添う。
ケルトに任せるのは少々不安であるが、なにを考えているのか興味があった。
いざとなればフォローに入る心づもりで足を向けた酒場の入り口には、男がふたり酒瓶を片手に談笑しながら立ち塞がっている。
ケルトがその間をすり抜けようとすると、片割れがすっと手を横に出して前を塞いだ。
「入店料」
「いくらだよ」
「二百ギルだ」
ケルトがマーリナスに視線を向ける。金を出せということなのだろう。懐から金を取り出してマーリナスが男に手渡すと、その様子を笑いながら見ていたもう一方の片割れが口を開いた。
「ポートランドの酒はうまかったかよ」
いったいなんのことだ。そんな疑念がマーリナスのあたまをよぎるより早く。
「くそったれ! 返しやがれ!」
ケルトが憤慨して金を手にした男のすねを蹴り飛ばした。突拍子もない行動にフードの下で目を丸くしたマーリナスとは裏腹に、ふたりの男たちは怒るどころか腹を抱えてげらげらと笑いだす。
「わりぃわりぃ。見かけない顔だったんでな。カマかけたんだよ。知ってたか」
「知ってるよ! ポートランドの酒はタダだ! それ返せ!」
「はいはい」
未だに笑いがおさまらない男たちをにらみ飛ばし、ケルトはむしるように男の手からカネを奪うと笑い声に背を向けてずかずかと店内へ入っていく。男たちの様子に呆気に取られたマーリナスもそのあとに続いた。
「さっきのはなんだ」
「合言葉だ」
「グラング?」
「あいつらの親玉の口癖で悪党どもの合言葉だ。あれがいえないと悪人じゃないってすぐバレる。この店では酒代を取らないってこと。俺がカネだせっていうまでは絶対だすなよ」
頼りにしているといったものの、まさかこうも早くケルトの知識に助けられると思っていなかったマーリナスは、自身の中でケルトの評価を見直す。
ケルトはアレクを探すためベローズ王国警備隊と同行していたが、保護下に置かれていたわけではない。前回の作戦を鑑みれば、ケルトは追尾魔法をアレクにかける役目を担っていた。それは単なる同行者ではなく警備隊の一員とみなされていたということを意味する。
ベローズ王国警備隊の水準はかなり高度だ。その中で足を引っ張らずに同行するということが、いうより難しいであろうということはマーリナスも容易に想像できる。
つまりケルトにはそれだけの能力があるということだ。あのギルがいくら王命でケルトを同行させたといえ、大事な職務の枷となるような人間を側に置くはずがないのだから。
そしてそんなマーリナスの考えは、堂々とカウンターに腰を下ろして足をぶらつかせるケルトによって、またもや肯定されることとなる。
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる