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第四章
ゴドリュース
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「なんでもいってくれ」
「いまから行う取引をこいつらにも見せる」
ぎろりとふたりをにらみつけたオクルールにゲイリーの表情が強ばる。
エレノアはなぜわざわざそんな危険を冒す必要があるのかと異を唱えたい気持ちでいっぱいだった。
耳にした噂ではオクルール大臣とゲイリーはベッドでも仲がいいらしい。だけどそれだけでこれほど甘くなってしまうものだろうか。
威厳はあってもその手の方面では初心だとかいうつもり? バカらしい。心底うんざりするが、それを逆手に取ったゲイリーの言動が一番イライラする。
じわじわと不満が募るエレノアはゲイリーをにらみつけた。
一方でゲイリーといえば背もたれに両腕を伸ばして天井を仰ぎみる。
『真相を知ったものには死あるのみ』
それは裏の社会で知らぬ者などいない理。情報を手に入れるのは、身を守る術であるのと同時に危険を孕む。中には決して深入りしてはならない深淵が存在し、そのラインを読み間違えるともう後戻りはできない。
そのラインを敢えて超えさせようというのだ。オクルールはここで死以外の選択肢を奪うつもりなのだろう。
「はいはい。それでいいよ」
ゲイリーはわかった上でやれやれと両手を掲げていってのけた。
入り口まで引っ張られていたアレクとロナルドは執事の指示によって再び三人の眼前に連れ戻される。
聞いてしまったら命がないことは、ふたりにも理解できた。だけどこうなってしまった以上、あとはニックが総督の許可を取り踏みこんでくるのを待つしかない。それまでなんとか時間を引き延ばさなければ。
アレクの額に浮かんだ汗が顎を伝い、ぽたりと絨毯に落ちた。
◇
「それで、ホーキンスはどこ? 同席する予定じゃなかったかしら」
「さあ。別に手を繋いで一緒にくるほど仲がいいわけじゃねえからなあ」
ホーキンスが捕まったことは隠す気なんだ。
アレクは内心驚きながら目をしばたいた。なぜ隠すのだろう。
「なにをやっているのかしら。時間まではまだ余裕があるけど」
「待つ必要はない。必要なものは全てそろった。始めよう」
「仕方ないわね」
オクルールの言葉でエレノアは待つのを諦めたようだ。
小さく嘆息をつきテーブルに並べられた茶菓子に視線を落とした彼女をゲイリーは盗み見た。長い睫毛の下ですっと細められた燃えるような紅い瞳はぞっとするほど冷たい。
黙って様子を眺めることしかできないアレクにはその一瞬の変化が見てとれた。
だがエレノアは気がつかなかったようだ。横に置いていたトランクをテーブルの上に乗せると、ロックを外し中を開いてみせる。
そこには小さな黒いガラス瓶がずらりと並んでいた。
「これが今回手に入ったゴドリュースです。数は五十。劇薬のため無色というわけにいきませんが、匂いはほぼありません。一滴あれば体が麻痺し、呼吸器官に影響が出ます。二滴あれば更に神経に作用し、全身が激痛で悲鳴をあげます。内臓にも影響が出るでしょう。三滴あればショックで意識消失。あとは時間の問題です。ここまでいくと回復は見込めませんが、早めに解毒剤を投与すれば不可能ではありません」
淡々と説明したエレノアの言葉にアレクは青ざめた。
劇薬だということはわかっていたが、専門的な知識があったわけではない。たった数滴でそんな作用が出るなんて。
マーリナスは意識消失だ。つまり、呼吸困難と全身の激痛を経て倒れたということになる。
あまりに惨い仕打ち。どれほどつらかっただろうか。マーリナスを想い、奥歯を噛みしめたアレクの目に涙が滲む。あれほど自分によくしてくれたマーリナスが、なぜそんな。
「これが噂に聞くゴドリュースか。しかしこれでは本物か判別できんな」
オクルールは髭をさすりながら、小瓶に視線を落とす。
「ええ、そうでしょうね。ではちょうど良く立会人もいることですし、試してみてはいかがです?」
くすりと笑ったエレノアが視線を流したのは、傍らで跪くふたり。ゲイリーはそっと眉をひそめた。
「いまから行う取引をこいつらにも見せる」
ぎろりとふたりをにらみつけたオクルールにゲイリーの表情が強ばる。
エレノアはなぜわざわざそんな危険を冒す必要があるのかと異を唱えたい気持ちでいっぱいだった。
耳にした噂ではオクルール大臣とゲイリーはベッドでも仲がいいらしい。だけどそれだけでこれほど甘くなってしまうものだろうか。
威厳はあってもその手の方面では初心だとかいうつもり? バカらしい。心底うんざりするが、それを逆手に取ったゲイリーの言動が一番イライラする。
じわじわと不満が募るエレノアはゲイリーをにらみつけた。
一方でゲイリーといえば背もたれに両腕を伸ばして天井を仰ぎみる。
『真相を知ったものには死あるのみ』
それは裏の社会で知らぬ者などいない理。情報を手に入れるのは、身を守る術であるのと同時に危険を孕む。中には決して深入りしてはならない深淵が存在し、そのラインを読み間違えるともう後戻りはできない。
そのラインを敢えて超えさせようというのだ。オクルールはここで死以外の選択肢を奪うつもりなのだろう。
「はいはい。それでいいよ」
ゲイリーはわかった上でやれやれと両手を掲げていってのけた。
入り口まで引っ張られていたアレクとロナルドは執事の指示によって再び三人の眼前に連れ戻される。
聞いてしまったら命がないことは、ふたりにも理解できた。だけどこうなってしまった以上、あとはニックが総督の許可を取り踏みこんでくるのを待つしかない。それまでなんとか時間を引き延ばさなければ。
アレクの額に浮かんだ汗が顎を伝い、ぽたりと絨毯に落ちた。
◇
「それで、ホーキンスはどこ? 同席する予定じゃなかったかしら」
「さあ。別に手を繋いで一緒にくるほど仲がいいわけじゃねえからなあ」
ホーキンスが捕まったことは隠す気なんだ。
アレクは内心驚きながら目をしばたいた。なぜ隠すのだろう。
「なにをやっているのかしら。時間まではまだ余裕があるけど」
「待つ必要はない。必要なものは全てそろった。始めよう」
「仕方ないわね」
オクルールの言葉でエレノアは待つのを諦めたようだ。
小さく嘆息をつきテーブルに並べられた茶菓子に視線を落とした彼女をゲイリーは盗み見た。長い睫毛の下ですっと細められた燃えるような紅い瞳はぞっとするほど冷たい。
黙って様子を眺めることしかできないアレクにはその一瞬の変化が見てとれた。
だがエレノアは気がつかなかったようだ。横に置いていたトランクをテーブルの上に乗せると、ロックを外し中を開いてみせる。
そこには小さな黒いガラス瓶がずらりと並んでいた。
「これが今回手に入ったゴドリュースです。数は五十。劇薬のため無色というわけにいきませんが、匂いはほぼありません。一滴あれば体が麻痺し、呼吸器官に影響が出ます。二滴あれば更に神経に作用し、全身が激痛で悲鳴をあげます。内臓にも影響が出るでしょう。三滴あればショックで意識消失。あとは時間の問題です。ここまでいくと回復は見込めませんが、早めに解毒剤を投与すれば不可能ではありません」
淡々と説明したエレノアの言葉にアレクは青ざめた。
劇薬だということはわかっていたが、専門的な知識があったわけではない。たった数滴でそんな作用が出るなんて。
マーリナスは意識消失だ。つまり、呼吸困難と全身の激痛を経て倒れたということになる。
あまりに惨い仕打ち。どれほどつらかっただろうか。マーリナスを想い、奥歯を噛みしめたアレクの目に涙が滲む。あれほど自分によくしてくれたマーリナスが、なぜそんな。
「これが噂に聞くゴドリュースか。しかしこれでは本物か判別できんな」
オクルールは髭をさすりながら、小瓶に視線を落とす。
「ええ、そうでしょうね。ではちょうど良く立会人もいることですし、試してみてはいかがです?」
くすりと笑ったエレノアが視線を流したのは、傍らで跪くふたり。ゲイリーはそっと眉をひそめた。
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