アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第三章

陥落へと導く声

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「なんにする」

 カウンターに立つ強面の男がグラスを磨きながら、席を並べるふたりをチラリとみやる。

「シェリーふたつ」

 間髪入れずに答えたのはまだ声変わりも怪しいケルトだった。

「ガキは黙ってオレンジジュースでも飲んどきな」

「うるせぇな。黙ってだせよ」

「クソガキが」

 悪態をつきながらグラスに手荒くシェリーを注ぎ、カウンターを滑らせた男の前でケルトは一口飲んだフリをした。コクリと喉が動くが口には含んでいない。その見事な演技にマーリナスは目を細める。

「なあ。ここで一番金持ってる薬師って誰だよ。売りたいもんがあんだけどさ、紹介してくんねぇ?」

 ケルトが目をとして訊ねれば、男は器用に片眉を跳ね上げ、訝しげな表情を浮かべる。

「ああ? なにを売る気なんだよ」

「そこまで言えるかよ、バカが」

「ふん、なら自分で探せ」

 うまい話があるなら、かっ攫う。それは悪党の常套手段だ。誰よりも早く情報を仕入れ、自分のものとする。相手は子供だが、この世界で年齢なんぞなんの基準にもならない。男もまたその考えにのっとり、得るべき情報にだけ目を向けている。

「一番金持ちの薬師」「売りたいもの」

 この酒場もまた闇商売が生業である。
 そのふたつのワードは、男の営みにも旨い汁を吸わせる可能性があった。

 こうしてケルトが男の興味を引くように問いかけたのは、もちろん計算上のことである。

 単なる酒場ならこう面倒な駆け引きをする必要もなかったが、ここは酒代を取らなかった。つまり酒場経営はカモフラージュであり、本業は別にあるということを意味する。

 ベローズ王国警備隊と同行しながら蓄えたケルトの知識は、この酒場の裏事情を的確に読み解いていた。

 見事に餌に食いついた男にケルトは心の中でひっそりと悪い笑顔を浮かべる。

「別にここで取引してやってもいいんだぜ。だけど、カネが用意できればの話だ」

「いくらだ」

「一口、二百万」

 グラスの中で氷を揺らして遊びながらケルトはさらりと答える。

 薬師といえば毒物関係の取引が大概だが、相場は高くても一口数万といったところだ。百万超えなど滅多にある話ではない。ゴドリュースの相場を知っているケルトは、やや高めにふっかけた。

 ゴドリュースの製造はモンテジュナルが禁止した。ここ数年のこととはいえ、簡単に出回らなくなった貴重な毒物がまた闇市場に出るとなれば、値が張るのは当然のことである。

 だがその相場を上回る値を提示した理由は、男のよこしまな考えを諦めという名のもとに早々に折ってしまいたかったからだ。

 いまにも潰れそうな店構えでも裏で大手の取引をしている店はごまんとある。だがそういったベテランの悪党というのは独特の雰囲気を持つ。簡単に下心を見せないし、他人の取引をかっ攫うような陳腐な真似は決してしない。

 あからさまに食いつけば足元を見られるのは当然だし、狙われていると悟った時点で相手は警戒する。そうなれば狙いにくくなる上に余計な労力を使うことにもなるからだ。

 皮肉なことに悪党に磨きがかかるほど己の欲求に忠実なこの連中は、それを隠す術を身につける。

 それができなかった時点でこの男は小者であり、大手の取引は不可能だとケルトは早々に判断を下したのである。だから畳みかける。畳みかけるといっても、ケルトがなにかをするわけではない。

 生憎と武芸の心得がないケルトには殺気だの威圧だのと、目に見えない空気を敏感に感じとるだけの力量はない。だけど小者とはいえ、この男も悪党のはしくれなのだ。きっと気づいている。

 さっきからチラチラとマーリナスに怯えるような視線を向けているのがその証拠だ。笑い声をあげたいところだが、ここはグッと我慢しなければならない。

 そんなケルトの心情など知らない男は愕然として声をもらした。

「なっ……話になんねぇな」

「だろうね。だから聞いてんだよ」

「うーむ」

 男はうなりながら子供の隣に腰を下ろしている男を注視する。一言も発することなくグラスに視線を落とし、じっと様子を伺っているが、こいつはただ者ではない。男は鋭い視線をマーリナスに向けそう心で説いた。

 日々死と隣り合わせの商売をする者だからこそ身についたその嗅覚が、そう告げる。

 この男が店に入ってきたときから空気が変わった。肌が粟立つようなこの感覚は殺気だ。静かだが、ぴりぴりと空気を揺らす。勘の鋭い連中はこの男が入ってきてすぐに、そそくさと店を後にした。

 口の達者な子供が交渉役、男が物品の仕入れ担当兼護衛といったところか。

 額があまりにもでかいため、ハッタリという可能性も捨てきれないが、見せろというにはあまりにもリスクがでかい。

 だいたい本当にそれだけの価値のある物を提示されたらどうする。見せるだけ見せてもらって買い取れないなんていえるか? そうなれば口封じに殺されるのがオチだ。

 護衛は雇ってあるがそれほど数はいないし、おそらくこの男に歯は立たないだろう。となれば横取りは不可能だ。

 少しずつ男の気が削がれていく中、子供が隣の男に何かささやいた。

 訝しがる男の前にすっと差し出されたのは五千ギル。

「情報料だ」

 マーリナスが短くそう告げる。それは相場の倍はあるかという額。すでに諦めていた男の心はその額を見て呆気なく陥落した。

「ゲイリー・ヴァレットだ。この西地区で酒場を経営している。あそこならその手の取引にも応じられるだろう。場所はその通りを左手に曲がって……」

 ベラベラと話し始めた男にホッと安堵しつつ、ケルトは生まれて初めて自分を甘やかさなかったギルに感謝をしたのだった。
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