96 / 146
第四章
プラチナ・ロゼ
しおりを挟む
「あんたの目は節穴なの? こいつ、男でしょう。あんたよりわたしに興味があるのは当然じゃないの」
ポニーテールに結んだ毛先をくるくると指に絡めて、くだらない嫉妬を鼻で笑ったエレノアにゲイリーは目を丸くする。
「は? まじかよ」
ゲイリーは素っ頓狂な声を上げてソファを飛び降り、アレクの前で屈むとじっと顔をのぞきこんだ。反射的にアレクは目を背ける。
「おまえ、男なのか?」
ゲイリーは魔道具を身につけているから大丈夫だとわかっているけど、長年の癖で目を合わせることに拒否反応が出てしまう。
そんなアレクの反応をゲイリーは都合良く勘違いしたようだった。
「なんだよ、つれないな。キスした仲だろ? いまさら照れるなって。そんなところもかわいいけどな」
クスクスと蠱惑的な笑みを浮かべて小首を傾げたゲイリーの言葉にロナルドは目を丸くしてアレクを振り向いた。一方でエレノアは口元を引きつらせる。
「呆れた。好みの顔なら男女関係なくキスするのね」
「俺は型にハマるのが嫌いなんだ。世の中には色んな世界があるってことをおまえも知るべきだな。ホーキンスなんかとくだらねえ火遊びなんかやってねえでさ」
「あんたと会うために必要だっただけよ。自慢げに俺はゲイリーと取引してるんだって話すもんだから。ほんとバカな男よね」
紅茶カップに手を伸ばし、すでに関係なしと知らぬ顔をするエレノア。
「ほらな。俺のまわりはこんなクソ女ばかりだ。それならおまえの方がよほどいいよな。顔もあいつより綺麗だし」
やれやれと首を振って嘆息をついたゲイリーは、そういってアレクの頬に軽くキスを落とした。
一瞬のことに呆けてしまったアレクの隣では、ロナルドが唸りながら身を乗り出し抗議の姿勢をみせる。
そんなふたりの様子をゲイリーはしばし愉快そうに見ていたが、ふわりと漂った甘い匂いに気づきアレクを振り返った。
「おまえ、いい香りがする。花の匂いみたいな。でもこれどこかで嗅いだことのある匂いだ。どこだったかな……」
「花の匂いですって?」
クンクンと犬のような仕草でアレクの頬にすり寄り、目を閉じたゲイリーの言葉にエレノアはぴたりと紅茶を飲む手を止めた。
「ああ。思いだした。モンテジュナルで流行ってるっていう香水の匂いに似てるな。ホーキンスがおまえにプレゼントするって見せてきたことがあったんだ」
エレノアはティーカップをテーブルに置き、長い睫毛の下で鋭い視線をゲイリーに流す。
「それって『プラチナ・ロゼ』のこと?」
彼女の声のトーンが少し低くなる。それが警戒による自衛反応だとロナルドは気がついた。いったいなにがエレノアを刺激したのか。
「ああ。そんな名前だったかな」
エレノアはすっと席を立ち、品定めするような目つきでまっすぐにアレクに向かって歩み始める。
プラチナ・ロゼ?
あいにくと香水を送るような相手がいないロナルドは、その手の話に疎い。警備隊は男ばかりだし、社交界のような華やかな場にでる機会もごく僅か。それはマーリナスも同じだろうが、さすがに関連性が見当たらない。
ロナルドはアレクの様子をうかがう。エレノアの視線から逃げるように俯いた、彼の顔色は悪い。そのことに気がつき、顔を曇らせた。
そういえば、いままでも何度かその匂いに気がついたことがあった。あえてそれを口にすることはなかったが、他者に指摘されることでまさかこんな反応をするとは。
モンテジュナルで流行しているという香水。それと匂いが似ているからといって、なにか都合の悪いことでもあるのだろうか。
「わたしは薬剤を取り扱う人間だからね、鼻はよくきくの。偽物かそうでないかはすぐにわかる。それにあなた……似ている気がするのよね」
(似ている? 誰に)
反射的に浮かんだその問いは猿ぐつわによって封じらている。
研ぎ澄まされたエレノアの瞳に捕らわれたアレクの顔は、彼女が一歩一歩近づくほどに青ざめる。伝染してくる感情は恐怖だ。それがロナルドの中枢を刺激した。
アレクの素性については出会ったころからずっと探っていたことであり、マーリナスも気にかけている。謎の多い少年アレク。禁術とされたバレリアの呪いを身に受け、孤独な人生を歩んでいた少年。なぜそうなったのか、その経緯もいまだ謎に包まれたまま。
だがいま、思いがけない人物からずっと探していた答えを聞けるかもしれない。
本来のロナルドならば、ことの成り行きを見守り答えを聞き出すことを選択しただろう。けれどバレリアの呪力によってアレクを守護の対象としているその呪縛は、これ以上彼を恐怖に陥れないようにと強制的に方向を変えた。
ロナルドは体を押さえつける男たちの手を振り切り、アレクの前に飛びだしたのである。挑むようににらみつけるロナルドと対峙する形になったエレノアは不愉快そうに眉をひそめる。
「なによ、あんた……」
「お二方。お待たせ致しました。オクルール大臣閣下がお越しになりました」
応接間の扉が開き、執事がそう告げる。緊迫した空気はまたゆるりと動き出した。
ポニーテールに結んだ毛先をくるくると指に絡めて、くだらない嫉妬を鼻で笑ったエレノアにゲイリーは目を丸くする。
「は? まじかよ」
ゲイリーは素っ頓狂な声を上げてソファを飛び降り、アレクの前で屈むとじっと顔をのぞきこんだ。反射的にアレクは目を背ける。
「おまえ、男なのか?」
ゲイリーは魔道具を身につけているから大丈夫だとわかっているけど、長年の癖で目を合わせることに拒否反応が出てしまう。
そんなアレクの反応をゲイリーは都合良く勘違いしたようだった。
「なんだよ、つれないな。キスした仲だろ? いまさら照れるなって。そんなところもかわいいけどな」
クスクスと蠱惑的な笑みを浮かべて小首を傾げたゲイリーの言葉にロナルドは目を丸くしてアレクを振り向いた。一方でエレノアは口元を引きつらせる。
「呆れた。好みの顔なら男女関係なくキスするのね」
「俺は型にハマるのが嫌いなんだ。世の中には色んな世界があるってことをおまえも知るべきだな。ホーキンスなんかとくだらねえ火遊びなんかやってねえでさ」
「あんたと会うために必要だっただけよ。自慢げに俺はゲイリーと取引してるんだって話すもんだから。ほんとバカな男よね」
紅茶カップに手を伸ばし、すでに関係なしと知らぬ顔をするエレノア。
「ほらな。俺のまわりはこんなクソ女ばかりだ。それならおまえの方がよほどいいよな。顔もあいつより綺麗だし」
やれやれと首を振って嘆息をついたゲイリーは、そういってアレクの頬に軽くキスを落とした。
一瞬のことに呆けてしまったアレクの隣では、ロナルドが唸りながら身を乗り出し抗議の姿勢をみせる。
そんなふたりの様子をゲイリーはしばし愉快そうに見ていたが、ふわりと漂った甘い匂いに気づきアレクを振り返った。
「おまえ、いい香りがする。花の匂いみたいな。でもこれどこかで嗅いだことのある匂いだ。どこだったかな……」
「花の匂いですって?」
クンクンと犬のような仕草でアレクの頬にすり寄り、目を閉じたゲイリーの言葉にエレノアはぴたりと紅茶を飲む手を止めた。
「ああ。思いだした。モンテジュナルで流行ってるっていう香水の匂いに似てるな。ホーキンスがおまえにプレゼントするって見せてきたことがあったんだ」
エレノアはティーカップをテーブルに置き、長い睫毛の下で鋭い視線をゲイリーに流す。
「それって『プラチナ・ロゼ』のこと?」
彼女の声のトーンが少し低くなる。それが警戒による自衛反応だとロナルドは気がついた。いったいなにがエレノアを刺激したのか。
「ああ。そんな名前だったかな」
エレノアはすっと席を立ち、品定めするような目つきでまっすぐにアレクに向かって歩み始める。
プラチナ・ロゼ?
あいにくと香水を送るような相手がいないロナルドは、その手の話に疎い。警備隊は男ばかりだし、社交界のような華やかな場にでる機会もごく僅か。それはマーリナスも同じだろうが、さすがに関連性が見当たらない。
ロナルドはアレクの様子をうかがう。エレノアの視線から逃げるように俯いた、彼の顔色は悪い。そのことに気がつき、顔を曇らせた。
そういえば、いままでも何度かその匂いに気がついたことがあった。あえてそれを口にすることはなかったが、他者に指摘されることでまさかこんな反応をするとは。
モンテジュナルで流行しているという香水。それと匂いが似ているからといって、なにか都合の悪いことでもあるのだろうか。
「わたしは薬剤を取り扱う人間だからね、鼻はよくきくの。偽物かそうでないかはすぐにわかる。それにあなた……似ている気がするのよね」
(似ている? 誰に)
反射的に浮かんだその問いは猿ぐつわによって封じらている。
研ぎ澄まされたエレノアの瞳に捕らわれたアレクの顔は、彼女が一歩一歩近づくほどに青ざめる。伝染してくる感情は恐怖だ。それがロナルドの中枢を刺激した。
アレクの素性については出会ったころからずっと探っていたことであり、マーリナスも気にかけている。謎の多い少年アレク。禁術とされたバレリアの呪いを身に受け、孤独な人生を歩んでいた少年。なぜそうなったのか、その経緯もいまだ謎に包まれたまま。
だがいま、思いがけない人物からずっと探していた答えを聞けるかもしれない。
本来のロナルドならば、ことの成り行きを見守り答えを聞き出すことを選択しただろう。けれどバレリアの呪力によってアレクを守護の対象としているその呪縛は、これ以上彼を恐怖に陥れないようにと強制的に方向を変えた。
ロナルドは体を押さえつける男たちの手を振り切り、アレクの前に飛びだしたのである。挑むようににらみつけるロナルドと対峙する形になったエレノアは不愉快そうに眉をひそめる。
「なによ、あんた……」
「お二方。お待たせ致しました。オクルール大臣閣下がお越しになりました」
応接間の扉が開き、執事がそう告げる。緊迫した空気はまたゆるりと動き出した。
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる