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第四章
消失への恐れ
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不意に影を落としたアレクの横顔をロナルドは静かにみつめる。
その瞳が、その表情が、なにを思い悲しげに揺らぐのか。いわなくてもわかる。
自分の望みはアレクに笑顔でいてもらうことだ。そしてこの先もずっと傍にいて欲しい。
これほどまでに美しく愛らしく。微笑みひとつで自分の中にある闇を照らし、癒やしてくれるアレク。
自己犠牲さえも厭わず、誰よりも己を呪い恐れる悲しみの天使。
その全てが眩しすぎて、一度手に入れたら手放せない。
マーリナスが倒れたとき真っ先にあたまに浮かんだのは、アレクを我が家に招き入れる絶好のチャンスだということだった。
長年の友の不幸を悲しむより先に、そんなことに目がくらんだ。
なぜ自分はこうも薄情な人間になってしまったのか。そう自己嫌悪に陥ることも度々あったが、アレクがこういった顔をする度に思いだす。
アレクの中には常にマーリナスがいること。目を離した隙に花に寄り添う蝶のごとく、マーリナスの元へ戻ろうとする。
それはロナルドにとって悲しくつらい以上に恐怖だった。
マーリナスの目覚めは喜びではなく終焉の序章。永遠に続いて欲しいと願っていた生活に幕を下ろす足音だった。
だから逃げた。卑怯にもアレクにマーリナスの目覚めを告げず、ここまでやってきた。
アレクのしあわせを誰よりも願いながら、邪魔せずにいられないジレンマがロナルドを苦しめる。
きっとマーリナスは追ってくるだろう。再会のときも近いかも知れない。だけどもう少しだけ。あともう少しだけ、自分の傍に。
ロナルドは陰鬱とした心を拭ってオクルール官邸を見上げた。
そして告げる。理不尽なこの国の理を。
「これ以上、我々は動くことが出来ない」
「どういう意味ですか」
ロナルドの表情はいつになく険しい。アレクは小さく眉を寄せた。
「警備隊の職権は万能ではないんだ。バロンのときがそうであったように、黒でも貴族が白といえば覆る。貴族の方が権威は上なんだ。何かしらの容疑が貴族にかかり捜査対象となった場合はまず、騎士団総督閣下に許可を貰う必要があるんだよ」
「え……」
「騎士団と警備隊では大きな格差がある。申請しても答えが返ってくる保証はないし、返ってきても時間はかかる。いまからオクルール官邸の捜査許可を申請しても、ゴドリュースの取引現場を押さえることは難しいだろうね……」
黒が白に覆る。それが権力によって有無をいわさず行われてきたこの国の実情。それでマーリナスがつらい思いをしたことをアレクは覚えている。
それだけでなく、国の安全を守る義務がありながら騎士団を総括するべきひとが、そんな怠慢を働いているというの。
「そんな……だってこのままじゃ、オクルール大臣はゴドリュースを手に入れてしまうし、そうなれば国王の命に危険が及ぶかもしれません。騎士団は国王の命を守るのが使命なのでは? 協力を仰げば力を貸してくれるのではないですか?」
「ゴドリュースの確保は王命によって行われている。もちろん騎士団とて軽視はしていないだろう。だけどね、確証のない理由で騎士団は動かない。ここにゲイリーがいてもオクルール大臣とゴドリュースの取引をするという証拠はないからね。客人だといわれてしまえばそれで終わりさ」
証拠。そうだ。いまはまだホーキンスの証言しかない。ロナルドはそれがバレリアの呪力によるものだと知っているから信じて疑わない。
だけど他人からみればその信憑性だって疑わしいものだ。頑なに口を閉じていたホーキンスがある日突然話し始めたのだから。
そんな理不尽な事実を淡々と話すロナルドの目には哀れみの色が浮かぶ。
ロナルドは諦めてしまったのだろうか。それとも受け入れるしかないこの国の実情を認め、自分に告げることを嘆いているんだろうか。
「それだけじゃないでしょう」
渋い顔をして話を聞いていたニックがそう加える。
「仮に許可が下りて強制捜査を行ったとする。そのとき現場にゴドリュースがなかったらどうなると思う? 我々第一警備隊は侮辱罪を働いたとみなされて解体される。それだけじゃない。責任者である隊長や副隊長は更に重い責任を負うことになる。みんなそれを懸念しているんだ」
反射的にロナルドを振り返ると、彼は少し困ったように苦笑をこぼした。
きっとロナルドはそんなことを恐れているわけではない。だけどそんな未来を想像したら、恐ろしくて胸が引き裂かれてしまいそうになる。
だからみんな不安そうな顔をしていたんだ。きっと自分たちのことよりもマーリナスやロナルドのことを心配している。
これ以上踏みこむのは危険だと理解しながら、警備隊としてのプライドがせめぎ合っているのだろう。そうでなければ、すぐにでも作戦中止を唱えたはずだ。
もちろんアレクだって同じ気持ちだが、ここで引き下がってしまっては解毒剤が手に入らない。マーリナスを助けるためには解毒剤が必要なのに。
いったいどうすればいいんだろう。
その瞳が、その表情が、なにを思い悲しげに揺らぐのか。いわなくてもわかる。
自分の望みはアレクに笑顔でいてもらうことだ。そしてこの先もずっと傍にいて欲しい。
これほどまでに美しく愛らしく。微笑みひとつで自分の中にある闇を照らし、癒やしてくれるアレク。
自己犠牲さえも厭わず、誰よりも己を呪い恐れる悲しみの天使。
その全てが眩しすぎて、一度手に入れたら手放せない。
マーリナスが倒れたとき真っ先にあたまに浮かんだのは、アレクを我が家に招き入れる絶好のチャンスだということだった。
長年の友の不幸を悲しむより先に、そんなことに目がくらんだ。
なぜ自分はこうも薄情な人間になってしまったのか。そう自己嫌悪に陥ることも度々あったが、アレクがこういった顔をする度に思いだす。
アレクの中には常にマーリナスがいること。目を離した隙に花に寄り添う蝶のごとく、マーリナスの元へ戻ろうとする。
それはロナルドにとって悲しくつらい以上に恐怖だった。
マーリナスの目覚めは喜びではなく終焉の序章。永遠に続いて欲しいと願っていた生活に幕を下ろす足音だった。
だから逃げた。卑怯にもアレクにマーリナスの目覚めを告げず、ここまでやってきた。
アレクのしあわせを誰よりも願いながら、邪魔せずにいられないジレンマがロナルドを苦しめる。
きっとマーリナスは追ってくるだろう。再会のときも近いかも知れない。だけどもう少しだけ。あともう少しだけ、自分の傍に。
ロナルドは陰鬱とした心を拭ってオクルール官邸を見上げた。
そして告げる。理不尽なこの国の理を。
「これ以上、我々は動くことが出来ない」
「どういう意味ですか」
ロナルドの表情はいつになく険しい。アレクは小さく眉を寄せた。
「警備隊の職権は万能ではないんだ。バロンのときがそうであったように、黒でも貴族が白といえば覆る。貴族の方が権威は上なんだ。何かしらの容疑が貴族にかかり捜査対象となった場合はまず、騎士団総督閣下に許可を貰う必要があるんだよ」
「え……」
「騎士団と警備隊では大きな格差がある。申請しても答えが返ってくる保証はないし、返ってきても時間はかかる。いまからオクルール官邸の捜査許可を申請しても、ゴドリュースの取引現場を押さえることは難しいだろうね……」
黒が白に覆る。それが権力によって有無をいわさず行われてきたこの国の実情。それでマーリナスがつらい思いをしたことをアレクは覚えている。
それだけでなく、国の安全を守る義務がありながら騎士団を総括するべきひとが、そんな怠慢を働いているというの。
「そんな……だってこのままじゃ、オクルール大臣はゴドリュースを手に入れてしまうし、そうなれば国王の命に危険が及ぶかもしれません。騎士団は国王の命を守るのが使命なのでは? 協力を仰げば力を貸してくれるのではないですか?」
「ゴドリュースの確保は王命によって行われている。もちろん騎士団とて軽視はしていないだろう。だけどね、確証のない理由で騎士団は動かない。ここにゲイリーがいてもオクルール大臣とゴドリュースの取引をするという証拠はないからね。客人だといわれてしまえばそれで終わりさ」
証拠。そうだ。いまはまだホーキンスの証言しかない。ロナルドはそれがバレリアの呪力によるものだと知っているから信じて疑わない。
だけど他人からみればその信憑性だって疑わしいものだ。頑なに口を閉じていたホーキンスがある日突然話し始めたのだから。
そんな理不尽な事実を淡々と話すロナルドの目には哀れみの色が浮かぶ。
ロナルドは諦めてしまったのだろうか。それとも受け入れるしかないこの国の実情を認め、自分に告げることを嘆いているんだろうか。
「それだけじゃないでしょう」
渋い顔をして話を聞いていたニックがそう加える。
「仮に許可が下りて強制捜査を行ったとする。そのとき現場にゴドリュースがなかったらどうなると思う? 我々第一警備隊は侮辱罪を働いたとみなされて解体される。それだけじゃない。責任者である隊長や副隊長は更に重い責任を負うことになる。みんなそれを懸念しているんだ」
反射的にロナルドを振り返ると、彼は少し困ったように苦笑をこぼした。
きっとロナルドはそんなことを恐れているわけではない。だけどそんな未来を想像したら、恐ろしくて胸が引き裂かれてしまいそうになる。
だからみんな不安そうな顔をしていたんだ。きっと自分たちのことよりもマーリナスやロナルドのことを心配している。
これ以上踏みこむのは危険だと理解しながら、警備隊としてのプライドがせめぎ合っているのだろう。そうでなければ、すぐにでも作戦中止を唱えたはずだ。
もちろんアレクだって同じ気持ちだが、ここで引き下がってしまっては解毒剤が手に入らない。マーリナスを助けるためには解毒剤が必要なのに。
いったいどうすればいいんだろう。
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