アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第四章

二輪の花

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 オクルール官邸の中庭中央には見上げるほど大きな噴水が月光を反射させながら水しぶきを降り注いでおり、そこを囲むようにサークル状の馬車用通路がある。

 ロナルドはその噴水に一度身を隠して垣根に潜む仲間を振り返ると「異常なし」の合図を受け取り、小さく頷いて再びエントランスに目を向けた。

「どの馬車だい?」

「あっちです。いきましょう」

 乱れることなく横一列に駐車された馬車の影を移動しながら、アレクは目的の馬車の前で足を止める。

「この馬車です」

 ロナルドは注意深く馬車を観察し、首を傾げた。

「荷馬車にしては豪華だけど、特段変わったところはないように見えるね」

「おかしいのはこれです」

 そういってアレクは御者台のドアを指さした。汚れひとつない黒塗りの扉。そこには金細工でなにかの花の絵が対照的に交差して描かれている。

 月光を反射して浮かび上がったこの紋様。これが気がかりだったのだ。

「この模様かい?」

「はい。こっちの……一本目の花はアレギヌクスという花で……モンテジュナルの国王を指す国花なのです」

  ほんの少し、アレクは言いよどんだ。

 その僅かな躊躇いをロナルドは感じ取る。一瞬だけ悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
 
「モンテジュナルの王室の調度品には全てこの文様が刻まれ、それ以外は使用を禁じられています。でも例外はあります。例えば貿易船。王命によって行われる貿易は、他国へ物資を運搬する乗り物や入れ物に至るまで印が刻まれます」

 そこでロナルドは思いだした。よくよく見てみると、確かにモンテジュナルの国旗に描かれた花と似ていると。

 他国からの輸入品や贈呈品は直接王宮に届けられる。通過許可証を確認する門番は騎士団の人間であり、警備隊はそれらと関わりを持つことがない。

 だから見てもすぐには思いだせなかったのだ。

「そしてもうひとつ、こっちの……。この花は現在のモンテジュナルの第一王位継承者を示すものです」

「現在の? 第一王位継承者はすべてこの花ではないんだね?」

「はい。モンテジュナルは自然豊かな国で特に花の種類が多く、一般的には貴族の家紋に使用されています。ですが初代国王が自身を現すのに花を用いたことで、国民の間でも子が生まれると花の名を影名としてつけるのが慣わしとなりました。それは王族も変わらない風習で、現在の第一王位継承者に送られた影名はレイリア。この花です」

 淡々と語るアレクになぜそんなことを知っているのかと問いかけたくなる。だがその衝動をロナルドは黙って抑え込んだ。いま注視すべき問題点は別のところにある。

 モンテジュナルの国王と第一王位継承者を示す花紋。その印が刻まれた荷馬車がなぜオクルール大臣の官邸に。国使なら王宮で迎えるのが当然だ。こんな夜更けに、いったいなんの用があって……

 そんな疑念を抱くロナルドの前で、どこか懐かしそうに紋様を指先でなぞって遊ぶアレクの瞳は柔らかく、それでいて慈しみ溢れるものだった。

 月明かりが差しこみ、風に舞う白金髪プラチナブロンドと紫色の瞳は更に輝きを増す。このとき月夜に浮かび上がったアレクの美しさを、ロナルドは生涯忘れることはないだろう。

 天使が告げる。静かに、そして穏やかに。だがその内容はロナルドの惚けた目を覚ますのに十分なものだった。
  
「でもこれは、よく似ているけど違う」
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