93 / 146
第四章
二輪の花
しおりを挟む
オクルール官邸の中庭中央には見上げるほど大きな噴水が月光を反射させながら水しぶきを降り注いでおり、そこを囲むようにサークル状の馬車用通路がある。
ロナルドはその噴水に一度身を隠して垣根に潜む仲間を振り返ると「異常なし」の合図を受け取り、小さく頷いて再びエントランスに目を向けた。
「どの馬車だい?」
「あっちです。いきましょう」
乱れることなく横一列に駐車された馬車の影を移動しながら、アレクは目的の馬車の前で足を止める。
「この馬車です」
ロナルドは注意深く馬車を観察し、首を傾げた。
「荷馬車にしては豪華だけど、特段変わったところはないように見えるね」
「おかしいのはこれです」
そういってアレクは御者台のドアを指さした。汚れひとつない黒塗りの扉。そこには金細工でなにかの花の絵が対照的に交差して描かれている。
月光を反射して浮かび上がったこの紋様。これが気がかりだったのだ。
「この模様かい?」
「はい。こっちの……一本目の花はアレギヌクスという花で……モンテジュナルの国王を指す国花なのです」
ほんの少し、アレクは言いよどんだ。
その僅かな躊躇いをロナルドは感じ取る。一瞬だけ悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「モンテジュナルの王室の調度品には全てこの文様が刻まれ、それ以外は使用を禁じられています。でも例外はあります。例えば貿易船。王命によって行われる貿易は、他国へ物資を運搬する乗り物や入れ物に至るまで印が刻まれます」
そこでロナルドは思いだした。よくよく見てみると、確かにモンテジュナルの国旗に描かれた花と似ていると。
他国からの輸入品や贈呈品は直接王宮に届けられる。通過許可証を確認する門番は騎士団の人間であり、警備隊はそれらと関わりを持つことがない。
だから見てもすぐには思いだせなかったのだ。
「そしてもうひとつ、こっちの……。この花は現在のモンテジュナルの第一王位継承者を示すものです」
「現在の? 第一王位継承者はすべてこの花ではないんだね?」
「はい。モンテジュナルは自然豊かな国で特に花の種類が多く、一般的には貴族の家紋に使用されています。ですが初代国王が自身を現すのに花を用いたことで、国民の間でも子が生まれると花の名を影名としてつけるのが慣わしとなりました。それは王族も変わらない風習で、現在の第一王位継承者に送られた影名はレイリア。この花です」
淡々と語るアレクになぜそんなことを知っているのかと問いかけたくなる。だがその衝動をロナルドは黙って抑え込んだ。いま注視すべき問題点は別のところにある。
モンテジュナルの国王と第一王位継承者を示す花紋。その印が刻まれた荷馬車がなぜオクルール大臣の官邸に。国使なら王宮で迎えるのが当然だ。こんな夜更けに、いったいなんの用があって……
そんな疑念を抱くロナルドの前で、どこか懐かしそうに紋様を指先でなぞって遊ぶアレクの瞳は柔らかく、それでいて慈しみ溢れるものだった。
月明かりが差しこみ、風に舞う白金髪と紫色の瞳は更に輝きを増す。このとき月夜に浮かび上がったアレクの美しさを、ロナルドは生涯忘れることはないだろう。
天使が告げる。静かに、そして穏やかに。だがその内容はロナルドの惚けた目を覚ますのに十分なものだった。
「でもこれは、よく似ているけど違う」
ロナルドはその噴水に一度身を隠して垣根に潜む仲間を振り返ると「異常なし」の合図を受け取り、小さく頷いて再びエントランスに目を向けた。
「どの馬車だい?」
「あっちです。いきましょう」
乱れることなく横一列に駐車された馬車の影を移動しながら、アレクは目的の馬車の前で足を止める。
「この馬車です」
ロナルドは注意深く馬車を観察し、首を傾げた。
「荷馬車にしては豪華だけど、特段変わったところはないように見えるね」
「おかしいのはこれです」
そういってアレクは御者台のドアを指さした。汚れひとつない黒塗りの扉。そこには金細工でなにかの花の絵が対照的に交差して描かれている。
月光を反射して浮かび上がったこの紋様。これが気がかりだったのだ。
「この模様かい?」
「はい。こっちの……一本目の花はアレギヌクスという花で……モンテジュナルの国王を指す国花なのです」
ほんの少し、アレクは言いよどんだ。
その僅かな躊躇いをロナルドは感じ取る。一瞬だけ悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「モンテジュナルの王室の調度品には全てこの文様が刻まれ、それ以外は使用を禁じられています。でも例外はあります。例えば貿易船。王命によって行われる貿易は、他国へ物資を運搬する乗り物や入れ物に至るまで印が刻まれます」
そこでロナルドは思いだした。よくよく見てみると、確かにモンテジュナルの国旗に描かれた花と似ていると。
他国からの輸入品や贈呈品は直接王宮に届けられる。通過許可証を確認する門番は騎士団の人間であり、警備隊はそれらと関わりを持つことがない。
だから見てもすぐには思いだせなかったのだ。
「そしてもうひとつ、こっちの……。この花は現在のモンテジュナルの第一王位継承者を示すものです」
「現在の? 第一王位継承者はすべてこの花ではないんだね?」
「はい。モンテジュナルは自然豊かな国で特に花の種類が多く、一般的には貴族の家紋に使用されています。ですが初代国王が自身を現すのに花を用いたことで、国民の間でも子が生まれると花の名を影名としてつけるのが慣わしとなりました。それは王族も変わらない風習で、現在の第一王位継承者に送られた影名はレイリア。この花です」
淡々と語るアレクになぜそんなことを知っているのかと問いかけたくなる。だがその衝動をロナルドは黙って抑え込んだ。いま注視すべき問題点は別のところにある。
モンテジュナルの国王と第一王位継承者を示す花紋。その印が刻まれた荷馬車がなぜオクルール大臣の官邸に。国使なら王宮で迎えるのが当然だ。こんな夜更けに、いったいなんの用があって……
そんな疑念を抱くロナルドの前で、どこか懐かしそうに紋様を指先でなぞって遊ぶアレクの瞳は柔らかく、それでいて慈しみ溢れるものだった。
月明かりが差しこみ、風に舞う白金髪と紫色の瞳は更に輝きを増す。このとき月夜に浮かび上がったアレクの美しさを、ロナルドは生涯忘れることはないだろう。
天使が告げる。静かに、そして穏やかに。だがその内容はロナルドの惚けた目を覚ますのに十分なものだった。
「でもこれは、よく似ているけど違う」
1
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる